第36話 冒険者の才能の塊

「ユリア様。ロルフ様。アル。この町から徒歩半日ほど北へ進んだ先に、一般解放されたダンジョンがあるのはご存じですか?」


 衛兵所で所在を明らかにするための申請が終わり、帰路を歩いているとマリオンさんが近隣にダンジョンがあると言ってきた。


 今日でこの町に来て四日目。

 町中の大まかな情報収集しか出来ていないから、近隣にダンジョンがあるとは知らなかった。


「知ってるよ。墓穴はかあなダンジョンでしょ?」


 墓穴? なにそれ。くっそ不気味なダンジョンじゃん。ゾンビ出る? あいつら臭くて嫌なんだよなぁ。


「アル。違いますよ。石碑せきひダンジョンです。遠い昔に建てられた英霊達をまつる大きな石碑が、今からおよそ百年前にダンジョン化しました」


 あ、墓穴じゃないのね。石碑か。出現する魔物の想像が出来ないな。

 今後ダンジョンに潜ることになるなら、事前に情報収集は必須だな。


 でも、なぜ今ダンジョンの話しを? あのスケルトン関連か?


「マリー。その話題を今わたくし達に話すということは、今回の魔物騒ぎに関係が?」


 ユリアもそう思った?

 マリオンさんが提供する話題にしては、いきなりダンジョンなんて唐突過ぎる。


「あの家に関係するかはわかりません。私が近辺でスケルトンを関連付けられるものは、石碑ダンジョン浅層に出現するスケルトンしかありませんでした。全く確証がない推測ですので、衛兵には伝えられませんでしたが……」



 マリオンさんの推測を聞き終えると、日も傾き始めてきたので彼女は後ろ髪を引かれながら宝石店に戻っていった。

 アルとは共に冒険者ギルドに向かい、掃除依頼の完了報告や報酬の受け渡しをして別れる。


 今回アルに頼んだ掃除依頼は、思わぬ事態で危険な目に合わせてしまった。

 さらに午前終了予定が日暮れまで拘束してしまったので、賠償とオレの感謝を込めて倍額の報酬を支払っ……遠慮するな。おとなしく受け取りなさい。


 宿所でユリアと共に「ルーム」に入り、風呂で身を清め夕食を済ませてから、二人で今日の出来事をまとめたりと小会議をしている……のだけど、問題ありまくりだなぁ。


「スケルトンと石碑ダンジョン……かぁ」


 あのスケルトンが今後の計画をぶち壊してくれたよ。


「ロル。気になることでも?」


「ダンジョンも気になるけど、これからどうしようかなって。ユリアとオレの中期的な目標は、この町で生活基盤を整えることだったよね。でも、スケルトン騒動で表向きの拠点がいきなり使用出来なくなった」


「ええ。あの家を起点に町に溶け込もうと考えておりましたが……それなりの期間は衛兵に関わらなければいけなくなりました。完全に出鼻をくじかれましたわね」


 そう。多少羽目はめを外したとしても、大きな波風立てずに町に溶け込もうとした結果が魔物騒動。


 祖国を離れ他国へ来たけれど、ユリアの追放刑が撤回されたわけでもないし、オレは共犯者。

 流石にこの国まで追っ手の手は伸びないとは思っているが、完全に警戒を解いてはいけない逃亡中の身だ。


「ダンジョンに潜る選択肢は増えたけど……」


「衛兵隊からの呼び出しがあるから何日も留守に出来ない。ですわね?

 魔物が民家から出現したのです。数日で調査が終わるはずがありませんわ。結果次第では公的機関により土地ごと封鎖、法に基づき買い上げや接収すらも十分にあり得るでしょう」


 ユリアもオレと同じ想定をしていたみたいだ。


「ダンジョンを独自調査や冒険者活動で潜るにしても、片道で徒歩半日。馬車を使ったところで日帰り往復するのは現実的じゃない。最低一泊、出来れば二泊以上したい。

 でも、ユリアが言ったように衛兵からの呼び出しがね。申し出れば行けるだろうけど、逃げるつもりかと思われてしまう可能性が大きすぎる」


 あのスケルトンはやってくれたよ……


「では、どうなさるおつもり?」


 うん。こういうときは。


「ユリア。初心に帰ろう」


「初心?」


 そう。初心。行き詰まったり悩んだりしたときは、初心に帰る。


 ようやくユリアが「ルーム」に閉じ込められっぱなしの生活から脱して、ある程度自由に動けるようになったんだ。

 ユリアが以前から楽しみにしていたことをやろう。


「ユリアがずっと楽しみにしていた、地道な冒険者活動。どうかな? 新人冒険者ユリア」


「まぁ! ロル! とても素敵な提案ですわ! 大好き!」


 だ! い! す! き!


