第47話 ロッセの有名人?

 完全に寝てしまったバルバラさんを楽な体勢で寝かせ、ユリアに防音結界を張ってもらう。


「バルバラさんは確かに怪しいんだけど、話してみると悪意ある人物には思えなかったかな。倒れていたときにはこちらの指示に素直過ぎる位だった。ユリアはどう?」


 バルバラさん本人の前では見せていなかったけど、おそらくオレよりもユリアの方が警戒度が高い。


「難しいですわね……わたくし達とバルバラさんは、あまりにも互いを知らなすぎますわ。現状での判断は保留致します。先程の様子からは敵対の意志はなさそうでしたが、全てうわべだけかもしれません。敵対の意志も悪意も、隠しきっている可能性を捨てるのは早計ですわよ?」


 ユリアからは、オレの警戒度が下がっているように見えたのかもしれない。

 バルバラさんの鍛え上げられた戦士の風貌に尊敬を抱き、全くほだされることは無かった。とは確かに自分でも言い切れない。反省だ。


「ユリアの言うとおりオレの早計だった。悪意を持っている前提で動こう。ユリア。仮に彼女が襲ってきたとして、勝算は?」


 今のオレはバルバラさんに軽く尊敬を抱いているから、戦力分析はユリアの方が正確かもしれない。


「十五歩以上の距離があれば、わたくし一人でも負ける気はいたしません。ロルと二人なら十歩以内でも完勝出来ますわね。武装しておらず現在の弱った状態が前提であり、不明な恩恵を考慮しなければ、ですが。ロルの見立てはどうです?」


 揺るぎない自負を見せるユリアは流石だ。何よりも、凛々しく気高いユリアに頼られていることが嬉しく、誇らしい。


「弱り武装無しの現時点でも、近接きんせつ戦闘でオレの勝ちは無いと見た方がいい。彼女の尋常ではない鍛練の成果は、尊敬できるほどの素晴らしい身体から十分にうかがえた。完全に彼女の間合いを外して持久戦、ユリアが後衛遠距離、オレが前衛中距離で封殺。が現実的かな」


 いくら弱っていても、瞬間的なら全力に近い実力を発揮するはず。接近戦は避けるべきだわ。


「素晴らしい身体? なるほどなるほど。それはもう熱心にバルバラさんの体を見ておりましたものね? 確かに立派なものをお持ちでしたわ。ロルは大きな胸がお好きですか?」


 オレでは到底及ばない凄まじい鍛練の……大きな胸? ユリアさん? 目がわってますよ?


「え? 胸? ユ、ユリア? いやいやいやいや、あれは治療のためであってやましいことなんかないよ!? すごい鍛練積んできたんだなって驚いたんだって!」


 ヤバイ! その誤解はめちゃくちゃヤバイ! 人生で一番ヤバイ誤解かもしれん!


「えぇ? そうですのぉ? ……ふふふ。わかっておりますわ。あまりにロルが甲斐甲斐しくするものですから、やきもちを焼いてしまいましたの」


 良かったぁ。え。やきもち? かわいすぎない? ちょっと舌を出す仕草とかどこで覚えたの? その無邪気なかわいらしさでオレは頭が爆発しそうだよ?



 ユリアの妖精のようなかわいらしいからかいもありつつ、そろそろ出発する頃合いだ。

 ダンジョンを出ないことには、何も出来ないからね。


「バルバラさん起きて」

「身を起こせますか?」


「……んぁ?」


 当たり前だけど衰弱の影響が大きく残っているなぁ。この短時間での眠りは深く、身を起こすのも難儀なんぎそうだ。


「そろそろ出発するけど立てそう? 無理なら休憩付き合うよ」


「確かめるから、ちょっと待ってくれるかい? ぐっ!」


 少し気合いを入れてバルバラさんは立ち上がり、体をほぐして……歩き始めちゃったよ。立ち上がるどころかもう歩けんの!?

 衰弱具合はとても演技とは思えなかったから、やっぱり驚異的な回復力だわ。


「無理はなさらないでくださいね。わたくし達は急ぎではありませんから」


 ユリアも心配そうに見ている。彼女の言うとおり、一泊滞在が延びても計画の範囲内だ。休憩が延びようと問題ない。


「何から何まで本当に申し訳ない。あなた方に嘘はつきたくないから正直に言うよ。歩きは出来るが長く走れそうにない。武装しての行動は完全に無理だね。武装無しである程度走れるまで……三日以上はかかりそうだよ」


 当たり前だわ。歩けるどころか短時間なら走れるとか、マジでどんな身体してんの? あんたさっきまで身を起こすことすら出来なかったんだよ。やっぱ筋肉?


