第48話 過去から現代に来た人

 近寄ってくるスケルトンやゴブリンをしばきつつ、話し込んでいるユリアとバルバラさんを確認するが険悪な様子は無い。


 雲ひとつない青空の下でお茶会をしている二人は、午後の穏やかな行楽のようにも見えるけど……ここは石碑ダンジョンの中だ。

 しかも、オレ達は真っ直ぐ石碑ダンジョンの出入口に向かっていたため、一階層から二階層へと進む最短経路ド真ん中でのお茶会。


 そろそろ日も傾く頃だから新たに入場してくる人はいないけど、ダンジョン探索から帰還する人は当然いる。

 すでに小一時間ほどお茶会が開かれているから、彼ら彼女らはお茶会を当然目撃するし、当然困惑するし、当然警戒するわけだ。

 わかる。わかるよ。同じ状況ならオレでも困惑と警戒するよ。だから、武器に手をかけるのはちょっと待ってくれ。


 困惑し警戒する彼ら彼女らと変に揉めないよう、手を振ったり頭を下げたり、大声で問題ないことを伝えたりしているんだけど、全員「こいつらなにやってんだ?」って顔をするわけよ。

 わかる。わかるよ。オレも同じ顔すると思うよ。だから、かわいそうなヤツを見る目で見ないでくれ。


 ロッセの冒険者ギルドで数回話したことのある顔見知りの冒険者一党パーティに、「ダンジョンでお茶会? 頭大丈夫か?」って言われもしたな。

 わかる。わかるよ。オレも同じことを言うと思うよ。だから、あわれみのこもった目で見ないでくれ。


 ダンジョンの出入口も衛兵の陣も近いから、怪しまれて戦闘にまではならなかったのが救いかなぁ。

 ねぇユリア。オレは魔物をしばいている方が楽だ。なんて思うことになるダンジョン探索は、初めての経験だよ……



「ロル。お待たせしました。怪我はありませんか?」

「ロルフさん。警戒と他への対応ありがとう」


 どうやら話し合いは終わったようだ。オレを労ってくれるユリアとバルバラさんは互いの警戒が解けたようにも見える。でもね。


「ユリア。バルバラさん。おかえり。話し合いの結果は気になるけど、そろそろ衛兵が来るかもしれない。一度出よう」


 衛兵が来たら面倒だから、二人の話を聞く前にダンジョンから出ようね。


 特に衛兵に設問されることもなくダンジョンを出て、日が沈み始めていたこともあったのでダンジョン村で宿を取ることとなった。


 バルバラさんはダンジョンを出ると、周囲を珍しいものでも観察するかのように見回していた。

 やはり衰弱の影響が大きいのかふらつきながら歩いていたので、宿代を貸して……遠慮するなって、ここまで来たらロッセまで面倒見るから、飯食ってさっさと寝ろ。


 三人で夕食を済ませ、何度も礼を言うバルバラさんを、一人部屋のベッドにユリアと二人がかりで押し込んだら秒で寝た。やっぱり、歩くのだって辛かったのだろう。


 そして今、ユリアからダンジョンお茶会で話し合った内容を聞いている。


 聞いているんだけど、ユリアの言葉ではなかったら笑い飛ばしてしまいそうになる、おとぎ話のような内容だ。

 ダンジョンお茶会の結果わかったことは……


「バルバラさんがロッセの町を確認するまで断言は出来ませんが、彼女はおそらく五十年前の人。でしょう」


 バルバラさんが話すロッセの町のこと、彼女の知る範囲での最近の出来事のほぼ全てが、この国や町について情報を集めていたユリアが全く知らないことや、古過ぎる内容であったらしい。

 また、ユリアがバルバラさんへ話す、ロッセの町へ越してきてから二月ほどでの有名な出来事や事件、有名な店や人など全てバルバラさんは知らなかったという。


 最上級の社交の場でみがかれたユリアの対人技能なら、バルバラさんの話し方や仕草から虚言や妄言、誇張があれば気が付くはずだ。

 しかし、これはあまりにも……


「ユリアの言うことに嘘偽うそいつわりはないと信じたいけど、おとぎ話かなにかを聞いているみたいだ。気を悪くさせたらすまない」


「謝らないで、ロル。ふふふ。まるでおとぎ話のようですものね。荒唐無稽こうとうむけいな内容なのに真剣に聞いてくれて、わたくしを信じようとしてくれて、ありがとう。貴方の信頼がとても嬉しいわ」


 信じきれないオレを責めることもせず、穏やかに微笑むユリア。そんな彼女に対してさらに問い詰めるなど気が咎めるけど、オレにはまだ気になっていたことがある。


「……ユリア。オレはユリアがバルバラさんと話し合う前から、ユリアは何かを確信していたようにも感じたんだ。上手く言葉にできないけど、そう感じたんだ」


 オレがバルバラさんに突っかかり、ユリアが止めに入った時点でユリアは、バルバラさんには話が必要だと確信した。と言っていた。

 すでにそのときにはバルバラさんの事情を、ある程度予想していたようにも思えたんだ。


「ええ。ロル。確かにわたくしは彼女とお話をする前、歩きながら探っておりましたときから、もしや現代の人では無いのでは? と思っておりました」


「そう思うに至った理由を聞いてもいい? オレは過去から来たなんて、まだ半信半疑で……」


 歩きながら話していたことは、オレにも聞こえていたから当然知っているし、噛み合わない不自然な会話だとも思っていた。

 でも、それで過去から現代に来た、なんて想像すら出来ず、思い付きもしない。確信に至るがあったはずだ。


「このような話を半分も信じていただいただけでも十分ですが、そうですわね。良い機会です。わたくしの秘密。と言うほどのことではありませんが、家族にも、聖女ヘレーネ様にも、誰にも打ち明けていないわたくしのことをお教えいたします」


 聖女様も公爵閣下も知らない!? そのようなことを聞き出すつもりなんかないのに! なにやってんだよオレは!


「え!? オレはユリアのことを探りたいわけでは! 誰にも打ち明けていないことなんて、そんな」


「ロル。貴方がそのようなことを考えていないとわかっておりますわ。わたくしが貴方に聞いてほしいの。愛するロルに、わたくしを知ってほしいの」


 信じきれないオレにここまでの信頼を寄せ、愛を与えてくれるなんて。オレはなんと情けない!

 せめて……せめてユリアの大きな信頼に答えなければ。大きな愛に答えることすら出来なければ、自分が許せない。


「ユリア……ありがとう。どのような内容であろうと、貴女に捧げる愛は変わらない。オレのユリアを愛する心は決して変わらない。聞かせてくれるかい?」


「わたくしも貴方を愛しているわ。ありがとう。ロル。……わたくしには今ではない時代の記憶があります。知らない国の記憶が、知らない世界の記憶が、知らないがあります。だからでしょう、わたくしはバルバラさんの様子に気付きました。過去のわたくしを見ているようでしたから……」


 ユリアはそう告げると、ユリアだけしか知らない。これからオレが知ることになる。彼女の内面を打ち明け始めてくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る