第49話 ◆わたくしの秘密◆

 わたくしは目の前のいとしい人に、誰にも話したことのない秘密を打ち明けます。


 祖国での全てを捨ててわたくしを護り、わたくしは勇敢だったとなぐさめ、わたくしは間違っていないと勇気付け、疑う余地など微塵みじんもない全身全霊の愛を与えてくれる人。わたくしの愛しい人。


 精悍せいかんな顔に真剣な表情を浮かべ、一言一句聞き逃してたまるか! 絶対にオレの愛は変わらない! という言葉が具現化しそうな気迫と、鮮烈せんれつな愛がロルから伝わってきます。

 わたくしの顔は赤くなっていないかしら。


 ねぇ、ロル。直視が恥ずかしくなるほど凛々りりしく素敵な貴方を目の前にしていると、わたくしの中の騒ぎ出すの。


(はわわわ! 紳士で優しい少し影のある年上ワイルド系イケメンの超マジ顔いただきました! その顔面でどんぶり三杯イケる! 私も愛してるよっ! 今日も推しが尊い! ひゃっほー!)


 わたくしの中の私は、ロルと出会うまではこんなに激しく出てこなかったのに、本当になんなのよ……


 たしかにロルはとても素敵よ? 父と共に覗き見ていたベルンハルト侯爵家執務室、宰相閣下とロルのやり取り。

 ベルンハルト宰相閣下への、ご家族への恩に報いるためと、それまでの動揺も喜怒哀楽も全て呑み込んだ勇ましい宣言を見たときの胸の高鳴りは、今でも鮮明に思い出せますわ。


 普段はとても優しくて、じれったくなるほど紳士的で、わたくしのことを全てにおいて一番に考えてくれて、わたくしの素人料理に少年のような満面の笑みを浮かべてくれて、あのときの愛の告白は心臓が止まるかと思うくらい嬉しくて、いつもわたくしを綺麗だ、かわいいと射ぬかれそうなほど真っ直ぐな目で褒めてくれて、毎日わたくしに愛していると言ってくれる、とても素敵な人。

 それでいてロルは自分のこととなると無頓着むとんちゃくなのに、わたくしのために多くのことで悩み葛藤したり、わたくしを護り逃がすための逃亡中では何度も何度も傷付いているのに、その傷はわたくしを護った証だオレの誇りなんだと、凛々りりしい笑顔で誇ったりします。

 ロルは謙遜するでしょうが、とても優秀な人です。恩恵に頼らず、ロルの年齢であれほどの技術を身に付けるには並大抵の努力ではなかったことでしょう。しかし、性格なのか過去の経験からなのか、自分に自信が持てずにいるようなのです。

 普段の精悍な姿からは想像できないほど、道に迷った幼子おさなごのように、なにかに怯えるような弱々しく不安そうな暗い顔を見せることがあります。

 ですが、その恐怖や不安や自分の弱ささえも呑み込み、涙を我慢するように歯を食い縛って、前を向いて胸を張り一歩一歩確実に踏み締めるように前進する姿など……もう、わたくしは苦しいほどに胸が締め付けられて、抱き締めて押し倒したくなります。


 でも、わたくしは私のように、はしたなく騒ぐようなことはいたしませんわ。


(相変わらずの激重感情で草。私もわたくしも重いよ)


 なにが激重ですか、重くなんかありませんわよ私。わたくしは羽根のように軽い。とロルが仰ってましたもの。



「わたくしが物心ついたとき、おそらくこの世に生を受けたときから、わたくしとは一緒でした。

 祖国アイヒュン王国とは思い出せるもの全てが違う国の、見たことも聞いたこともない世界の、名前も知らない誰かの記憶をわたくしと共有する。ずっと一緒でしたから、わたくしが成長するまで、皆も同じだと思っておりました」


