第29話


 無情にも放課後が訪れた。その日はいつになく快晴の夕方で、まるで優美さんの心情を表しているようだった。


「先輩! あそこのクレープが美味しいみたいですよ!」


「へ、へえ……そうなんだね」


「この前インスタで見つけて、友達と行きたいねって話してたんです。先輩、何味にしますか?」


「じゃあ、大納言小豆か抹茶で」


「渋いですね……あ、でも、大納言小豆は無いみたいですよ?」


「なんで抹茶はあるんだよ」


「えー先輩知らないんですか!? 抹茶けっこう人気ですよ? あ、もしかしてテキトーに言ったんですか?」


「クレープって食べたことがないんだもの」


「あはっ! じゃあ、私がバナナチョコを買うので食べっこしましょ!」


 以上の会話が淀みなく交わされる。龍一くんのときとは比べるまでもなく言葉数が多い。


 大間さんが私の隣で口元に手をやり、


「ははーん、これは面白い事になってますね」と、探偵みたいに言った。


 私は大間さんと共に二人のデートを見守ることにした。万が一、優美さんが本当の告白をしたときに説得するためである。電信柱の陰に隠れたり、自販機に身を隠しながら二人の後をつけていたのだけど、大間さんは優美さんの心変わりをすぐに察した。


「面白いのはたしかですけど……これはマズい状況なのでは?」


「何がマズいんですか?」


「だって、最初のお願いは龍一くんと優美さんが付き合えるようにしたいというものでしたよ」


「いいんですよ、あんな陰キャ。優美だってあんなに楽しそうじゃないですか」


「い、いいんでしょうか……」


「ぶっちゃけ、私はもう優美と笠倉先輩が付き合ってるもんだと思ってましたよ。だって優美、笠倉先輩の事になると口数が増えるんですもん。まだアイツの事を気にしてるなんて思ってもみませんでした」


「はあ………」


 女の子とはかくも残酷である。龍一くんの知らない間に事が起こって知らない間に好きな女の子が盗られたなんて、可哀相で目も当てられない。しかも、事態をややこしくした張本人である大間さんはこの調子だ。彼は運が悪かった。


「本当にアイツと付き合う必要があるんですかね?」


「まあ、笠倉くんにも好きな人はいるでしょうし……巻き込んだ手前、心が痛むと言えば痛みますけど」


「でも笠倉先輩だってまんざらでもなさそうですよ?」


「それは、優美さんを悲しませないように気を遣ってるからでしょう。彼は年上が好みらしいですし」


「ふぅん……」


 大間さんは探偵みたいな目で私を見た。「もしかして、桃園先輩って笠倉先輩の事が好きなんですか?」


「え?」


「だって変じゃないですか。好きな人と付き合うのが恋なんですよ? 経緯がどうであれ二人が幸せならそれでいいじゃないですか。桃園先輩ったら否定的なことばかり言って……本当は付き合ってほしくないから邪魔しようとしてるとか」


「そ、そんなことはありません! 笠倉くんが誰と付き合おうが知った事ではありませんから!」


「ですよね! ……あ、関節キス!」


 大間さんは宝くじが当たったかのようにはしゃいだ。


「見ました!? いま、笠倉先輩が優美のクレープ食べましたよ! これはもう確定ですねぇ」


「……………………」


     ☆ ☆ ☆


 二人のデートはつつがなく進行した。


 クレープを食べ、公園を歩き、駅に着いていよいよ告白の練習をするのである。


「さぁて、笠倉先輩はどう返事するのかな? たぶん、どんな返事でも優美は本気にしますよ」


 大間さんは依然楽しそうである。知らないところで一人の男の子が失恋しようとしているのに、どうしてこうはしゃぐことができるのだろうか?


「あ、向き合った! ちくしょう、イルミネーションでもあれば最高なのに」


「笠倉くんの事だからうまくかわすと思うんですけど、優美さんを傷つけずにどう断るのでしょうか?」


「練習だからオッケーしなきゃダメですよ! 失敗例を作っちゃ意味がないですから」


「……………」


 私たちは駅前の噴水に身をひそめた。


 笠倉くんはいつも通り無表情だったけれど、優美さんの方はものすごい緊張だった。顔が真っ赤なのだ。たった一回デートをして、数日話しただけのはずなのにずっと前から好きだったような顔をしている。私が男だったら軽薄な子だと感じてしまうだろう。笠倉くんはどう断るのだろうか。


 ついに優美さんが口を開いた。


「せ、先輩。お話が……あります」


「うん」


「あの……えっと、私、先輩の事が………」


「……………」


「先輩の事が………」


「……僕の事が、どうしたの?」


 笠倉くんはあくまでも待つつもりらしかった。練習のていを守って優美さんに言わせるつもりらしい。断るならはやくすればいいのに。大間さんは「いけ、やれ、言え! 今だ!」と、スポーツ観戦でもしているようなヤジを小声で飛ばしている。事の次第によってはただの練習ではなくなるだけに、異様な緊張がこの場に漂っていた。


「僕の事が……どうしたのかな。続きを言ってごらん」


「う、分かってるくせに……イジワルです、先輩」


「ゴメン。でも、そういうヤツだからさ。これ」


「そうですよね。はい、分かってます」


 優美さんは深呼吸を一つして、笠倉くんをジッと見つめた。


「先輩の事が好きです……大好きです! 付き合ってください!」


「うん、ありがとう」


「きたぁ!」と、大間さんが手を叩いて歓声を上げた。


 まるで本当の告白が成功したかのような喜びようだったが、本番はこれからである。ここまでは約束された展開。告白を成功させるまでが笠倉くんへのお願いであり、笠倉くんの本心が聞けるのはこれからである。


「先輩、キスしてもいいですか?」と優美さんが言った。


 これも練習のつもりなのだろうか。それとも、本当の告白を成功させたつもりなのか? 優美さんのお願いは練習の範囲外である。


 笠倉くんは静かに首を振ると「あのね」と言ってから優美さんから手を離した。


「これから話す事はとても大切だから、よく聞いて、考えてくれるかな」

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