二章

第23話 宝石商で徒労感

「お待たせ致しました。店主のマリオンと申します。ご来店いた? ご来店いただきありがとうございます」

 

 目の前にいる眼鏡をかけた茶色っぽい黒髪の、三十代半ばの女性が公爵閣下の諜報。今、ユリアを見て言葉に詰まったか?



 目的の国に到着はしたけれど、追放令嬢失踪計画は最終段階が残っている。

 最終段階は、この国でユリアのこと。

 オレは正規の手続きで入国しているから問題はない。でもユリアはだ。


 どう見ても高貴な身元不明の美しく若い女性は。絶対に騒動そうどうの元になってしまう。

 各ギルドへの登録や、役所や衛兵隊など公的機関との接触などで身元不明は論外。

 スラムや違法村で隠れ住むことは大論外。かわいいユリアにそんなことは絶対にさせられない。


 入国後、さらに十日ほどかけて公爵閣下から指定された中規模の町の宝石商を訪れている。

 教わった購入客をよそおった符丁ふちょうで問題なく店主と対面できたけど、もしかしてこの宝石商って丸ごと諜報機関なの?

 ひとつ国を挟んでいる他国に、諜報機関を潜り込ませているとか公爵閣下義父様ヤバすぎるだろ。



「マリオン様。私達の挨拶の前に、名乗らぬ無礼を承知でお頼みします。依頼者から『先にこれを渡せ』と。こちらをご確認いただけますでしょうか」


「っ!」


 公爵閣下直筆じきひつ封書ふうしょをマリオンに差し出すと、明らかに動揺どうようしているな。


「……拝見致します。……防音の魔道具を起動してもよろしいですか?」


 封書の封を切り、内容に目を通してそくの要求にこちらへの害意は感じられない。茶色の瞳が震えているが、困惑か?

 

「……どうぞ」


 魔道具使用の要求に警戒心が跳ね、腰の短剣に意識が向いてしまったが……マリオンはユリアを見ている。


「防諜の結界をお頼みしてもよろしいですか?」


 一言も発していないユリアを見ながら言っているから、確実に魔法を得意とすることを知っている。要求内容も限定的で断定したな。こりゃ警戒するだけ無駄か?

 でも、公爵閣下の指示でも遠く離れた他国の他人だ。ここを離れるまでは警戒をおこたれない。


 安全が確認できるまで無言を約束していたユリアへ魔法行使の確認に目線を向けると……かわいい。めっちゃ笑顔。「知っている人ですわー!」って顔してますなぁ。


「お願い」


 念のために名前は呼ばないけど、大丈夫そうかな?


「よろしくてよ。できましたわ」


 相変わらずの魔法行使能力だ。発動までの間がほぼ無かったよ。


「……ええええ!? 本当にユリアーネ様!? 覚えていますか!? 私ですよ私! マリーですよ!」


 っ! びっくりした! めっちゃテンション高いじゃん。短剣に手が伸びるところだった……


「マリー! やっぱりマリーでしたのね! もちろん覚えておりましてよ。わたくしが八才の頃から学園の入学まで侍女をしていましたもの。忘れるはずがありませんわ」


 あらー、お知り合いどころか元侍女でしたかぁ。



「で、ではこの手紙にあることは実際に……あ、どうぞご覧ください」


「……ふふ。予想通りのことが書かれておりますわね。ええ。マリー。ここに書かれていることは本当のことですわ」


「なんてこと……ユリアーネ様。なんておいたわしい」


 元主従関係でも仲が良かったのかユリアとマリオンさんの旧交を暖める会話が弾み、入るすきがない。

 薬物を警戒して出された紅茶のカップに口を付けるだけにしているけど、なんか徒労感とろうかんがすげぇよ。


 なんて思っていたらマリオンさんがぽろぽろと涙をこぼし始めて、またびっくりした。


「マリー。泣かないで。わたくし王国を追放されてからとても楽しいの。素敵な旦那様と結婚もしたのよ? 紹介しますわ。アイヒュン王国宰相ベルンハルト侯爵閣下のご子息。ロルフですわ。わたくしの夫ですのよ」


 おっと、ユリアさん? このタイミングでオレに振るなんてしたたかだね。妖精のようなかわいらしい悪戯いたずらみたいじゃないか。かわいいから許せるな!

 決して、す、素敵な旦那様と言われて舞い上がっているわけじゃないんだからね。勘違いしないでよね!


「マリオン様。ご紹介賜りましたロルフと申します。えんあってユリアーネ様と婚姻を結んでおります。お見知り置きを」


 正気を保て。顔を引き締めろ。にやにやするなよオレ!


「ロルフ様ありがとうございます。私はマリーゼ。この国ではマリオンと名乗っております。高貴な身の上ではございませんので姓はございません。私に敬称などは不要でございます。マリオンと」


 マリオンさんはマリーゼさんだった。ユリアがマリーと呼んでも不自然じゃないね。


「わかったよ。マリオンさん。侯爵家の出ではあるけど、出奔しゅっぽんして冒険者をしているよ。フォンの位も、ベルンハルトの姓も無いただのロルフだからさ。楽にしてくれると嬉しいかな。ロルフと呼んでね」


「ユリアーネ様よろしいのですか?」


「ロルが良いと言っていますから、よろしくてよマリー。わたくしも王国を追放された身ですから、ユリアーネと呼び捨てになさって」


 ユリア。それはちょっとやめてあげた方が……


「え。ちょっとそれは……」


 やっぱり。めっちゃ困ってるじゃんね。


「ユリア。待って。マリオンさんはユリアの侍女をしていたんでしょ? 急に元のあるじを呼び捨てになんて出来ないって。無理を言ったら困らせちゃうよ。いきなりじゃなくて、ゆっくり新しい関係を築いていけばいいんじゃないかな?」


「そうですわね。ロル。ごめんなさい。マリー」


 ちょっとしょんぼりしているかな。たぶん、マリオンさんともっと仲良くなりたいんだろうなぁ。


「良かった……そういうことならロルフ様と呼ばせていただきますね。宰相閣下のご子息を敬称無しは困りますから」


 逆にマリオンさんは「ロルフ良いこと言った!」みたいな顔をしているから、ユリアの仲良し計画は時間がかかりそうだね。

 でも、仲を深める時間はいっぱいあるから、ゆっくりと再構築していこうよ。


 お互いの紹介も済んだし、ユリアの身元を用意してもらおう。本当に用意出来るんだよね?



「では、ユリアーネ様の身元はこちらで用意します。……本当に冒険者をなさるのですか?」


 すっごい簡単に引き受けてくれた。二日待ってほしいと言われたけど、そんなに早く用意できんの!?


「もちろんですわ! 練習だってしましたもの。ね? ロル」


 はい。かわいい。不安どころか期待感にちてますね。


 ね。いっぱい練習したからね。


「ね。しばらくはこの町を拠点にして活動するので、マリオンさんのお店にも貢献できますよ」


「ね。って……あ、ありがとうございます? 宝石以外でも売り買いを代行できますから、なにか入り用が有れば声をかけてくださいね。ユリアーネ様。ロルフ様」


 お。それは助かる。


「ありがとう。マリーに早速さっそく頼みたいことがあるの。どれだけ小さくても良いから家を用意できるかしら?」


「ユリア。良い考えだね。マリオンさん。お願いできますか? 稼ぐ宛はあるから代金の心配は本当に要らないですよ」


 成金なりきんみたいなこと言ってしまった……


 親父殿、公爵閣下、ユリアとオレの四人で練った。ユリアを自由にする計画の完遂まであとわずかとなって、少し浮かれているな。

 最後まで気を引き締めねば!

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