 ユリア。満面の笑顔でそれは危険だ。心臓が爆発するところだった。

 こらえろ。堪えるんだオレの心臓。

 まだ話さなきゃいけないことがあるんだ。


「それで相談があるんだけど……」



 翌日早朝。

 ユリアとオレは冒険者ギルドである人物を待ち構えている。っと、来たな。


「おはよう。アル。早速だけど、オレ達と一党パーティ組まないか?」

「おはようございます。アルさん。わたくし達と一緒に活動しませんか?」


「おはよう……え?」


 ユリアに相談したのは、小柄こがらな赤髪の新人冒険者アルを一党パーティに加えたいこと。


 ロッセの町で育ち、才能にあふれ、素直で性格も良く、将来が非常に楽しみな少年。


 秘密の多いオレ達だけど、誰とも関わらずに町に溶け込むのは不可能だ。


 二人だけの冒険者一党パーティは無いわけではないが、一般的に一党は三人以上。

 ソロよりも二人組ってのは意外と目立ってしまうから、といった打算も当然ある。


 付き合いは二日程度だが、ある程度気心の知れたアルを一党に誘いたい。というオレの意見を、ユリアは微笑みながら賛成してくれた。


「もうどこかの一党に誘われてるか? 臨時加入でも良いからアルと一緒に活動したかったんだけど」


 ただなぁ。アルは優秀で人当たりもいいから、すでに他から誘われている可能性が非常に高いのだ。


「アルさんのように若く優秀な方でしたら、すでに他から声がかかっていてもおかしくはありませんわね」


 その場合、頼んでいるのはオレ達だから、選ぶ権利を持つのは当然アルだ。

 断られたら素直に引き下がるしかないかなぁ。

 たった二日の付き合いじゃ、地元の付き合いには勝てねぇよなぁ。


「待って待って! どこの一党にも所属してないよ! 二人とも急にどうしたのさ」


 事前にアルに相談もしていないし、朝一で突然勧誘したから混乱させちゃったな。すまん。


「どうしたもこうしたも、アルをオレとユリアで組む一党パーティに誘いに来たんだけど」


 アルを誘うことが、今日冒険者ギルドに来た最大の目的だからな。


「本当に良いの? ぼく何にも出来ないよ?」


 なにも出来ない? なに言ってんだ。


「は? いやいや。なに言ってんだアル。お前才能のかたまりじゃないか。まずなんと言ってもとんでもなく目が良い。もうそれだけですごい長所だ」


「今のアルさんは新人ですのよ? 出来ないことがたくさんあって当然です。これから少しずつ出来るようになれば良いではないですか」


 ユリアの言う通りだ。

 新人にいきなり大活躍なんてされたら、オレらみたいな中堅は立つ瀬がないっての。


「っ。ぅぅぅ」


「おい。アル。どうした? 大丈夫か? 体調悪かったのか?」


「アルさん!? ロル。回復用のポーションを」


「……ちがっ、違うよ。うれっ、嬉し、っくて」


 あせった。嬉し泣きか。体調不良じゃなくて良かった。

 しかしなぜ泣いた?


 アルが落ち着くのを待とうと思ったけど、冒険者ギルドの真ん前で泣いている子供と、慌てながらあやす大人二人は目立ちすぎる。

 とりあえずアルを抱き上げて宿所に戻ろう。というか、落ち着けるところを宿所しか知らん。


 ねぇ。ユリア。これってさ。……誘拐に間違われないかな?


 誘拐犯に間違われることもなく宿所にたどり着くと、少し落ち着いたアルがぽつりぽつりと泣いてしまった理由を話してくれた。


 同年代と比べるとかなり小柄な体格で体重も軽く、腕力も体力もない。

 孤児院出身で小柄な体格も相まり、働き口がなかった。

 満足な勉強が出来る環境ではなかったから、ギリギリ読み書きが出来る程度。

 周囲の人達の言葉は優しかったが、アルに冒険者は無理だと言っていた。

 それなのにオレとユリアが一党に誘ってくれて、夢じゃないかと思うくらい嬉しかった。


 周りの人間はアルのなにを見てきたんだ?

