第3話 国家機密の指名依頼

 出奔して専業冒険者になってから三年。今年でオレは二一才になった。


 大活躍はしていないものの十三才から冒険者の登録をしているので、冒険者としてのキャリアは八年のベテランと言ってもいいんじゃね? と思い始めたある日。



宰相閣下さいしょうかっかから、お前さんに国家機密指定で指名依頼だ。ロルフ」


 顔も体も厳ついギルド長が血の気の引いた顔面で、とんでもねぇところから来た、とんでもねぇ指名依頼を言い渡してきやがった。


「ここ、こ、断ることって?」


 震える声でダメ元だけど聞いてみる。


「断れるわけねぇだろ。この手紙に記された指定の日時に、ベルンハルト侯爵の王都内の屋敷に行ってこい。

……バカヤロウ! ここで開けんな! おれを巻き込もうとするじゃねぇ! やめろ!」


 ですよねー。


 宰相閣下でベルンハルト侯爵って、オレの親父殿じゃねぇか。

 国家機密指定? なに? オレ死んじゃうのかな? ねぇギルド長、遺書書いた方がいいかな?



 手紙に記された日時。

 実に三年ぶりの生家。平民としては初めての訪問。どのように話そうか。使用人の方が立場は上になるのか。礼儀的にどうか。せいぜい中堅止まりのオレがなぜ。などなど取りめのないことを考えていた。


 そんなオレの葛藤かっとうや苦悩など知ったことかと、馴染なじみの執事とメイド長に捕まり、速攻で親父殿であるベルンハルト侯爵の執務室に放り込まれた。


 軽く混乱しているオレに構わず、ひどく疲れきった親父殿がかけた第一声が、


「ロルフ……息子よ……大変なことになった」


 あ、尋常じんじょうじゃなくヤバイやつだ。

 王国宰相たるベルンハルト侯爵が体裁ていさいすら取りつくろえず、親父の顔になっている。


「宰相閣下……いや、親父。オレ、遺書書いた方がいい?」


「……場合によっては」


 ……場合によっては。じゃねぇよ!


 親父殿が心底疲れきった状態でオレに告げる。


 今期の学園の十六才から十八才。

 この三学年は数十年、下手すりゃ数百年に一度の将来を期待された人物が集中した世代だったようだ。


 世代筆頭は将来の国王陛下、継承権第一位の王太子殿下。

 王太子殿下の婚約者、未来の国母たる公爵家のご令嬢。 

 優れた恩恵と文武共に隙無すきなしの天才、宰相ベルンハルト侯爵の四男。

 武では学園内に敵なし、王国騎士団長「剣聖」の嫡男ちゃくなん

 国交のため留学して来た、友好国の第二王子殿下。

 さらには数名の上級貴族嫡男やそれぞれの婚約者候補。


 なにその魔境。


 伯爵家以上の上級貴族嫡男が同世代に二人いるだけでも、例年なら学園内や社交界は騒ぎになる。

 オレらの世代は上級も下級も貴族の嫡男なんて一人もおらず、とってもふわふわしたゆるい世代だったのに……

 極めつけは、


「聖女様ですか。 え? 恩恵の聖女様? マジで?」


「マジで」


 マジかぁ。


 聖女様は元々、珍しくはあるが希少ではない回復系統の恩恵を授かっただけの平民の女の子だったらしい。

 ある時、教会でその平民の女の子が猛烈に発光したと思ったら、恩恵が「聖女」に変化した。


 国家規模の貢献をした女性に「○○の聖女」と称号が与えられることはあるが、恩恵の「聖女」は全くの別物。

 良くも悪くも国家の盛衰に深く関わってしまう。

 聖女様が心安らかに過ごすだけで作物の豊作は約束され、魔物の弱体化など国家は安泰。

 しかし、聖女様の心が大きく雲り、心の底から「こんな国滅べバカヤロー!」と闇落ちすると、国家滅亡が本気で有り得るらしい。


「国家滅亡かぁ……マジで?」


「マジで」


 そっかぁ。マジかぁ。


 放心しそうなオレに容赦せず、さらに親父殿が続ける。


 恩恵「聖女」を授かった平民の女の子は、一年前に発見されて当時十六才の今年で十七才。国王陛下の名で箝口令かんこうれいが発令され、保護の名目で貴族の多い学園に入寮していたらしい。


 もうここで嫌な予感がビンビンしたよね。


 あの奇跡的な魔境とも思える世代のド真ん中に、聖女様という特大の劇薬が投下された。


 もうさぁ。事件になるってわかってるんだから、そんな魔境に聖女様を放り込むなよ。聖女様がかわいそう。


「親父。なんで、なんでそんなアホなことを許したのさ……」


「陛下がなぁ。王太子殿下とくっ付けようとごり押ししやがってなぁ。あと自分とこにもワンチャンあるんじゃないかとなぁ。いろんな所が陛下を後押ししてなぁ……」


「ごめん。親父頑張ったんだなぁ」


「……くっ」


 泣くなよ親父殿。


 ハンカチで涙を拭いた親父は続ける。


 聖女様が転入してきた学園も社交界も大混乱、しかし国王陛下から箝口令が出ているため奇跡的に外に漏れることはなかった。


 だが学園の大半は、やんちゃ盛りで多感な十代の少年少女。

 勘違い貴族連中が荒れ狂い、婚約者候補達が右往左往うおうさおう

 その混沌とした周囲の空気で頭がお花畑になった王太子殿下、剣聖嫡男、友好国第二王子殿下がだめ押しの参戦。

 学園は混沌を極め、魔境なんて表現では生ぬるい状況だったようだ。


 そんな混沌とした学園で、王国のために、平民からいきなり貴族の多い学園に放り込まれた聖女様を守るために奮戦した者が二名。

 頭がお花畑になった王太子殿下の婚約者である公爵令嬢と、オレの唯一の弟で我が家の天才四男である。


 公爵令嬢は聖女様が不自由しないように聖女様を表で守り、我が家の天才四男は暗躍あんやくして裏から聖女様を守っていた。


「流石カイン! やっぱりあいつは天才だ!」


 弟の大活躍にテンション上がってきた! これは勝ちました。もう帰っていいかな。


「ああ。確かにカインは天才と言って間違いない。本当に素晴らしい働きをしてくれた。

 ……でもな、最後の最後で御令嬢とカインの努力が無になったんだよ。ここからはロルフ、お前にも関わってくることだ。気を確かに持って聞いてほしい」


 やめて! 聞きたくない! 父上! 聞きたくない!

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