第38話 変則的なリズムのノック

 一党パーティが動きだし、半月が経過した。


 ユリアとアルに冒険者の基本と基礎を教えながら、二人のあふれる才気にオレ自身が学ぶこともとても多かった。


 まるで乾燥した真綿まわたが水を吸い込むかのように、冒険者活動をするごとに確実に経験を自身のかてとするユリアとアル。


 幼い頃から祖国で最上級の教育を受け、元々の基礎能力も高く、さらに本人も勉強家で美しくかわいいユリア。

 冒険者としても彼女は「まだまだですわ」と謙遜するけれど、経験ではなく知識が要求される場面では、どう見てもオレにまさっている。


 毎日すさまじい意欲を見せるアルは、一年かからずにオレが教えられる基本や基礎は全て習得しそうだ。

 すでに冒険者活動用の装備は、頑丈なブーツ、鉄板仕込みの革兜かわかぶとと革手袋、丈夫な上下の活動服をそろえている。


 ちょっと二人とも? 君ら優秀すぎんか?



 あのスケルトン騒動から半月ほど経ったけど、この半月は忙しかった。


 一党パーティとしての冒険者活動は、とても順調でなにも問題はないんだけど……

 

 以前に衛兵先遣隊のリーダーに予告されていた、衛兵隊からの再聴取が、二回。


 問題の家の調査隊から呼び出され、スケルトンが出現した家に足を運び、その足で木材加工屋の大将の店に行くことが、二回。


 この国のことどころか、町のことすらほとんど知らないので、町内と近隣の情報収集。


 新人講習で講師をした冒険者ガンドルや、他の冒険者や職員との交流。


 これから世話になるであろう武器屋、道具屋、各商店や各商人、商業ギルドへの挨拶と顔見せ。


 アルやマリオンさんに、ここロッセの町を案内してもらうこともあった。


 他にも細かな手続きなどなど……マジで忙しかったなぁ。


 一党を組んだばかりで、いきなりユリアとアルを放置出来ない。

 むしろ二人と一緒に活動することは、最近のオレの癒しにもなっているから、放置するなんてあり得ないことだ。


 最優先はユリア。

 次に優先するのは一党パーティと、一党活動。


 しかし、優先順位を間違わないように行動したものの、そのせいでユリアとアルを付き合わせてしまった。

 二人はどこへ行くにも楽しそうにしてくれたけど、二人まで多忙に巻き込んだのは大きな反省点だ。


 情報収集はユリア。町内のことはアル。

 二人の協力がとても助かったのは、間違いないんだけどね。



 そんなこんながあり、現在休日の早朝に一人で冒険者ギルドに来ている。

 資料の確認とか地元冒険者との交流とか、まぁ色々だな。


 ユリアとアルをこれ以上連れ回すのは心が痛むので、今日は各自自由行動とさせてもらった。

 二人は少し不満そうだったけれど、明らかに疲れが見て取れたからなぁ。マジで反省。


 ユリアは身の安全のために、町中でも一人で動くことは出来ないので、ユリアとずっと交流したがっていたマリオンさんにお任せしている。

 マリオンさんが満面の笑みを浮かべていたね。


 アルは地元だから問題ないだろう。

 何かあればユリアもいるマリオンさんの店か、冒険者ギルドに来いと言ってあるからな。



「ロルフ? お前一人か? 珍しいな」


 冒険者ギルドの入り口の扉を開けようとしたところで、声をかけられた。


「ん? お。ガンドルだ。おはよう。今日は一党パーティが休みなんだ」


「おはようさん。休みに朝っぱらからギルド来てんのか」


 少しあきれたようにガンドルは言うが、ユリアの安全がかかっているから、オレも必死なのよね。


「ほら、オレとユリアってこの町に来たばっかだからさ。いろいろ情報を集めたいわけよ。ガンドルは仕事?」


「真面目だねぇ。お前も休めよ? うちの一党で昨日受けた依頼の続きだな。……まだおれしかギルドに来てねぇみたいだがな」


 周囲を見回して、ガンドルは自分の一党がまだ来ていないことを確認したみたいだ。

 まぁ、まだまだ早朝だ。仲間が遅れたんじゃなくて、ガンドルが朝早いんだろうな。


「ちゃんと休んでるって。お仲間が来るまで暇潰し付き合おうか? オレは資料見に来ただけだからさ」


「良いのか? 正直助かるわ。どうにも一人で時間潰すのが苦手でなぁ。で、ロルフ。あの家どうなった?」


 この半月で交流を持つようになった人は、オレがあの家の家主だと知ると必ず聞いてくる話題だね。

 家から魔物が出てくるなんて、戦闘の心得がない人からしたら大問題だ。


 今、この町で大きな関心が寄せられる話題のひとつになっているみたいだし。


「あの家なぁ……新婚生活の予定が全部吹っ飛んだわ。三日前に調査隊から進捗聞けたけど、なぁんにもわかってないってさ」


