第11話 森の中で火はダメって言ったじゃん

「グギャアアアア!」


「よく燃えますわねぇ」


 びっくりして残敵掃討中ではあるけど、戦闘中なのに二度見してしまった。


「え? ちょっ! 何やってんの!? ここ森! 火炎系はダメって言ったじゃん!」


 でも、その満足げな顔がかわいいから許しちゃう。


 違う。いや、かわいいのは間違いないけどそうじゃない。許しちゃいけない。

 森の中で火炎系統の魔法を使ってはいけないって説明したよね。「わかりましたわ!」って言っていたよね?


 そこの大炎上しているゴブリンはなに?


「わかっておりますわ。でも周りに燃え移ってはいないでしょう?」


 確かにゴブリンは全身を炎に巻かれて絶賛大炎上しているけど、良く見てみれば周囲どころか下敷きになっている枯れ葉すら燃えていない。


 対象は燃やす。対象外は燃やさない。

 言葉ではひどく簡単になってしまうが、どれほどの魔法制御能力があったらそんなことができるのさ。


 あと「やってやりましたわ!」みたいなドヤ顔かわいい。


「それよりも、後ろ危な……くはありませんでしたわね」


 ゴブリンが気配を全然隠していないから、これくらいは余裕である。

 背後から不意打ちするなら、せめて足音をたてるなよっと。うん。いい感じに脳天から垂直に入ったね。


「まぁこのくらいはできませんと。でも、教えていただきありがとうございます」


 でも、戦闘中に戦闘以外に気を取られたのは反省しないと。

 冒険者を教えている最中なのにやっちまった。


 反省はあとにして今は周囲の警戒だな。


「また言葉が丁寧になっていますわ。もうわたくしも冒険者ですのよ?」


 お嬢様言葉が全然抜けなくて、ちょっとおかしい感じになっている貴女に言われましても。

 まぁそれ言っちゃうと、びっくりするくらい落ち込んじゃうから言わないけど。


 あと、まだ登録していませんからまだ冒険者じゃないですよ。今はその練習中ですよ。登録は次の国に行ってからですよ。


「申し訳ござい……ごめんごめん。やっぱり急には難しいよ。これから慣れていくだろうから、たまに丁寧になっちゃうのは多目に見て」


 愛を捧げた日に対等に話してほしいと言われたけれど、いまだにユリアにはうやうやしくなってしまう。

 頭が上がらないというか、胃も心も掴まれているからだとは思う。


「もう。しょうがない御方。まぁわたくしも慣れませんもの。お互いに慣れていくしかありませんわね」


 うん。呆れ顔もかわいい。

 いや待て。危ない。今、変な扉を開きそうになった。

 流石に森の中で気を抜くのは危険すぎる。でももう一回くらい「しょうがない御方」って言ってくれないだろうか。


「それじゃドロップ品拾って帰ろうか」


 いや、やっぱだめだろ! 正気に戻れ。注意力が散漫さんまんになっているから一度撤退した方が良さそうだ。


「わかりましたわ。あら、そちらにもありますわね。あら、こちらにも。あら? あらあら? こちらにもありますわ」


 ユリアは魔石が発する本当に微々たる魔力を察知出来るらしく、魔石を見つけるのがめっちゃ上手い。

 初めて探索に出たときには魔物を一匹も倒していないのに、歩いて数分で両手にいっぱい魔石を持っていてびっくりした。


 今も地面に膝をついて高貴な方々からしたら下々しもじもが行うような魔石拾いを、なぜ躊躇ちゅうちょせず笑いながら楽しそうにできるのか。

 ユリアさん? 貴女は上から数えた方が早い程度に地位の高い、公爵家生まれの高貴な御令嬢でしたよね?

 でも楽しそうでかわいいからヨシ! 本人が楽しんでいるんだからヨシ!


「どうしましょう。他の方々の落とし物が多かったのかしら? わたくしたちが倒した数よりも大分多くなってしまいましたわ」


 ドロップ品回収をしながら不思議な人だなって思っていたら、やっぱり困った顔で大量の魔石を持っていらっしゃる。持てなかっただろう魔石が足元にもいっぱいあるなぁ。


「うん。まぁ森の中で誰のものとも知れない魔石を拾ってはいけません。なんて規則も作法もないからいいんじゃないかな? それに余剰があればあるだけオレは助かるから」


 貴女の困り顔はかわいいがすぎてオレに効く!


「そうでしたね。それにしても貴方は不思議な力をお持ちですわ。その力を正当に評価できないとは、我が国も落ちぶれたものです」


 そう言ってくれるのは嬉しいけれど、自分自身が恩恵の性能を十年以上も正確に把握出来ていなかったんだ。いろいろ試したんだけどなぁ。

 それに有能だと認められていたら、ユリアとこうして笑い合うことは絶対にできなかっただろう。


 ユリアはいろいろ吹っ切れたのか、良く笑うようになり自分を捨てた祖国へ辛辣な態度を隠すことが無くなってきている。


「まぁしょうがないよ。自分自身つい先日まで劣化した魔法鞄程度にしか思っていなかったし。拾った魔石はいつものところに放り込んでもらっていい?」


 恩恵「ルーム」の扉を召喚してユリアを先へ促す。


「よろしくてよ。そうそう。何か食べたい料理のご希望はおありかしら?」


 マジで? 


「今日も料理してくれるの!? ありがとう! またカルァゲが食べたい」


 初めてユリアの手料理を食べて愛を捧げた日のカルァゲ。あれに勝るものは無いと確信している。

 でもユリアの手料理はカルァゲ以外も本当に美味しいのだ。

 王国の伝統料理、家庭的な料理、カルァゲなどの非常に美味しい変わり種など、先日料理を始めたばかりとは思えないが、書物を良く読むからだろうか。


「カルァゲ? ああ、唐揚げですわね。そういえばロル。わたくしまだ許しておりませんからね?」


 あ、これは一日に最低一回は言われるあれだ。


「ロル。もう一度言って」


 ユリアが振り向き、悪戯いたずらっ子のような笑みを浮かべている。かわいいが過ぎる。心臓を破壊するつもりなの?


「ユリア。貴女を愛しています」


 絶対に今オレの顔面は真っ赤になっている。


「っ。ふふふ。ありがとう。ロル。愛しているわ」


 んんんっ! 恥じらいのある笑顔がとうとい。幸せすぎて死にそう。


 愛を捧げた日、ユリアが「愛してもいい?」と言ってくれたことに頭が一瞬で沸騰して、思わず「かわいい」と心の声が漏れてしまった。


 謝るオレを寛大なユリアは許してくれたけど、「ロルはもう少し空気を読むべきよ」とかわいらしく顔を赤くして怒っていた。


 一日に一回は今のようなやり取りを求めてくるようになったけれど、それだけユリアが今まで愛されることの少ない少女時代を過ごしていたのかと思うと少し悲しく思う。

 それを思えば少しばかりのオレの羞恥しゅうちなど些細なことだ。


 そんなこんなで祖国を脱したこともあり、急ぐこともなくなったので人目のつかないところでは、ユリアも「ルーム」の外に出て次の国へと移動を続けている。


 この国を出ることが出来れば、王国との間に隣国という壁を得られる。ユリアも自由に外を歩けるようになるはずだ。


 あ、ユリア。揚げ物は危ないから、オレがやるよ。

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