第37話 新人冒険者スタートダッシュ攻略法

 涙をそでで拭いたアルの目は、もう輝いている。

 やっぱり立ち直りが早いな。根性あるわ。


 しっかりと経験を積んでいったら、近い将来アルは大化おおばけするんじゃないだろうか。


 オレも頑張らないとな。


 さて、一党を組んで終わりじゃない。ここからが本番だ。


「冒険者ユリア。冒険者アル。君たちに新人冒険者伝授でんじゅする」


「「スタートダッシュ攻略法?」」


 二人とも、「いきなりなにを言ってるんだ」みたいな顔はやめなさい。


「今までの経験と先輩冒険者から学んだことを取り入れた、新人冒険者が覚えて損はない、門外不出のだ。

 伝授する前に二人に質問。新人冒険者が活動初期に困ることって、アル。なんだと思う?」


「お金が無いこと?」


「正解。アル、目の付け所がいいぞ。次はユリアも答えてみようか」


 金が無いのはマジで困るよな。


「困ることは多くありそうですが、自身の実力や限界を知らないことも困りますわね」


「正解。ユリアも目の付け所がいいね」


 ユリアはちらりとアルを見た後に、視線をオレに向けて軽く頷いた。

「アルさんのためですのね」といった合図だろう。オレも軽く頷きを返す。

 このあともオレに合わせてくれそうだ。察しの良いユリアは、知恵の女神だろうか。


「攻略法最大のきもは、ってことだ。

 アル。効率のいい仕事や依頼、金の稼ぎ方そのものを知っていれば、金に困ることはほとんど無くなると思わないか?

 ユリアが言ったように、自分の実力と限界を知っていれば、しっかりと実力を発揮出来るだけじゃなく、無理や無駄なことをしなくても良くなるんだ。

 ギルドの朝の混雑は過ぎたけど、攻略法を使えば残った今日の依頼でもしっかり稼げるぞ?」


 オレがそう告げると、早速アルがそわそわし始めたな。


「ねぇねぇロルフ兄ちゃん。今日は依頼受けないの?」


 食い付いた。


「ロル。もちろん冒険者活動をなさいますわよね?」


 ユリアもすかさず合いの手を入れてくれる。

 良いフォローだ……そわそわしているから、ユリアも楽しみなんだね。


「もちろん。これからギルドで依頼を受けるよ。実地で攻略法をいくつか実践してみよう」



 朝の混雑もすっかり落ち着き、数人の冒険者しかいない閑散とした冒険者ギルド。

 三人で依頼掲示板の前に陣取り、まずは新人だけでも受注可能な依頼をまとめる。


 単発依頼は、配達物。失せ物探し。荷運び。町中の掃除。飲食店手伝い。特定動物の狩猟。指定採集物の納品。

 常設依頼は、魔石納品。薬草各種の採集。食肉可能動物の狩猟。


 めぼしい依頼は全て持っていかれただろうけれど、十分だ。


「無理せず受注出来るのはこれくらいかな。今回は一党での初仕事だから、危険そうな依頼は省いたよ。

 さて、どうやったら上手く稼げるか、まずは各自で考えてみようか」


「実力と限界……効率……稼ぐ……知らないことを知る……単発と常設……」


 アルが各種依頼書に視線をさ迷わせながら、ぶつぶつと呟いている。

 かなり集中しているみたいだ。


「「……」」


 ユリアと視線を交わして頷き合う。やはり彼女はオレの意を察したようだ。


「そろそろ考えはまとまった? アルの意見から聞かせてもらおうかな」


「ロルフ兄ちゃん。依頼を複数受注しちゃいけないって規則はなかったよね? 未達成でも罰則の無い、常設依頼の納品物……魔石も薬草も動物も持てるだけ全部持ってきたら稼げると思う。どう?」


