三章

第41話 石碑ダンジョン

 新しい拠点となる家を購入して、一月。


 購入直後からすぐに住めるような状態ではあったけど、公爵閣下からいただいた魔法鞄の中の家具で全てを揃えてしまっては、怪しいなんてもんじゃない。


 家具はオレの恩恵「ルーム」の中の生活空間にしっかりと揃えているから、そもそも用意する必要もあまりないんだけど……


 人が住んでいるのに何も家具が無いままの一軒家は、普通の家とは言えないし隠蔽にならないじゃん?


 だから、新しい家の中には木材加工屋の大将に頼んで作ってもらった家具が少しずつ増えている。

 大将の奥さんに、すでに内装だけは整えてもらったしね。


 大きなベッドを一番先に作ってもらったんだけど、大将と奥さんに「そろそろ子供か?」なんて、ひやかされた……

 偽装のためだから、オレがひとりで寝るんだけど言えるわけがない。

 ユリアが顔真っ赤だからやめたげて? オレも真っ赤?


 就寝時には、ユリアとオレの二人で一部屋を使っている。

 一部屋と言っても、一緒に寝ているわけではないんだけどね。

 女神のように美しくて、妖精のようにかわいいユリアと一緒に寝る? 頭と心臓が爆発するわ!


 ヘタレとか、意気地いくじ無しとか、公爵閣下の逆鱗が恐いとか、そういうんじゃなくユリアの安全のためだよ。ホントだよ?


 ユリアはオレの恩恵「ルーム」の中の、彼女の個室となった「ルーム 小」で最高品質の寝具を揃えて就寝してもらっている。

 謙虚な彼女は、オレに悪いとすっごく遠慮していたけど。


 オレは「ルーム」には入らず、夜間の突然の状況にも即応できるようにしている。

 もし最悪な状態になっても、オレひとりが全力で逃走出来れば、自動的に「ルーム」ごとユリアも一緒で安全に逃げられるってわけだ。


 国を越える長い旅を経たオレの逃げ足は、かなりのもんだぜ?


 そろそろお披露目も兼ねてアルとマリオンさんと宝石店諜報機関の皆さんを招待して、ホームパーティーを開こうかなってところだね。


 家買って、家具揃えて、一月でお披露目パーティーとか早すぎない? みんな頑張りすぎじゃない? もっとゆっくりってか普通で良いんだよ? 普通で。


 それと……スケルトンが出た家の買い上げの手続きが終わると、あの家は翌日に完全封鎖された。


 オレ達も近付くことは出来なくなったけど、もう変な騒動に巻き込まれたくないから近付くつもりもないけどね。



 ってことで、衛兵隊や調査隊に呼び出されることも無くなったので、気になっていた場所に来ております。


「ここが石碑ダンジョンかぁ」


 そう。石碑ダンジョン。


 スケルトンの問題を解決したいとかではなく、冒険者がダンジョンと聞いたら気にならないはずがないって。

 ここの存在を知ってから、ずっと行ってみたかったんだ。



 ダンジョンと一口ひとくちに言っても、いろいろだね。


 洞窟、古代の城、海、山、森、砂漠、雪原など内部の環境が外とは激変するダンジョン。


 国家が秘匿しているもの、一般に解放されたもの、入場を制限されるものなどもある。


 入った瞬間に竜とこんにちは! となるダンジョンまであるらしいから、そりゃ制限されるわな。


 石碑ダンジョンは約五十年前に攻略されていて、当時ほど資源が豊富ではないけれど、何も無いわけではない。


 攻略されたとは言え、魔物は外よりも多く出現するから、魔石を始めとしたドロップ品の獲得は野外をうろうろするより効率は良い。

 宝箱の中身はそれなりの金額で売れる。


 深く潜れば潜るほど、ドロップ品も宝箱の中身も品質は良くなるから、ロッセの町の財源に寄与しているらしい。



 ユリアも大賛成で、徒歩半日かけて二人で石碑ダンジョンに来た。

 今回は初回の様子見なので予定は二泊三日。最大でも四泊五日だ。


 アルはその間お休み。

 とても優秀でやる気もすごいけど、少々頑張りすぎるところがあるから、ゆっくり休んでほしい。

 まだまだ一党パーティ全員が初見のダンジョンに、いきなり連れて行けるほどではない。

 ユリアもオレも万能では無いからね。


 アルはめっちゃくやしがっていたから、様子を見て大丈夫そうなら、三回目か四回目あたりでの同行は約束したと言うか、させられたと言うか。


「調べた通り。まるで大きな村のようですわね」


 うん。町とは言えないけど、村にしては大きいよね。

 石碑ダンジョンは一般解放されているから、そこから獲得できる資源目当てに人が集まって村を形成している。


 ほとんどの建物で宿屋、武器屋、道具屋、飲食店等々何かしらの商売をやっているっぽいね。

 衛兵もいるし冒険者ギルドの出張所もある。


 ダンジョン町とでも呼べそうな大きな村は、もしもの有事があった場合の第一防衛線でもあるのかな。


「ユリア。宿は必要ないし、少し休んだらギルドで上層までの地図を買って、早速ダンジョンに行っちゃう?」


「ええ。ロル。行っちゃいましょう!」


 ユリアは初めてのダンジョンを、オレ以上に楽しみにしていたからね。

 ワクワクしながら足取りの軽いユリアもかわいい。



「わたくし、ダンジョンの実物を初めて見ましたが……書物や文献にある通りの、とても不思議なものですわ。ダンジョンには常識が通じないとは良く言ったものですが、入る前から常識が通じないのですね」


 公爵家の御令嬢がダンジョンの実物を見る機会なんて、まず無いだろうからなぁ。


 ユリアが不思議と言っているのは、巨大な石碑のこと……ではないよね。

 その巨大な石碑の下部、地面と接している部分。


 石碑に半円の大穴が空いていて、半円の先に草原が広がっている不思議空間のことだ。


 石碑に穴が空いて向こう側が見えているのなら、ダンジョン街の建物が見えるはずだからね。


「ユリア。今回は様子見だから、一度の遭遇で魔物が三体までは排除。四体以上はどんなに弱い魔物でも即撤退そくてったいね。アルがいると想定して撤退訓練をしよう」


「わかりましたわ。ロル。魔法は派手ではなく、単体を地味に確殺出来るもの。ですわよね?」


 地味に確殺ってなかなか聞かない台詞だねぇ。


「あはは。うん。マリオンさんともあまり目立たないようにって約束して来たからね。でも、オレの合図かユリアが危険だと判断したら、派手でも良いから二人で必ず生還できる魔法をお願い」


 ユリアが、まるで大輪の花のような笑みを浮かべる。なんて素敵な表情だろう。


「有名なダンジョン攻略者も『ダンジョンに人の常識を求めるな。求めれば死ぬ』とおっしゃっておりますものね。いざとなれば、どーん! とやってやりますわ!」


 力を出し惜しんで死傷なんて愚の骨頂だからね。

 多少目立とうと、致命的なことにならずに生還した方が遥かにマシだ。

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