第34話


 夏祭りを翌日に控えた日。その日は少し特別な日だった。明日の夏祭りを誰と過ごすか? みんなの頭の中にはその事ばかりだった。友達と過ごすらしい女子グループは浴衣を着るか普段着で行くか相談しているし、陽キャは彼女欲しさに手当たり次第声をかけている。小宮さんも笠倉くんに声をかけているし、私に声をかける人もいた。


「はろー笠倉。夏祭り。あたしと一緒に行かない?」


「めんどくさい」


「そーゆうと思った。でもさ、なんかアイツらがごーごーで行きたいってうるさいんだよね。お願いだから来てくれない?」


「数合わせってことかい」


「そー。でも、あたしのお供は笠倉って決めてるけどね!」


「途中退場可ならいいよ」


「来る気ゼロじゃん。まじぴえん」


「悪いけど、僕は独りで回ると決めているんだ。柊くんあたりを誘ってみたら?」


「柊かぁ……アイツ何言ってるかよく分かんないんだよね~」


 そんな会話を聞くともなしに聞いていると、数学好きの陰キャ……小野田と言っただろうか。彼が話しかけてきたけど、どうせ夏祭りのお誘いだろう。私には優美さんと龍一くんの恋路を見届ける義務があるのだから断る他ない。


「こんにちは。お祭り、楽しみですね」と私は先制して言った。


「え、ええ、そうですね。もしよければ僕と一緒に……」


「小野田くんも、一緒に回ってくれるステキな人が見つかるといいですね」


「あ、え、はい……うぅ……」


 可哀相だとは思うけれど、一度聞いたお願いを途中で放り出すなんてしたくない。


 私と笠倉くんは暗黙の了解のうちにお誘いを断った。


 もっとも、本来のプラン通りなら優美さんと龍一くんが一緒に回るはずだった。でも、優美さんは笠倉くんに惚れているし、龍一くんは龍一くんで自信を失いかけている。


 シンプルに事を運ぶなら、笠倉くんと優美さんがデートをしているところに龍一くんを鉢合わせるのが一番だけれど、龍一くんが優美さんに声をかける事ができるのだろうか?


 きっと、二人の様子を見たら怖じ気づくのだろう。やっぱり自分には無理なんだと決めつけて逃げるに違いない。


 私は放課後になるのを待って笠倉くんに声をかけた。二人きりになれる場所でゆっくりプランを詰めるために声をかけたのだけれど、笠倉くんは行くところがあると言うではないか。


「ねえ、これからどこへ行くんですか?」


「最後の仕上げだよ。これから龍一くんのところへ行く」


「最後の仕上げ?」


 笠倉くんに付いていくと中庭に出た。


「朝凪さんが、ここに龍一くんを連れて来てくれるそうだよ」


「へぇ、あの人が」


 私は素っ気ない態度をとらないように気をつけながら言った。「ずいぶん協力的なんですね」


「そうだね。で、ちょっと待ってて。女装しなきゃ」


「え、なんで?」


     ☆ ☆ ☆


 それから10分ほどで笠倉くんはメイクを終わらせた。パッチリまつげにジト目の金髪美少女が簡単に完成する様子は何度見ても納得がいかない。下地は家で作ってきたというが、早すぎるのではないか?


「いつ見ても違和感を覚えますね。その姿は」


「可愛いでしょ?」


「ぜんぜん」


 龍一くんは案外すぐに来た。昨日とはうって変わって私たちを警戒しているようだ。「また先輩たちですか……」と、両手をポケットに突っ込んで猫背気味に歩いてくる。


 笠倉くんがフランクな調子で話しかけた。


「ちゃお。昨日の話、邪魔されちゃったからさ」


「……なんの話でしたっけ」


「君と想い人の事。君、相手の事が諦めきれないんでしょ」


 そう言って笠倉くんが龍一くんの肩に触れた。彼は優美さんの事を諦めさせるつもりなのだろうか? まるで悪魔みたいに肩を抱いて顔を覗き込んでいる。


「当然です! 僕はずっと好きだったんだ!」


「そう……でも、人はね、みんな主人公になりたいんだよ。しかも、なんの努力もせずに楽してね」


「……え?」


 いったい何の話をしているのか。笠倉くんは小声で呟いているようだった。


「漫画とかアニメみたいにさ、完璧なイケメンやヒロインと付き合えたらどんなに素敵だろうか? 誰からも好かれるようなヒロインやヒーローが好きになってくれて、しかも向こうの方が積極的に楽しませてくれるんだよ。それって最高じゃないか?」


「……何の話ですか。まさか、中井さんがそういうヤツだって言いたいんですか?」


「いいや? 君がそうだと言っているんだよ」


「……僕が?」


「そうだよ。私と付き合おうよ。そしたら中井さんの事なんてスッカリどうでもよくなるんじゃない?」


 笠倉くんは龍一くんの手を胸のパッドに触らせた。声や体格が違うのにどうしてバレないのだろう? あんなに顔が近いのに。私には理解できない。


「わ、うわあ! なにするんですか!」


 龍一くんは顔を真っ赤にして笠倉くんを突き飛ばした。


「もし付き合ったら私の体が自由に使えるんだよ? それってステキな事だと思わない? 私の身体、けっこうイイらしいよ?」


「う……」


「いま想像したね? ……じゃあ、君は中井さんを責める事ができない」


「……………」


 笠倉くんは龍一くんを男にすると言ったが、このやり方で本当にあっているのだろうか? むしろ、彼を手籠めにしようとしているようにしか見えない。これでは逆効果だ。笠倉くんは二人を引き裂くつもりだろうか? そもそも彼に頼んだことが間違いだったのだろうか。


 私は止めに入る事にした。


「ちょっと待ってください! それでは優美さんはどうなるんですか? 誰が彼女を幸せにしてあげるんですか!」


 いま止めないとまずい事になると私の直感が告げていた。


 けれど、間が悪い事ってたくさんある。


「え、龍くん……その人は?」


 いったいどうしてだろう。


 中井優美さんが本校舎の廊下からこちらを見ていた。


 一番見つかってはいけない人に見つかってしまったではないか。

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