 いきなり気が付くのかよ。まだ冒険者三日目だろ。


「! アル。それが攻略法のひとつだ。一人でその考えに至るとは思わなかった。本気でびっくりしたぞ」


「本当に素晴らしいですわ。柔軟な発想をお持ちですのね」


 ユリアも驚いているみたいだ。


「補足を入れると、単発依頼の『特定動物の狩猟』と『指定採集物の納品』は、獲得後に依頼書ごと受付へ持っていってもいい。

 もし依頼が無くなっていても、今回の獲物は毛皮が売れる。指定採集物は、商業ギルドや商店で買い取ってくれるはずだ」


「あ! そっか! むぐっ!?」


 合点がてんがいき、大声をあげて続きをしゃべりそうになったアルの口を慌てて塞ぐ。


「しー。あまり大きな声で話すとバレちゃうぞ?」


「ふふふ。アルさん。しー。門外不出の攻略法ですわよ?」


 そうだぞ。門外不出なんだ。

 基本的なことだが、誰彼構わず教えるつもりはない。


「単発依頼も後出しでいいんだ。何倍も稼げちゃうよ!?」


 小声で叫ぶって器用なことするなぁ。


「知らないことを知ると稼げるだろ? 攻略法その一、『一回の活動で達成可能な依頼を複数受ける』冒険者の基本だ」


「ロルフ兄ちゃん! 早く! 早く行こうよ!」


「ふふふ。ロル。アルさんが待ちきれないようです。さぁ。行きましょう。本日のお仕事は魔石拾いと薬草採集に狩猟ですわね。ふふふ。楽しみですわ」


 ユリアとアルに両手を引かれるけど、ちょっと待ってくれ。

 攻略法はまだまだあるんだ。


「わかったわかった。二人で引っ張らなくても行くから落ち着いて。『何事なにごとも落ち着いて行動』が、攻略法その二だよ。そして攻略法その三は、『下調べをしよう』」


 資料室で薬草の生育地域と、獲物の生息地域だけでも確認しような。



 町の外に出て、魔石。薬草。獲物を探している間にも、攻略法を教えている。

 ちなみにユリアには今回、緊急時以外での魔法の使用は禁止してもらっている。

 魔法を使ったら、二人の冒険者練習にならないからね。


「冒険者の装備で、一番大切な物はなんだと思う?」


「えー? 武器かなぁ?」

「魔法鞄ではないかしら?」


 やっぱり目立つ武器や、便利な道具が必須だと思っちゃうよね。


「もちろん武器や魔法鞄もあれば便利だ。でも、冒険者に最重要ってほどでもないよ。

 攻略法その四、『足元が最重要』足元、つまり靴が装備で一番重要なんだ。なぜだと思う?」


「靴? 履ければいいんじゃないの?」

「なるほど。場に適した靴を履かなければ、活動に支障が出る。ということですわね。社交も同じですわ」


 ユリアが戦っていた社交の場は、国でも最上級。

 全身を着飾って完全武装で挑んでいただろうから、足元の重要性はわかるはずだ。


「ユリア、良くわかったね。アル。冒険者は移動がとても多い。移動が仕事といってもいいほどだ。

 依頼によっては、町中はもちろん町の外、草原、岩場、森、山、他にも様々な場所に移動する。

 想像して欲しい。依頼で森の奥まで探索しなければいけなくなった。足元にはどんな危険があるだろう?」


「森かぁ。……蛇とか虫の毒? 毒草も!」

「折れて尖った枝や、鋭い岩や石も危険ですわね」


 毒に思い入れでもあるの?


