第50話 わたくしと私はユリアーネ

「バルバラさんとお話ししているときも、しきりにわたくしの中のが、彼女は過去から来ている! と騒ぐものですから、過去から来ていることを前提に話してみれば、整合性が取れてしまい驚きました。わたくしがバルバラさんを過去から来たと確信できた理由と、わたくしの秘密の。ロル。これが全てですわ」


 ユリアが全てを話し終わり、微笑みを浮かべオレを信頼しきったかのような瞳で見つめてくれる。


 誰にも明かしていない秘密を、オレにだけ明かしてくれた信頼が誇らしく思うと共に、もう上は無いと思っていたユリアへの愛がさらに大きくなったのを自覚出来る。

 同時に、彼女の信頼に全霊で答えたい。という願いが強く強く心の奥底から溢れ出してくる。言葉で上手く伝えられる自信がないことが歯がゆいなぁ。

 麗句が紡げなくとも、せめて言動は真摯にユリアと向き合わなければ。


「ありがとう。秘密を明かしてくれて本当にありがとう。他言しないとロルフの名と貴女への愛に誓う」


「ロル。……最初からうたがうそぶりが一切ありませんでしたけれど、本当にの存在を信じなさるの?」


 信じるよ。ユリアが話す他者のことでは疑いはするかもしれないけど、ユリアが話すユリア自身のことであれば全てを信じる。


「信じるのは当然だよ。オレはユリアを信じているから。まぁ、その、バルバラさんが過去から来たってことに半信半疑だったのは、ユリアを信じなかったっていうか、バルバラさんをまだ信じきれていなくて……言い訳だね。ごめん」


「ふふふ。なぜロルが謝るのですか。貴方の信頼がとても嬉しい。ロルはなにも悪くないわ。わたくしだってのことがなければ、過去から来ただなんて突飛なこと信じられませんもの」


 それはそう。ユリアの中のさんは突拍子もないというか、ユリアの話しぶりからもなかなか破天荒な人っぽいんだよね。


「ユリア。ひとつだけ聞かせてほしい」


「わたくしに答えられることなら」


 とても、とても重要なことだ。めっちゃ緊張するけど、絶対にこれだけは確認しないわけにはいかない。


「ユリアの中のもう一人のユリア、さんって、ユリアとオレの今をこころよく思っていなかったりはしない?」


 ユリアが生を授かったときから一緒だった、ユリアの中のユリア。

 話を聞く限りでは、他の誰よりもユリアのことを案じ、ずっと守ってきた精霊のような存在。

 もしも、もう一人のユリアにオレが認められていない。なんてことになれば、公爵閣下義父に認められていないなんてもんじゃない。数年は落ち込む自信があるよ。


「何を仰るかと思えば、心配なさらずとも大丈夫ですわ。わたくしも私も同じユリアーネですから、同じようにロルを愛しておりますわ」


 良かった。そうか、別人でも精霊でも他の何かでもなく、私さんもユリアであることに変わりはないのか。良かった。本っ当に良かったぁ。


「良かったぁ。うん。それが聞ければオレからはもうなにもないよ」


 新たなユリアの魅力が増えただけじゃないか。それどころか、オレはユリアから二倍の愛を与えられていたことになる。こんなに幸せでいいのだろうか。


「ふふふ。そんな心配なさらなくても……そうですわ。ロル。と話してみませんか? 少々珍妙な話し方ですけれど」


「珍妙? 話せるの?」


「やったことはありませんが……『え? ちょっ!? 急だな!? オッス! ロル! 私だよ』」


 ユリアの雰囲気と口調が変わったかと思ったら、もう一人のユリアが出てきたっぽい。


「お、おお? オ、オッス。えっと、ユリアの中の私、さん?」


「『緊張してて草。初々しいロルもそそられますな。私もユリアでいいよ。あ、混乱しちゃうかな? じゃあユリちゃんって呼んでね』」


 うん。ユリアが自分のことなのに珍妙って言うわけだ。

 なんというかユリアの美しい声や美しい所作のまま、元気な町娘が現れたって感じだ。


「『ねぇロル。私もロルを愛しているから心配しないで。私はわたくし。わたくしは私。感覚も記憶も考えも経験も、全て同じユリアーネ。今までのユリアーネの言動の全ては、私とわたくしが共通の意志で決めたこと。だから、ロルがわたくしに向ける愛は私もちゃんと受け取っているよ! 私も愛してる。愛しいロル』」


 ああ。口調は全然違うけど、やっぱりユリアなんだ。オレを真っ直ぐに見つめる美しい黒い瞳から伝わる愛情は、いつものユリアと同じだ。


「びっくりしたけど、ありがとうユリちゃん。オレも愛しているよ。もう一人のユリアを幼い頃からずっと守っていたんだよね? ユリちゃん。ありがとう」


 ユリアであるのなら、オレの愛を捧げることに、感謝を伝えることになんの躊躇ためらいがある。


「『おっふ。今日も推しが尊い。……ねぇロル。ちゅーしよ。ちゅー。流石に奥手すぎるよー。ずっと待ってんだよ? ちゅー』」


「ちゅ、ちゅー? ユリちゃん? くっ。なんでにじり寄って来るの?」


 ユリアの美しい声と美しい所作で、手をわきわきとさせながらにじり寄って来るのは、吹き出しそうになるほど面白いよユリちゃん。


 ただ……ユリアに言わせてしまったなぁ……不甲斐ない。


「『はぁはぁ。もうたまらん。はぁはぁ。ちょっとだけ、先っちょだけ。はぁはぁ。ちょっと口と口をくっ付けるだけ。はぁはぁ。良いではないか良いで』……なにやってますの!?」


 なんかもう美しい声と美しい所作で鼻息の荒いおっさんみたいになったユリちゃんは、ユリアが入れ替わったことで阻止されたっぽい。


「ユ、ユリア?」


「あ、えっと、そのですね?」


「ご、ごめん。オレが奥手で不甲斐ないから、その、ユリちゃんに言わせてしまいました」


 自分のことながら不甲斐ないにも程があるよ。

 ひとつ言い訳をさせてくれるなら、オレは一度も口付けを交わしたことがないから、男女の機敏というのがわからんかった。

 何度もユリアといい雰囲気にはなったけれど、勢いでしていいのかと、踏みとどまってしまったんだ。


「はぁ。もう。……ふふ。ロル? 前にも言いましたけれど、貴方はもう少し空気を読むべきよ?」


 本当に申し訳ない。ユリちゃんに言われなければ、いまだに口付けを交わす決心をオレは出来ていなかったと思う。

 もしかしたら、ユリちゃんのおじさんのような面白行動は、オレに対する言葉に出さない叱責だったのかもしれない。


「はい。申し訳ない限りでございます」


 オレは本当に空気が読めないのだろう。

 ユリアとお互いに苦笑したまま、ロマンチックな雰囲気など投げ棄てたようなダンジョン村の宿の一室で、初めての口付けを交わした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る