 こんな荒唐無稽なことを、ロルは信じてくれるかしら。


「誰かの記憶とは、わたくしの中の私の存在を家族であろうと明らかにしてはいけない。と常に訴えておりました。訴えに従い誰にも打ち明けませんでしたが、もしも打ち明けていたなら、今この場にわたくしはいなかったでしょう」


 愛しいロル。なんて真剣な顔を、なんて真剣な目をしているの。わたくしをなにも疑っていないのね。

 愛しい貴方から寄せられる全幅の信頼が、いつもわたくしに勇気を与えてくれる。


「わたくしの中の私の協力、断片的に記憶していた違う国の高度な教育の知識のおかげもあり、わたくしは幼少の頃から神童などと持てはやされました。

 公爵家の産まれで高い能力もあったことですから、年齢が二桁に届く前には王太子殿下の婚約者候補の打診があり、気が付けば筆頭候補。将来の国母の期待が寄せられるほどでした」


(わたくしの基本スペックが高いから、勉強したことはほとんど身に付くんだよね)


 ふふふ。私の協力があったからですわよ。


 当時は公爵である父、家族、派閥の貴族、我が家に関わる多くの人々がとても喜んでおりましたわね。

 周囲の喜びに水を差すような真似はいたしませんでしたが、わたくしもも舞い上がるようなことはありませんでした。


(ぶっちゃけ面倒だって思ったよね。そもそもさぁ。幼児に恋愛感情向けらんないっての。ロルみたいに若くしていっぱい苦楽を経験したからこそかもし出される、年齢よりも年上に見えるような厚い雰囲気が無いと。にじみ出るようなわずかな影が良いアクセントだよね? 影を隠すような笑顔もたまらん! 全力で本気の愛を私に向けてくれる、年上の野性味溢れる紳士的ワイルド系イケメンが大好物です! なに? へきに直撃なのはなんなの? 運命感じちゃう!)


 ええ。ええ。一言一句、私の仰るとおりですわ。やはり私はわかっておりますわね。


「その後はロルも知っているように学園で聖女ヘレーネ様を御守りもするようにはなりましたが……ロルも知っていることです。割愛いたしましょう」


「バルバラさんとお話ししているときも、しきりにわたくしの中の私が、彼女は過去から来ている! と騒ぐものですから、過去から来ていることを前提に話してみれば、整合性が取れてしまい驚きました。わたくしがバルバラさんを過去から来たと確信できた理由と、わたくしの秘密の。ロル。これが全てですわ」


(どう見ても過去から来てるってバルちゃん。ロルもわたくしもなんで気が付かないの? 言動の端々から、あたい過去から来たよ! って言ってるようなもんじゃん。私は三人のすれ違いコント観てる感じだったよ! わたくしー。ロルー。過去。過去から来てるよー。わかってないのは草。ってさぁ)


 わたくしもロルも常識がありますのよ? 皆が皆、私のように突飛なことを思い付けると思ってはいけません。

 あと、笑う。を、草。と表現するのをやめてくださいません? わたくしロルの前で使ってしまいましたわよ……なんですか大草原不可避って……


(あははは! ドンマイ! ロルは良い意味でとらえたっぽいから大丈夫だって)


 もう。私はロルに出会ってから本当に生き生きしていますわね。


(だって学園ってヘレーネちゃんとカインきゅん以外はあんまり楽しくなかったしさぁ。それに目の前に好みド真ん中の人がいるんだよ? 黙ってらんねぇよなぁ!? 見てよ。ロルの真剣な目を。私を微塵みじんも疑っていない目だよ? あんな目を見せられたら元気になるってもんよ!)


 完全に同意ですわ。でも、わたくしはまた私と昔のように話せることも嬉しいわ。


(わたくしが私にデレた!? ロルとわたくし。両手に花! 私って最強では? 私なにかやっちゃいました?)


 ふふふ。ええ。わたくしにはロルがいる。中には私がいる。全てそろったわたくしは、最強でしてよ。

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