第51話 五十年前のロッセ
ダンジョン村の宿で朝を迎え、ぐっすり眠ったからか昨日よりもさらに体調が良くなったと見受けられるバルバラさん。
「おはよう……んん? 何かあったのかい? ロルフさんもユリアさんも雰囲気が変わったような?」
ユリアもオレも思い当たることが有りまくりだったけど、ダンジョンを出たからとか普段はこんなもんだとか、しらを切った。
別段ユリアとの関係性が変わったわけではないけれど、距離感というか親近感というか、心持ちは確かに変わったかもしれない。
ただ、それを誰かに指摘されるというのは、なかなかに羞恥を覚えるもんなんだなぁ。
バルバラさんは深く突っ込んでくるようなことはせず、なにやら訳知り顔でにやりと笑みをこぼすだけ。
昨日今日会ったばかりの相手のわずかな変化に気が付くなんて、察しがいいと言うか観察力に優れていると言うか。
「昨日よりも体調はマシになってるから、武装はできないがロッセまで歩くのは問題ないよ。昨日に引き続き荷物まで持っていただいて、申し訳ない。また頼りきりになってしまうが……ありがとう」
昨日よりも血色の良い顔色のバルバラさんは改めて深く頭を下げ、ユリアとオレに謝罪と感謝をしてくれるけど、ユリアと二人でロッセに行く道連れだから気にするなとなだめる。
放っておけないってのもあるけれど、五十年も昔の人に話を聞きたいって打算がユリアとオレにはあった。
ロッセまで歩いて半日。半日も存在事態が希少な人物から話を聞けるなんて経験は、大金払ったって出来るもんじゃないよ。
っていうかですね? 昨日死ぬ一歩手前まで衰弱していたと自他共に認めてんのに、昨日は半日弱歩いて、また今日もオレ達と一緒にロッセまで半日歩く。って言い張るんだよ。この人。
バルバラさんの体力を心配して馬車の予定だったんだけど、「少しでも身体動かした方が治りがいいんだ」とか言って、徒歩を希望する始末。
やっぱり筋肉か? もう筋肉の恩恵だ! って言われても信じるぞ。
ロッセへ向かう道中にバルバラさんの知る当時の話を聞いたり、ユリアとオレが彼女に話したりしていた。
現在とは大きく異なる彼女の話しはとても興味深く、半日は瞬く間に過ぎ去った感覚だ。
やはりというか、当然のことなんだけどバルバラさんは、まだまだ半信半疑だ。いや、ダンジョン村の変化に気が付いていたから、もしかしたら信じたくないと思っていたのかもしれない。
「あたいは未来に来たんだねぇ」
そんなバルバラさんはロッセが見えてくると、なにかを確信したような声で、寂しそうにも見える表情で、オレ達に語りかける訳でもなく呟いた。
「ロッセが見えてきただけなのにわかるんだ」
「バルバラさん。ロッセはそんなに変わったのですか?」
「ああ。お二人は越してきて間もないから知らなくて当然さ。あれは間違いなくロッセだが、あたいが知るロッセじゃない。……五十年か。こんなに変わるもんなんだねぇ。あたいの知るロッセは、ここからでも感じ取れるような明るい活気なんか全然無い、粗暴で粗雑でどうしようもない町だったよ。ここからでも見える立派な建物なんか、ひとっつもなかったねぇ」
道中でも聞いた当時のロッセ。
バルバラさんの知る五十年前のロッセの町は、石碑ダンジョンの影響で一般の人の多くがダンジョンの氾濫を恐れて逃げたらしい。
一般の人の代わりに町へと入ってくるのは、石碑ダンジョン攻略のために武装した集団と、それ目当ての商人だから生産性はほとんど無い。
衛兵隊も健全に機能しておらず、殴り合いの喧嘩はいつものこと。日常的に町中で刃傷沙汰が発生するような危険地帯。
今の穏やかで健全な活気に満ちたロッセからは、想像も出来なかったよ。
どおりで石碑ダンジョン攻略以前の情報が極端に少ないはずだ。とユリアと一緒に変な納得もしたわ。
「バルバラさんは、これからどうすんの?」
ロッセへ到着した以上、バルバラさんのここから先の面倒を見ることは出来ない。とても心配ではあるけど、それは戦士であるバルバラさんを侮辱することと同義だ。
「どうしようかね。無いんだろうが一度あたいが住んでいた家に行ってみるよ。そのあとは……また傭兵をやるか冒険者になるか。どこぞに押し掛けて働かせてくれ、ってのは今でも通用しないだろ?」
そりゃ今も昔も変わらんだろうね。
「ええ。手当たり次第探しても正規の職に就くのは困難ですわ。冒険者ならば日雇い仕事に困りませんが……世知辛いことです」
ユリアの言うとおりだわ。生きていくのは楽しいことばかりじゃなく、辛いことの方が多いよなぁ。
「あっはは。ユリアさん。それくらいならあたいの知ってるロッセとは比べるのも失礼なくらいマシだよ。日雇い仕事すらなくてね。しけた顔で抜き身の刃物持った盗賊まがいが、昼間っから大通りをうろついてたもんさ」
うへぇ。そんな危険地帯からよくもまぁ五十年で、ここまで健全な町になったもんだよ。領主様や歴代町長が優秀だったのかね。
「本当に武装を預かっていてもいいんだね?」
念を押してバルバラさんに確認するけど、彼女の顔は本気だ。
「厚かましいとわかっちゃいるんだが、どうかあなた方に預かってもらいたい。今のあたいに武装は重荷にしかならないんだ」
「売っちゃうかもよ?」
売る気は全くないけど、戦士の命とも言える武装を預かるなんて些か以上に緊張する。
「そんな気もないのによく言うよ。……あたいが命の対価として、あなた方に差し出せるものが今は武装しかないんだ。これから可能な限り、あたいが納得するまで、恩を返し続ける。必ずだ。それでも足りないと思ったら売ってくれて構わないよ」
すっげぇ覚悟と気迫だな。
バルバラさんが信用に足るか試した罪悪感を少し感じたまま、ユリアと視線を合わせて頷きを交わし合う。
「バルバラさん。そこまでの覚悟をお持ちであるのなら、二つお願いを聞いていただけますか?」
「あたいに出来ることなら何でもやろう」
「ひとつ目は、ある人物と会っていただきたいこと。二つ目は、その人物の了解を得ることが出来たら、わたくし達と冒険者として
出奔貴族と追放令嬢 本大 @hondai
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