第31話


 龍一くんを男にする。笠倉くんはそう宣言した。


「準備は良いね?」


「いいですけど……これはいささかやりすぎなのでは?」


「やりすぎなもんか。これくらいしなきゃ男は変わらん」


 私たちは音楽棟へと向かった。そこで吹奏楽部がコンクールに向けて練習をしている。私たちは見学というていで龍一くんに会いに行き、練習の合間を縫って優美さんにした事と同じことをしようとしたのだけど……


「はーい、注目。本日は見学に2名の女子生徒がいらっしゃってます。2年生の桃園花凜さんと笠倉冬紀ふゆきさんです。みなさん、失礼のないようにしてくださいね」


 顧問の相園先生が私たちの事をこう紹介した。


 なんと、笠倉くんは本当に女装してしまったのだ。


 私の隣にいる金髪ロングの女の子が笠倉くんだ。ぱっちりまつげに大きなジト目。Bくらいのバストはパッドを入れて補っている。なぜかメイクは完璧だし、金色のウィッグも彼持参のもの。


 得意と言った言葉のとおり、笠倉くんは完璧に女の子になってしまったのだ。


「ふふん、あのときの経験がこんな形で活きるとは思わなかったけど、これで龍一くんも騙せるだろう」


「口調」


「おっと私としたことが、ついつい乱暴な言葉遣いをしてしまいましたわ。こんなことでは桃園家の跡取りとして失格ですわ~」


「一度死んだらどうですか?」


 こんな人が頼りになるなんて一瞬でも思った私がバカだった。隣にいるのも恥ずかしいくらいだ。


 龍一くんは打楽器パートを担当しているということだった。他の部員が楽器を抱えてメインホールから出て行くと、残ったのは4人。私たちはさっそく龍一くんに声をかけた。


「こんにちは」


「あ。こ、こんにちは……」


「うふふ、緊張しなくても大丈夫ですよ。私たちは見学に来ただけですから。ね、冬紀さん?」


「うん、そう」


「そ、そうなんですか………」


 龍一くんはオドオドしていたが、他の生徒が「基礎練するよー」と声をかけるとすぐに駆けて行った。


 優美さんはあんな子が好きなのか? 人の好みを否定するつもりは無いけれど、私にはどうも合わないように見える。


「……ま、笠倉くんに考えがあるというのだから信じますけど」


 そう口の中で呟いて、私は彼らの練習を見守る事にした。


 龍一くんを男にすると笠倉くんは言った。自信満々に言うからには秘策があるのだろう。


「どうやって男にするつもりですか?」


「ん?」


「作戦を共有しておくのは重要ですよ。あなたが何を考えているのか教えていただきたいと言っているんです」


「やる事はシンプルなんだけどね、あんたには分からないか」


「ええ、分かりませんとも」


 怒りに口元がひくついたが、我慢だ。ここで怒ってはいけない。「ぜひ、教えていただきたいです」


「そうだなぁ……」


 作戦さえ分かれば私にだってできる。笠倉くんにできて私にできないことなんて無いのだ。彼はニヤニヤと不気味な笑みを浮かべている。私が頭を下げているのが面白くて仕方がないらしい。


 我慢だ、我慢…………。


「ね~、冬紀くん」


「おや、朝凪さん?」


「あなたはホルンから見学してくれる? いま、ホルンは人が足りないんだよね~」


 話しかけてきたのは、なんと朝凪かえでだった。あの方向音痴の朝凪かえでである。こんな所にまで迷い込んでしまったのだろうか?


「あ、言い忘れてたけど、私、副部長なんです~~。よろしく~~」


「副部長?」


 私と笠倉くんは顔を見合わせた。この時期に副部長をしているという事は、朝凪かえでは3年生なのか? この頼りなさで? 本当に?


「というわけで、副部長のお願いなんですけれど~~」


「ああ、そういう事でしたら、笠倉さんはホルンの練習を見に行った方がいいかもしれませんね」


「いえ、私、すぐ迷子になっちゃうので~~、道案内もかねて私を連れて行ってほしいんです~~~」


「だと思った……」と笠倉くんが肩を落とした。


「金管は2階で練習なんですけどぉ、どうしてもたどり着けなくって~~。みんなどっか行っちゃうし、副部長を置いてくなって話ですよね~~」


「あんたがどっか行くからじゃなくて?」


「みんながいなくなるんですよ~~!」


 私はたいへん困ったけれど、いま笠倉くんを引き留めるのは不自然である。あくまで見学という体で来たのだから、彼らの指示に従わなければならない。


「では、笠倉さんはホルンの方に行ってください。私はおりを見て、他のパートも見て回りますから」


「いいの?」


「ええ」


「じゃあ、行くか」


 笠倉くんが朝凪さんを連れてメインホールを出て行った。


 彼から作戦を聞くことはできなかったけれど、問題ない。彼にできて私にできない事なんて無いのである。


     ☆ ☆ ☆


 ダメだ。私には無理だ。ぬかに釘。暖簾のれんに腕押しとはこういう事を言うのだろう。会話はおろか声をかける事さえ不可能だった。


「質問はパートリーダーの私が受け付けます。聞きたい事があればご自由にどうぞ」


 ガタイの良い女子生徒が龍一くんをかばうように立っている。


 さて、いったいどうしたものか……。

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