「二人とも大正解。パッと思い付くだけでもそれだけ危険がいっぱいだ。

 さらに考えて欲しい。二人が挙げた足元の危険で足を怪我しました。さて、どうなる?」


「強い毒なら死んじゃう? 治療も難しいよね」

「森の中で動けなくなってしまいますわね」


「まさに二人の言うとおりだよ。助けが期待できない場所で動けなくなったり、最悪は死んでしまうだろう。

 幸運に恵まれて生還しても、治療に金が必要になる。動けないから治るまで稼ぐことも難しいな」


 マジで足元は重要なんだ。

 オレは活動内容に合わせて靴を買っていたら、冒険者用だけでも二十足を越えてしまった。


「うわぁ。怖すぎるよ」

「恐ろしいですわね。ねぇロル。ロルが優先すべきだと考える、装備をそろえる順番、優先順位はありますの?」


 ユリアが質問してくれるけど、これはアルのためだろう。


「最優先はもちろん靴。次に頭、手、下半身、上半身の順だね。全身がある程度整ったら最後に武器」


「武器とか鎧は最後で良いの?」


「ああ。最後で良い。ナイフと厚手の服か普段着の重ね着で十分だ。新人冒険者が受注出来る依頼で、戦闘になることはほとんど無い。戦闘になりそうなら迷うこと無く逃げるんだ。

 それにな。特に武器を持つと、たたかう選択肢が。すぐに逃げることが最優先の状況で、戦うか逃げるか一瞬でも迷いが出る。数秒が生死を分ける状況で、迷ってしまうんだ」


 先輩冒険者に「まだ武器は持つな」って言われたときは見くびられたと思ったけど、なぜかと聞いてみれば納得だった。

 当時はビビってはいたけど、魔物と戦ってやる! 冒険者は魔物と戦うもの! って意識があったからなぁ。

 下手すりゃ死んでいたかもしれん。教えてくれた先輩にマジで感謝。


「それは……とっても怖いね。今日は狩猟もしているけど、装備が無いときに狩猟はどうするの?」


「狩猟に限らず、道具や装備が必要な依頼を受けなければ良いさ。

 町中の安全な依頼や常設依頼で堅実に金を貯めて装備を整えた方が、すぐにある程度の装備で全身を守れるようになるぞ」


「全身を守れるようになったら、武器を買って次の段階にいくんだね? そのときの装備で出来る依頼をやればいいんだ」


「その頃には冒険者として受けられる依頼の幅も広がっていそうですわ。アルさん。まずは頑丈なブーツ購入を目指しましょう」



 そんなこんなを話しながら新人冒険者スタートダッシュ攻略法をその後も伝え、日が暮れる前に冒険者ギルドに帰還。


 単発依頼の特定動物は発見出来なかったけど、魔石、薬草、食肉用の猪、単発依頼の採集物をそれなりの量納品。

 うちにはユリア魔石拾いのプロがいるから、魔石がかなり多かった。


「ロルフ兄ちゃん! すごいよ! 銀貨がこんなに! 初めて見たよ!」


 冒険者ギルド内では驚いて大声を出さないように、両手で口を押さえていたアル。

 ユリアとオレの宿所まで連れてくると、我慢していたこともあってか爆発したみたいだ。


 今回の報酬はしっかり三等分するから、取り分の多さに驚くなよ。


「な? 新人冒険者スタートダッシュ攻略法すごいだろ。

 でも、オレとユリアがいないときは、絶対にアルひとりで町の外に出てはダメだ。町中の依頼でも攻略法は応用できる。わからなかったらいつでも聞いてくれ」


「うん!」


 本当にアルは将来が楽しみな冒険者だ。


「ええ。稼げるだけではなく、今後に生かせることが多くありました。ロル。貴方の努力の結晶を教えていただき、ありがとうございます」


 ユリアはオレの全てだ。

 ユリアより後に死ぬつもりは一切無い。守るためならば、オレの全てを盾にしてみせる。


 攻略法などとは言ったけれど、応用の効く基本的なことを挙げただけだ。

 知っている人が聞けば、「そんな基本的なことを」と鼻で笑われるんだろうな。

 でも、アルは新人冒険者。ユリアは世間にうとい元公爵令嬢。


 オレがいなくなった後、新人冒険者スタートダッシュ攻略法冒険者の基本と基礎が、少しでもユリアとアルの未来の助けになることを願わずにはいられない。


「ロルフ兄ちゃん。ありがとう。兄ちゃんみたいな冒険者になれるように頑張るよ!」


 ユリア。アル。二人は必ずオレよりもいい冒険者になれる。

 多くの冒険者を見てきた、冒険者歴八年の中堅が保証するぞ。

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