第32話
男にすると言ったって話しかけられなければなにもできない。パートリーダーの生徒はお相撲さんみたいにガタイが良くてしかも堅物そうだ。身体でも触らせればいいかと思っていたけど、そういうことは許してくれないだろう。
どうしたら良いだろうか……。
思案に暮れていると、龍一くんがボソッと「あ、あの……少しお話聞いてもらってもいいですか?」と話しかけてきた。
向こうから来てくれるとはなんて都合が良いのだろう?
「では、お時間ができましたら呼んでください」
「いえ、いま……」
「いま?」
龍一くんはパートリーダーと何か話した。
何を話したのかは分からないけれどパートリーダーは私たちを二人きりにしてくれた。
メインホールから場所を移して音楽棟の2階へと移動する。
音楽棟は1階すべてが合奏用のメインホールになっている。3階建ての建物で、2階以降は普通の教室と変わらない部屋がたくさんある。木管楽器と金管楽器はその教室を分け合って使っているらしい。
龍一くんは人のいない部屋に案内してくれた。
とても狭い部屋だ。たくさんの楽器や楽譜が棚に仕舞ってある。楽器の倉庫だろうか。鼻にツンとくる薬品の匂いがした。龍一くんはポリッシャーという、楽器を磨くための研磨剤だと教えてくれた。
「それで、その……えっと、お願いを聞いてもらってもいいですか?」
「お願い。どのような?」
「僕には好きな人がいるんですけど……その……好きな人には年上の彼氏がいるらしいんです。それもイケメンで優しくて話し上手な彼氏が。最近できたけど、大好きなんだって。教室で話しているのが聞こえたんです。僕は、どうしたらよいでしょうか……」
「どうしたらよいかと訊かれても困りますけれど……あなたはどうしたいんですか? 諦めたいのか、諦めたくないのか。まずそれを教えてください」
「分からないんです。諦めた方が良いような気もするし、諦めたくない気もするし……でも告白してもどうせフラれるだろうし、彼女が幸せならその方が良いかとも思うんです。でも、そのどれでもないような気もするんです」
「はぁ………」
なんて優柔不断なんだろうと思った。自分の気持ちさえハッキリ分からないようでは愛想を尽かされて当然だろう。彼女に幸せになって欲しいとか、どうせフラれるとか、相手に責任を負わせるような発言ばかりが目立つし。
裏切られたとか思っているんじゃないだろうか?
僕が好きだからあの子も僕が好きなはず。そう思い込んでいるから無意識に相手のせいにしてしまう。
どうしようどうしようと悩んでばかりで、自分がどうしたいかをハッキリさせない。
彼には悪いけれど、笠倉くんを選んだ優美さんは正しいと思う。
龍一くんにはスッパリ諦めてもらって笠倉くんを説得した方がまだ楽なのではないか?
私がそう考えていると、
「それはただの責任転嫁だね!」と朝凪さんが割って入ってきたではないか。
「ごめん、止められなかった」
「話したんですか? この事を」
「話し声が聞こえたんだよ、ところどころね。だから彼女が興味を持っちゃって」
たしかに、龍一くんの声は不安定だった。不整脈を表したグラフみたいに大きくなったり小さくなったりを繰り返していたから、外に聞こえていてもおかしくはない。
「それは失礼しました。で、なぜ朝凪さんは興奮してるんです?」
目をキラキラ輝かせて口調も跳ねるようにハッキリしている。おっとりした人だと思っていたが、キャラ作りだったのかと疑わしくなるくらいに人が違った。「どう見ても別人ですけれど」
「恋は人を狂わせるということだね」と笠倉くんは言ったけれど、ぜったいに違うと思う。
「副部長さん、申し訳ありませんけれど、これは彼個人の問題です。あまり口を挟まないであげてください」
「いーい? 女の子はちょっと強引なくらいがちょうどいいの。特に若いうちはね。だから彼氏がいるとか、フラれるとか考えずに奪ってしまえばいいんだよ!」
「聞いてないし……」
「君はいつもそうだよね。ドラムを叩いてるときのかっこよさはどこいったの? もっと自信を持ちたまえよ!」
朝凪さんは龍一くんの肩をバシバシ叩いて励ましているようだったが、当の本人が困惑している。「え、副部長……ですよね?」と目を白黒させていた。彼も何が起こっているか分かっていないらしい。私は(どうしたものかなぁ……)と思案に暮れたが、笠倉くんは悪ノリする事に決めたらしい。
「そうだぞ少年」と、龍一くんの肩に手を置くとこんな事を言った。
「仮に私がここで君とキスをしたとしても、私は明日にはキスしたことを忘れているだろう。でも君は覚えているはずだ。男と女はかくも違うんだよ」
「私は覚えてるけどね。全人類があんたみたいなわけじゃありません~~」
「でも、そこでうじうじしてるくらいなら唇を奪ってみた方がいいんじゃあないかな?」
「それは同感っ!」
「えっと……キスは、したことないです……」
「じゃあ、うんとロマンチックな場所で奪ってあげなよ。きっとその好きな人も驚くよ」
「そうだそうだ、それがいい。夏祭りに神社で二人っきりなんていいかもね」と朝凪さんの言葉に合わせて、笠倉くんがそれとなく誘導した。
「え、じ、神社で……それは……」
「やれ! やるんだよ!」
「ひ、ひえぇ……」
笠倉くんと朝凪さんは二人して龍一君くんをいじめていた。
二人の息がぴったり過ぎるというか、輪に入れないというか、入りたくもないというか……。いつの間にこんなに仲良くなったのだろう?
彼らの拷問は部長と顧問に見つかるまで続いた。
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