「そっか。それならオレが先導するから、バルバラさんはオレの後ろを歩いて。ユリアはバルバラさんの後ろで後衛を頼める?」


 バルバラさんが寝ている間に、ユリアと相談し想定した中でも一番楽な結果だね。荷車出すことにならなくて良かった。荷車は手がふさがるからなぁ。


「ええ。元々そのつもりでおりましたから問題ありませんわ。バルバラさんが辛そうでしたら声をかけますが、ロルも歩く速度に注意なさってね?」


「ちょっ、ちょっと待っておくれ。本当にあたいを同行させてくれるのかい? 足手まといだから置いて行けって言ってるんだよ。互いに信用しきれないのはわかるだろ?」


 救助した意味無くなるわ。飯食ったんだから生きろよ。ここで見捨てたら後味悪いなんてもんじゃねぇっての。


「なに言ってんの。もちろん信用しきれていないし、信用しろとも言えない関係だね。でも、お互いに初対面の相手を警戒するのは当たり前じゃない? そんな当たり前を理由に、せっかく救助したバルバラさんを置いて行くつもりはないよ。ね? ユリア?」


「ええ。ロルのおっしゃるとおりですわね。わたくし達にはわたくし達の矜持きょうじがあります。敵対するならどうぞお好きになさって? 病み上がりであろうと容赦は一切致しませんわ」


「……申し訳ない。あなた方をあなどってしまっても、頭を下げることしかできないあたいを許してほしい。感謝の言葉も尽きない。この恩は必ず! 必ず!」


 深く頭を下げるバルバラさんをユリアと一緒になだめて、出口に向かって歩き出す。


 バルバラさんは、オレよりも頭ひとつ以上身長が高い。その分歩幅も広いから、歩く速度も決して遅くはならずにいる。

 この調子なら日が落ちる前、明るいうちに石碑ダンジョンから出ることが出来そうだ。


 三人で歩きながら、遭遇するスケルトンとゴブリンはオレが全て切り捨てる。

 ユリアは倒れていた理由や世間話でバルバラさんと会話をしながら、自然に探りを入れつつ警戒も怠っていない。


「バルバラさんもロッセにお住まいなのですね。わたくし達は最近ロッセに越して来たのですよ」

「ロッセに夫婦で越して来るなんて珍しいね。なにもないだろ? あの町」

「? 大きくはありませんが良い町ですわよ?」

「良い町かなぁ。困ったことがあったら頼ってほしい。これでもあたいはロッセじゃ有名で名が通るんだ」

「? まぁ。そうでしたか。ぜひ頼らせていただきますわ」


 でも、聞こえてくるユリアとバルバラさんの会話は、なんか噛み合っていないんだよなぁ。

 そんな違和感を覚える会話を耳にしながら、もうすぐ出口で陣を張る衛兵が見えてきそうだ。と、思ったときにバルバラさんは聞き捨てならないことを言い始めた。


「記憶がない?」


「全部じゃないよ? 最近のことを覚えていないんだ。なんで死ぬ一歩手前まで衰弱していたか、ここがどこかとか、その辺がすっぽり抜けてんだ」


「お住まいはロッセでしたわね。家族もいらっしゃる。フリーの傭兵をなさっていて、一番最近の記憶は傭兵斡旋所で貴族様の護衛を受けるところ。それ以降の記憶が無く今に至る。と」


「ロッセ育ちなら石碑ダンジョンは知ってるよね? ここは浅層の一階層だよ。もうすぐ出口だけど」


 バルバラさんの言っていることが聞けば聞くほど怪しくなってくるから、言わなくても石碑ダンジョンであることはわかっているはずだ。と思い込んでいたこともあり、オレもつい口を挟んでしまう。


「石碑!? 冗談だろう!?」


 そんな冗談言ってどうすんの。ロッセの人ならこの大草原見たらわからない? 傭兵がダンジョン行かないなんて聞いたことないけど、もしかして石碑ダンジョン潜ったことないの?


「間違いなくここは石碑ダンジョンですわ。ロッセから徒歩半日。五十年前に攻略されたダンジョンですわよ」


「石碑を攻略? 五十年前? 冗談にしても笑えないよ。ユリアさん。あたいをからかってんのかい?」


 あんた今、からかってんのかって言った? 心配して気遣うユリアが、冗談であんたをからかっているって言ったのか?


 さっきから黙って聞いていたけど、いい加減にしろ。笑えねぇのは、オレだ。


「なぁ、あんたこそさっきからなに言ってんだ? ユリアに向かってわけわからんことばっか言って、ロッセで有名か何か知らないけどさ。文句でもあんのか? で? ユリアがあんたをからかってるだ? 笑えねぇぞ。おい」


「ロル! 落ち着きなさい。バルバラさん。もうすぐ出口に陣を張る衛兵も見えてきます。その前に、ここでわたくしとお話をしましょう。あなたには必要だと確信しました。ロル。周囲の警戒を頼めるかしら」


 厳しい表情を浮かべるユリアの一喝で、頭が急速に冷えた。ユリアに対する発言が許せなかったとはいえ、バルバラさんは混乱しているのかもしれないし、今のは会話に割り込み突っかかったオレに非がある。


「ユリア……ごめん。頭を冷やすよ。バルバラさん。突然会話に割り込んだばかりか突っかかってしまい、すまなかった。謝罪する」


「ロルフさん。あなたが謝罪なんてしないでおくれ。あたいが先に冷静さも礼も欠いたんだ。命を救われたばかりか、ここまで親切にしてもらっているのに本当に申し訳ない。……ユリアさん。礼をしっした上で厚かましい願いだが、話を聞かせてもらえないかい? あたいは、現状がさっぱりわからない。怪しいのも信用ならないのもわかる。不安ならあたいの手足を拘束してもいい、頼む」


 頭を下げ謝罪するオレに対して、さらに深く頭を下げたバルバラさんはユリアに向き直ってそう告げる。

 ユリアは厳しい表情を消し、柔らかい笑顔を見せてオレにひとつうなずきを返すと、バルバラさんに指示を出しながら優雅にお茶会セットを広げ始めた。……ユリアにはかなわないなぁ。

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