第2話 出奔する三男
「親父。お袋。やっぱり家を出るよ。学園や外の世界を見聞きしてわかったんだ。貴族としての身のままじゃ、どうやってもオレはこの家の弱点になっちまう」
今年で十八才。
学園を卒業させてもらったオレは、以前から家族に伝えていたとおり、貴族籍を抜けて平民となることを改めて両親に伝えている。
貴族籍を抜け
非力な人間が強く生きていけるようにと、十才で神から与えられる恩恵がとんでもないハズレと判明したときだ。
オレが神からいただいた
任意の場所に縦も横もデカイ大男がすっぽりと隠れる程度の、大きく滑らかな金属製らしき扉を出すことができる。
しかし、その部屋が大問題だった。もうね、めっちゃ狭いの。
少し裕福な
部屋の縦横は呼び出せる扉程度で、奥行きは扉から
全面が白い壁で何もない。
デカイ金属の扉を任意で呼び出せるタワーシールドみたいに使えるなら、使い方を工夫したら最強じゃね? と思ったりもしたよ。
でも、オレとオレが許可した者や物しか触れることが出来ないから、視界を遮るのに受ける攻撃は全部素通りだ。
オレの攻撃は扉に弾かれる
話はちょっと
安い魔法鞄は少し裕福な
恩恵「ルーム」の収納量は、一番安い魔法鞄の半分以下なんだよ。
手頃な道具に負ける、完全な下位互換。
内側から扉を閉めると、その場から完全に消えることができるみたいだ。
でもさ、とんでもなく狭くて全面真っ白な何もない部屋の中にいると、気が狂いそうになるのよ。やべぇよあれ。
自分の恩恵で発狂しそうになるとは思わんかったね。
まぁそんな感じの自他共に認める大ハズレの恩恵を授かった訳だけど、家族はオレを見捨てなかった。
ちょっとアレな家だったら「役立たずが!」とか言われて、すぐに追い出されていたと思う。
学園でそんな話を聞いたことがあるし。
またちょっと話が逸れるけど、うちは歴史がそこそこある貴族だ。
現当主の親父殿は
親父殿は正妻様と一人の側室様を持ち、三人の夫婦仲は他の貴族が
オレの実母は二人目の側室だったけど、元々体が弱い人でオレが物心つく頃には鬼籍に入っている。
親父殿も、正妻様も、もう一人の側室様も、オレを疎まず、他の兄弟姉妹と同じように育ててくれた。
兄弟姉妹は兄が二人、姉が一人、弟が一人、妹が一人、オレは三男だな。兄弟姉妹仲も良好だ。
二人の兄上は領地の運営と王宮で親父殿の補佐官を交代でこなして、二人とも既婚で子も授かっている。
姉上は他家へ嫁ぎ、弟と妹はオレも卒業した学園に入寮している。
当家は安泰も安泰。
強いて問題を挙げるなら、二人の兄上が領主はキツイから継ぎたくないと、当主の座を押し付けあっているくらいか。
ハズレ恩恵で三男のオレに兄上が二人揃って「お前が当主にならんか?」と言い出す始末。
親父殿が悲しげにするし、
家族は全員こんなオレでも、とても良くしてくれた。
でも兄弟姉妹でハズレの恩恵を授かったのはオレだけで、社交界では他の貴族から「犬小屋」とか「出来損ない」とか陰口を叩かれているのは知っている。
これでは家の役には立てないどころか、むしろ確実に我が家の弱点兼任のお荷物になってしまう。
貴族でなければ恩恵に頼らずとも、文武のどちらかが優れていれば職に困ることはまずないだろう。
しかし、王国の剣、王国の盾である貴族は違う。
土台として文武のどちらかが優れているのは大前提であり、その土台に神の恩恵の有用性が乗せられる。
どんなに立派に土台を整えても、乗せられるのがみすぼらしい犬小屋では貴族の
十二才までに施された貴族としての基礎教育で、それは十分に理解しているし、不本意ながら納得も出来ることだった。
だから十二才のオレは学園入りは断り、
その頃はまだ学園に入寮していた二人の兄上と姉上は我が家にいなかったけど、幼い弟と妹には「行かないで!」と泣き付かれ。
普段は穏和な顔をオーガのごとき怒りの形相に変え、「私がおらぬときに好き勝手言いおって」と、怒気を噴き上げる親父殿にチビりそうになり。
二人のお袋様は優しく、「学園を卒業したら好きにしてもよろしい、卒業まで出奔は認められません」とオレを説き伏せた。
正妻様が「少し
次に出た社交では、オレに対する陰口が無くなっていたなぁ。
親父殿、お袋様、あなた方なにしたんですか……
さらに付け加えるなら、
それもあって十三才で冒険者登録をして、学園である程度自由な時間が増えるようになる十五才から冒険者活動に
で、十八才で学園を卒業し、これから家を出て専業冒険者になることを決心し、今に至るというわけですな。
「考えは変わらんのだな? だが、何も貴族籍を抜いて出奔までせずとも良いではないか。今からでも軍に口利き……」
親父殿が軍への口利きを匂わせるけど、軍も昇進していくとやっぱり恩恵が
国王陛下に信を寄せられる親父殿の子が、三男とはいえ万年出世できないってのはやっぱりダメだ。
「旦那様。この子が一人で立つと覚悟を決めたのです。立派に育ったことを祝いこそすれ、引き留めるなどと無粋はおやめなさいまし」
しかし、そんな親父殿の提案は、正妻のお袋様にバッサリと切り捨てられた。
我が家の女主人として、厳しくも底抜けの愛を根底に持つお袋様。
「そうですわ。むしろ身を立て
実母と親友であり、実母が鬼籍に入ったときにオレを抱き締め、涙を流しながらもオレを激励してくれた側室のお袋様は、あのときと同じように激励してくれる。
「本日この屋敷を離れた瞬間、私は一人の平民。
ロルフ・フォン・ベルンハルトはフォンの位を王国に返還し、ベルンハルトの姓を名乗れぬ、ただのロルフとなります。
父上。母上。今日までこの上ない愛をいただき、ありがとうございました。このご恩は生涯忘れません」
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