出奔貴族と追放令嬢
本大
一章
第1話 ◇ある日の森の中の男女◇
「グギャアアアア!」
木漏れ日が射し込む森の中に、
断末魔の主を見つめるのは、灰色のローブを羽織りフードから
女に背を向けて剣を構えるのは、
男は
「よく燃えますわねぇ」
涼やかな
しかし、森の中であるのに焚き火の炎を評するかのような不穏な台詞を男の耳が拾い、無用心に振り返ってしまう。
男の目に飛び込んだ光景は、全身を炎に巻かれ火だるまになった討伐対象である魔物のゴブリン。
そして、なにがしかの実験が成功したかのような満足げな表情を浮かべた美しい女。
「え? ちょっ! 何やってんの!?」
ここは
森の中で火炎系統の魔法はダメって言ったじゃん! でも満足げな笑顔がかわいい!
などと、無条件に許してしまいそうなキモイことを考えつつも、流石に森の中で火を放たれてはまずいと男は慌てる。
「わかっておりますわ。でも周りに燃え移ってはいないでしょう?」
確かに女の言うようにゴブリンは全身を炎に巻かれて絶賛大炎上しているが、周囲には一切延焼していない。
それどころか火を消そうと転がる、炎上ゴブリンの下の草も燃えていない。
対象は燃やす。対象外は燃やさない。
どれほどの魔法制御能力があったら、そんなことができるのさ。
あと「やってやりましたわ!」みたいなドヤ顔かわいい。と考えているこの男の脳内は、やっぱり少しキモイ。
「それよりも、後ろ危な……くはありませんでしたわね」
女の心配の声の途中で、男は振り返るついでとばかりに背後から忍び寄ってきたゴブリンの脳天に剣を振り下ろす。
「まぁこのくらいはできませんと。でも、教えていただきありがとうございます」
無用心に振り返ってしまったことをごまかすためか、頭をかきながら苦笑ぎみに女に笑みを返す男。
男女は改めて周囲を見回しつつ気配を探って討伐漏れがないか確認するが、彼ら二人以外の気配はない。
炎上していたゴブリンも、脳天を潰されたゴブリンも、それ以前に倒したゴブリンも、体が水に溶ける塩のように
小石ほどの魔石を残して。
「また言葉が丁寧になっていますわ。もうわたくしも冒険者ですのよ?」
お嬢様言葉が抜けきらない貴女に言われましても……と男は思いつつ声には出さない。
声に出してしまえば女が落ち込んでしまうことを知っているのか、賢明にも反論はしないようだ。
「申し訳ござい……ごめんごめん。やっぱり急には難しいよ。これから慣れていくだろうから、たまに丁寧になっちゃうのは多目に見て」
「もう。しょうがない御方。まぁわたくしも慣れませんもの。お互いに慣れていくしかありませんわね」
うん。呆れ顔もかわいい。いや待て。変な扉を開こうとするな。危険がある森の中で気を抜くな。と自身の内面と男は戦っているようだ。
「それじゃドロップ品拾って帰ろうか」
足元にある小石ほどの魔石を拾いつつ、男は女に声をかける。
「わかりましたわ。あら、そちらにもありますわね。あら、こちらにも。あら? あらあら? こちらにもありますわ」
魔石が発する微々たる魔力を察知したらしい女は、男が見逃した魔石や他の誰かが放置したか見失ってしまった魔石を見付けては、嬉しそうに拾っている。
どんな察知力があったら森の中の草影に隠れた、小石ほどの魔石を発見できるのか。
なぜ下々が行うような魔石拾いなんて行為を躊躇せず、コロコロと笑いながら楽しそうにできるのか。
貴女は上から数えた方が早い程度に地位の高い、高貴な生まれの御令嬢でしたよね? と男は不思議そうな顔で女を見る。
でも楽しそうでかわいいからヨシ! が男の脳内の実に七割を占拠しているようだが。
「どうしましょう。他の方々の落とし物が多かったのかしら? わたくしたちが倒した数よりも大分多くなってしまいましたわ」
少し困ったような顔をした女の手には小石ほどの魔石で
「うん。まぁ森の中で誰のものとも知れない魔石を拾ってはいけません。なんて規則も作法もないからいいんじゃないかな? それに余剰があればあるだけオレは助かるから」
貴女の困り顔はかわいいがすぎてオレに効く! と頭の中で
「そうでしたね。それにしても貴方は不思議な力をお持ちですわ。その力を正当に評価できないとは、我が国も落ちぶれたものです」
男の不思議な力に感心しているのか、それを正当に評価できない自国に呆れているのか女は複雑な表情を浮かべている。
「まぁしょうがないよ。自分自身つい先日まで劣化した魔法鞄程度にしか思っていなかったし。拾った魔石はいつものところに放り込んでもらっていい?」
男が女に告げると、
長身の者でも楽に出入り出来そうな大きな金属製の扉を、警戒することもなく男は片手で開け放った。
もう片方の手で「さぁどうぞ」と演技がかった仕草をしつつ、女に扉の先へ入るように
「よろしくてよ。そうそう。何か食べたい料理のご希望はおありかしら?」
女も特に警戒することもなく開け放たれた扉に近付くどころか、扉の開かれた先へと進んでいく。
「今日も料理してくれるの!? ありがとう! またカルァゲが食べたい」
女に続くように嬉しげな声をあげながら、男も扉の先へと進んでいく。
「カルァゲ? ああ、唐揚げで」
女が言葉を言い切る前に金属製の扉が閉じられ、現れたときと同じように突如として消え去る。
不思議なことに森から男女は姿を消して、二人が踏み締めた地面の
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