第42話
駅前に来いという事だったので未亜を見送った後で向かうことにした。
マジで面倒くさい。どうして僕が行かなければならないのだろう? アイツの用件で緊急じゃないことがかつてあっただろうか? どうせ今回も面倒事なのだろう。ああ本当にイヤだ。
顔に出てやしないだろうか。隠し通せるだろうか。アイツに会うまでに平静を取り戻さないと、また何か言われる。僕は道中もんもんとしながら歩いた。
いつもの僕なら隠し通すなんてわけない事だが、今朝の未亜とのやり取りが僕を不安にさせた。
それはこんなやり取りであった。
「なんかダルそうだね。どしたの?」
「別にいつも通りだよ」
「そんなことなくない? いつもより俯いてることが多いけど? 同居人が不機嫌だとこっちも伝わるからメーワクなんだよね。ほら、なんかあるなら言いなって」
「ただメンドウなヤツに呼び出されただけだよ。別に人と会ったって構わないよね?」
「ん、まあ……ようは私たちが見つかればいいわけだから会うのは構わないけど……それって女の子?」
「まあ、そうだね」
「ふぅん……へぇ……。鉄面皮みたいなふゆ君が感情を見せるなんて相当仲が良いんだね。いいよ。会ってくれば?」
「何で怒ってるんだ」
「別に怒ってないし!」
未亜はカンカンに怒って家を出て行った。
不安だ。僕が感情を隠せないなんてありえない事である。瑠花の前でさえカンペキに隠せているというのにどうしてこんな事で未亜にバレるのだろう? いま一度自分を見直す必要があるようだ。計画を遂行するためには鉄門扉のような冷酷さが不可欠。アイツ如き騙しおおせないようでは肝心な時に尻尾を見せてしまう恐れがある。
(アイツの面倒を見過ぎて感化されたとでも言うのか? 馬鹿馬鹿しい。僕は誰にも心を開かない。開く必要が無い。とにかく、これ以上付きまとわれるのは迷惑だからさっさと縁を切ってしまおう)
駅前に辿り着くとアイツが待っていた。ジーパンにフリル付きの白ブラウスというシンプルな格好だった。
「ああ、お待ちしてました。実はとても大変な事になっていて……」
「大変な事って?」
「えと、どこから話せばいいのか……とにかく大変なんです」
アイツは僕の姿を見つけたとたん小走りに駆け寄ってきた。と思うと目の前で立ち止まって僕の顔を見たりよそを見たり「言いづらいんだから察してください」とでも言いたげにうろたえている。
「分かった。分かった。まずは場所を移そう。立ち話なんて危なっかしくてできるか」
僕が歩き出すと彼女はすぐに落ち着きを取り戻すようにため息をついて「ええっと……そうですね。申し訳ありません、少し動揺していて……」と頭を抱えた。
そんなわけで駅前の通りの、ビルとビルに挟まれたカフェに場所を移して彼女の話を聞くことになった。
受付で注文を済ませて商品を受け取って店の奥へと向かう。
店内はのんびりとしていた。机の上に資料を広げている大学生がむつかしい顔をしてタブレットを睨んでいる。その左後方の席で女子グループが午後はどこに行こうかと計画を立てている。客といえばそれくらいなのにガランとした印象を受けないのは、往来の活気が染み込んでくるからだろうか。明るい店内はゆったりとした活気に満ちていて、僕はなんとなく落ち着かない気分になりながら、奥の暗がりの席に腰を下ろした。
「それで、いったいどうしたの」
「ええ、まぁ……端的に申しますとその………」
「その?」
先を促すと、彼女は日光が苦手なイモ虫みたいに縮こまってしまった。いつも見せている自信満々な様子も他人を見下しているようなところも無く、イタズラがバレた幼児みたいだった。
「そんなに言いづらいことなのか?」
「大変ではないんですけど……あなた以外に相談できる方が思いつかなくて……」
「へえ、あれだけ人望を集めておきながら誰にも頼れないのか。さもしい人生を送っているな」
「……………………」
僕がそう言うといよいよ赤面してしまって、いまにも泣き出しそうに見える。コイツにも悩みとか抱えているものはあるのだろうけれど、どうしたって子供以下に見えてしまう。いったいどういう人生を送ったら情操教育も済んでないようなヤツが誕生してしまうのか?
しかも、そうまで感情的になられると僕が悪いみたいじゃないか。勘弁してくれよ……
「悪かった。悪かったって」
「……別に、あなたが特別というわけじゃありませんから。あなた以外に話が通じる人がいないというだけで………」
「分かったから。早く本題に入ってくれ。僕だって暇じゃないんだぜ」
「なんですかその態度……。もう少し話しやすい雰囲気を作ってくれたっていいんじゃありませんか?」
「話しやすいもなにも、君が話さないから待ってるんだろ? 君は妹みたいなヤツだな。何でもない時は大はしゃぎするのにいざってときに黙り込んで」
「あなたが余計な事を言うから話しづらいんです!」
「余計な事? 妹みたいに甘える事しかできないヤツが何を言っているんだい」
「そーいうところが話しづらいんですよ!」
そういってコイツは目を怒らせた。屈辱の高揚を頬に残したまま怒る姿は愛らしいの一言に尽きる。極端な感情しか表せず、当人もそれで事足りているように感じている所がまた幼い。子犬が吠えるように白い歯をむき出しにし、子猫が毛を逆立てるが如きありさま。これで甘えてないとか嘘だろう?
たぶんこっちから話を振らないとずっとこのままだ。
それに気づいた僕は、電話で聞いた内容について訊ねた。
「それで、緊急事態ってどういうことだよ。君にそんな事情があるのか?」
アイツはハッと思い出したように咳払いした。
「そうそう、緊急事態なんです。――――――何か言いましたか?」
「言ってない」
「そうですか」
そうしてアイツが話したのは、アイツ自身の過去にまつわる事だった。
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