 体格だ? 冒険者は無理だ?

 才能あふれる子供に、素人しろうとがなんてこと言いやがる!

 

「……なるほどな。なぁアル。冒険者アルを否定した人達は冒険者じゃない人か、冒険者でも経験が浅いヤツじゃなかったか?」


「ぐすっ。ロルフ兄ちゃん。何でわかるの?」


 やっぱりか。素人が知ったかぶりやがって。


「そりゃお前。ある程度……そうだなぁ一年以上しっかり経験を積んだ冒険者がアルのことを知ったら、『ぜひうちの一党パーティに加入してくれ! 臨時でもいいから!』って向こうから頼みに来るな。オレみたいに」


 体格の大小でしか人の能力や才能を判断出来ないなんて、もったいなさすぎるだろうに。


「冒険者だけではありませんわよ? 人を見る目があれば、アルさんが将来色々な場所で活躍できると期待を寄せると思いますわね」


 だよね? やっぱりそうだよね!

 アルの周囲にいる人々は悪い人ではないのだろうけど、人を見る目が無かったのがアルの不幸だ。


「え? え? 二人が何を言ってるかわかんないよ」


 アル。覚悟しろよ?


「これからオレは、お前をめる」


「え?」


「さっきも言ったけど、目がとんでもなく良いよな。冒険者歴八年のオレが発見できない、わずかな石材の質感の違いを薄暗い中で見抜いた。偶然で出来ることじゃない。たとえ偶然だったとしても、一瞬の違和感を拾える観察力や洞察力があるってことだ。

 勘が働くな。冒険者ギルド内でオレが放った殺気に気が付いたのは、殺気を向けられたナンパ男二人組とアルだけだった。他者に向けた殺気を感じ取ることは非常に難しい。訓練しても一生出来ない人はとても多いんだぞ?

 危険をさっしていたな。ユリアが発動させた初見の魔法の危険性を、放心しながらもすぐに感じ取った。危険を察することは野外で活動する冒険者に必須でな。本来は訓練して身に付けるものだ。

 疑問に思ったことを聞けるな。当たり前だと思うだろ? でも、意外とこれが出来ない人ってのは多いんだ。これからもわからないことはオレでもユリアでも、遠慮せず聞いてくれ。

 小柄な体格は長所でもあるな。腕力も体力も劣るかもしれないが身軽だ。身軽でやれることはめっちゃ多いぞ。今度教えるよ。戦闘でも下から突き上げてくる攻撃ってのは対処が難しいんだよなぁ。

 ギリギリだろうと読み書きが出来るな。勉強出来る環境じゃなかったのに、読み書き出来るようになれたってのは、アルが思っているよりもすごいんだぞ。大人でも読み書き出来ない人はとても多いんだ。

 勇気と根性がある。スケルトンに怖がっていたのに、オレに声援を送ってくれたよな。一度恐怖に足がすくむとなかなか立ち直れないのに、アルはすぐに立ち直った。これは経験豊富な冒険者でもとても難しいことなんだ」


 一気にしゃべったから喉が渇いた。

 あ、ユリア紅茶ありがとう。


「二日だ。たった二日で、アルはこれだけの才能をオレに見せつけたんだ。正直に言おう。オレはアルのその才能をうらやましく思っている。

 アルは冒険者に向いてないだって? 素人が知ったかぶるんじゃないっつうの! アルは冒険者の才能の塊だぞ!」


 あぁ腹立つ!


「ロル。落ち着いて。でも、わたくしもロルと同じ意見ですわね。見当外れな評価をアルさんに下した方に、いささか怒りを覚えます。

 ああ。あと付け加えると、アルさんの素直な性格はとても素敵ですわね。お話していて楽しいですよ。マリーも昨日一日一緒にいただけで、アルさんを気に入っておりましたのよ?」


「ふぅぅぅ。ユリア。アル。ごめん。少し熱くなりすぎた。アル。改めて言うけど、オレ達と一党パーティ組んでくれないか?」


「アルさん。ご都合が悪ければ、わたくしもロルも無理強いはいたしませんわ。たまに一緒に活動する臨時加入でも良いのですよ」


「……ぐすっ。……たい。ロルフ兄ちゃんとユリアさんと一緒に一党パーティ組みたいよぉ!」

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