第12話
教室に戻ると笠倉くんが男子に囲まれていた。
主に陽キャ連中が中心となって、様々な質問を投げかけていた。
「桃園と二人でどこに行ってたんだよ」「お前、呼び出されてたよな?」「もしかしてエロいことしたんじゃない?」「桃園って良い匂いするよな」などなど。書き起こすのも阿呆らしいくらい野性的な質問ばかりだ。
私はとり合う必要も無いと思ってプリントを教卓に置いて席に座った。笠倉くんは困っているようだけれどあれくらい切り抜けられるだろう。私が加勢したところで火に油を注ぐだけなのは目に見えている。気の毒だとは思うけれど、これが最善なのだ。許してほしい。
ところが「あ、桃園が帰ってきた!」と陽キャの一人が私に気づいてしまった。そのとたん笠倉くんを囲んでいた一団がワッと移動してきて、「桃園さんって笠倉が好きなの?」「なんで笠倉と二人でいたの?」「桃園さんのタイプって笠倉みたいなやつ?」と四方八方から言葉を浴びせられる。
高校生だろうと大人だろうとロマンスの雰囲気を感じると一様に子供みたいになる。女子も加わって、笠倉くんの時の倍の人数が私の周りに集まってきて、好き勝手な事を喋りはじめた。
それはもうたいへんな騒ぎだった。まるで台風と地震が同時にやって来たような
私は「ええ」とか、「そうですね……」とか言ってお茶を濁していたけれど、クラスメイトの圧は強まるばかり。崖際に追い詰められるようにジリジリと逃げ場が失われいていくのが分かった。しかし、もうすぐで地理の小山田が来る。そうすれば私の勝ち。授業を挟めば彼らも興味を失うだろう。私はそう思っていた。
ところが、
「やっぱり二人は付き合ってんの?」
「はぁ!? あんな人、ただの友達です!」
私は、墓穴を掘ってしまった。
いや、正確には墓穴を掘ったつもりはなかった。正しい事を当然の態度で主張しただけである。笠倉くんとは交際関係にないし、好意なんてみじんも抱いていない。そもそも私には彼氏が欲しいとかいう欲求が無いのである。だから私は
「うわ、怒った! これはガチだぞ!」
「おいみんな! 桃園の彼氏は笠倉だ!」
まるで鬼の首をとったように騒ぎ出すからたいへん困った。
「はぁ!? だから違うと言ってるでしょう!」私は必死に否定したけれど、誰一人聞いてはくれなかった。
「前から怪しいと思ってたんだよねー」
「そうそう。桃園さんて笠倉にだけやたらつっかかるし」
「そっかー。あれも愛情の裏返しってことなんだね!」
男子は聞いての通り私を小馬鹿にするのに夢中なようだし、女子は女子で妄想で盛り上がっているようだ。
なんで誰も話を聞いてくれないのだろう? 私の彼氏なんてどうでもよいではないか。
「あんた、やっぱり恋愛相談役なんて向いてないよ」
「笠倉くん。あなたのせいでもあるんだからどうにかしてくださいよ」
「僕のせいなのかなぁ?」
笠倉くんはわざとらしく首をかしげたけれど、彼がしっかり否定してくれたらこうはならなかったはずだ。私はしっかりと念を押した。「あなたのせいです。なんとかしてください」
「ええ……?」
「なんとかしてください。あなたと付き合っているなんて噂、私にとっては迷惑なんです」
「そんなの僕だって迷惑だよ」
「はぁ……じゃあ、頼みましたよ」
もうすぐ小山田がやってくる時間だ。こんな惨状を見られるのは恥ずかしい。私にできないことが笠倉くんにできるのかと不安な気持ちもあるけれど、言葉が通じないのだから仕方がないだろう。笠倉くんは「みんな勘違いしているようだけど」と、心持ち声を高くして言った。「僕、彼女いるからね」
「ええ!?」
みんな驚いたようだった。特に男子連中は大げさに落胆した後、悔しさを紛らわせるように「マジかよ……」と口々に呟いていた。
「歳は離れているけれど、最近ようやく付き合う事になったんだよ。だから桃園さんとは何もないよ」
「くそぅ、なんでお前みたいな陰キャが……」
「需要と供給がかみ合ったという事だよ。ほら、帰った帰った」
笠倉くんがシッシッと手を払うとみんなスゴスゴと帰っていった。
「え……彼女がいる、んですか?」
「これで満足かい? お嬢様」
「ええ、まあ……でも、それって本当の話なんですか?」
「おっと、もう授業が始まる」
「はっ? ちょっと答えなさ――――」
「きりーつ。きをつけー」という日直のやる気のない号令で話が中断される。笠倉くんが不敵な笑みを残して正面に向き直った。
(笠倉くんに彼女がいる……あの変な笑顔はなに? 私の事を馬鹿にしているの? どうせ嘘をついただけ。でも、もし本当だったら? いやいやいや、あの偏屈男を好きになるヤツなんて)
授業にはまるで集中できなかった。
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