 新婚生活吹っ飛んだ! は、この話題を話すときの鉄板ネタとなっちゃったよ。


「買った家から魔物出てきたら予定も吹き飛ぶわな。家明け渡してもう半月だろ? ガッツリ調査入って、なにもわかんねぇってのも謎だな」


「調査隊が隠してる感じも全くなかったし、マジで謎過ぎるわ。ガンドルは石碑ダンジョン潜ったことあるよね。浅層で出るスケルトンってどんな感じ?」


「家の地下から出たってスケルトンか……石碑の浅層なら指揮個体は出てこねぇし、出てくるのは人形ひとがただけだな。遭遇は最大三体まで。個体ごとの戦力も大差ねぇし、特殊なことはなにもしてこねぇな。頭割れば消えるし……」


 その後もガンドルの仲間が来るまで立ち話兼情報収集をしたけど、あの家の謎に繋がるのは石碑ダンジョンと同じようなスケルトンだってことくらいだった。



 資料室で近隣の情報収集をしていると、空腹で腹が鳴った。


 そろそろ昼時かぁ。ユリアに心配もされているし切り上げて帰るか。


「ただいま」


 宿所の扉を開けて中に入ると、香ばしくも甘い香りが漂っている。


「ロル。おかえりなさい」

「ロルフ兄ちゃん。おかえり」

「ロルフ様。おかえりなさいませ」


 ユリアだけではなく、アルとマリオンさんもテーブルを囲んでお茶会をしていたようだね。


「ありゃ、みんな揃ってどうしたの?」


「わたくしとマリーでお茶会をしていたところに、先ほどが遊びにいらっしゃったのでお誘いしましたわ」


 ユリアとアルはこの半月でとても仲が良くなり、お互いに呼び方も変化している。

 ユリアはアルを呼び捨てし、アルはユリアを姉のようにしたうようになった。


「ユリアの作った焼き菓子、とっても美味しいよ!」


 うんうん。そうだろうそうだろう。

 アル。ユリアは料理だけじゃなく、菓子作りだってめっちゃ得意なんだ。よく味わって食べるんだぞ。


「アル。口に物を入れたまましゃべっては、お行儀が悪いですよ」


 マリオンさんは素直なアルをすっかり気に入ったのか、最近ではアルのお母さんのようになってしまった。

 行儀をしかってはいるけど、目尻が下がっちゃってますよ?


 さて、オレもご相伴に預かろう。

 

 アルとマリオンさんを加えた四人で楽しく昼食を食べ、午後もそのまま四人でお茶会を開き、ゆったりとした休みを満喫できた。


 日が傾き始める前にアルとマリオンさんは仲良く帰っていったけど、その後もしばらくユリアと二人で雑談に興じる。


 最近は多忙だったので、こうしてゆったりとする暇がなかなか無かったけど、やっぱり余裕ってか休みって大切だわ。

 なんか頭がスッキリした感じがするよ。



 日も完全に落ちた頃、そろそろ順番に「ルーム」の風呂に入って夕食だね。とユリアと風呂の譲り合いをしていると、宿所の扉がでノックされる。

 扉の外の気配は一人。


「ユリア、ロルフのみ。どうぞ」


 変則的なリズムのノックは、宝石商の従業員諜報機関の構成員が連絡に来たときの合図。

 部屋の中にオレ、ユリア、マリオンさん以外の人間がいると普通の来客をよそおってくれる。


 今までの連絡は衛兵が来たときだけだったから、今回も衛兵の訪問だろうか?


「報告。衛兵三名が宝石店に来店。例の家についてロルフ様と対話要請有り。詳細不明。現在マリオンが平時へいじ対応中。

 緊急度低。関係者捕縛の可能性無し。危険性無し。以上」


「すぐにユリアと共に向かいます。マリオンさんにもそのように」


「了解」


 簡潔な連絡からは緊急性も危険性も無いようだけど、今まで日が落ちてからの衛兵の訪問は一度もなかった。


「ロル。日が暮れてから衛兵とは……何か進展があったのかもしれませんわ。すぐに向かいましょう」


 考えていても仕方がないな。ユリアとすぐに向かおう。……風呂に入る前で良かった。



「先遣隊の皆さん? お疲れ様です。どうされました?」


 宝石店の応接室に入ると、マリオンさんと見覚えのある衛兵先遣隊の三人が、お茶を飲んで談笑していた。


「あぁ。ロルフさん。ユリアさん。夜分に誠に申し訳ない。マリオンさんも、家主のロルフさん抜きでお話しできず申し訳なかった」


 先遣隊の三人は揃って頭を軽く下げてくれる。


「いえいえ。お気になさらないでください。それで家主抜きでは話せない用件とは?」


 家主抜きで話せない? マリオンさんも聞き出せなかったようで、早速とばかりにうながす。


「ロルフさん。あの家を土地ごと売っていただけませんか?」


「はい?」

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