第46話 内蔵が強靭ですね
水筒の中身を器に少量入れ、横たわる謎の女性の口元へ運びゆっくりと一口ずつ含ませる。寝ながら一気に飲むのは危ないからね。
謎の女性を治療中、彼女はポーションを薄めるための水を凝視していたから、やはり警戒するよな……とは思っていた。
水が飲みたかっただけっぽい。そりゃ水を凝視するわ。
医者ではないから謎の女性の状態を正確に把握は出来ないけれど、彼女の
「水を飲みながらで良い。辛いだろうから首をわずかに動かして、肯定か否定か教えて。ここに倒れたままでは誰かが通って、下手すりゃオレごと怪しまれて攻撃される状況。ってのは理解出来る?」
首を縦に一度振り肯定する謎の女性。
「オレの仲間を呼んで、ひとまず岩の裏側まであんたを運ぶけどいい? わかった。それじゃ呼ぶけど妙な動きをしないでよ? オレも仲間もあんたを警戒していることを忘れないでほしい」
謎の女性は警戒心が無いのか。いろいろ
指示を全て肯定して、オレの
オレから水筒を奪い取って一気に飲み干すこともせず、ゆっくりと一口ずつ体に馴染ませるように飲み込んでいる。
衰弱するほどの飢えと渇きで苦しいだろうに、思わず尊敬してしまうほどの自制心。
警戒を解かないままユリアを片手の合図で呼び、まだ無言を
謎の女性の許可を得た上で彼女の武装を全て魔法鞄に入れてんだけど、武装は驚くほどしっかりしているのに、魔法鞄どころか小さな革袋のひとつも持っていない。
わずかな対話しかしていないけど、荷物を何も持たずに武装だけでダンジョンに突入するほど無謀な人には見えない。
上の階層で夜襲でも受けて逃げてきた? と聞いても否定。
本当に為すがまま引きずられるじゃん。
ちょっとは身の危険とか感じて警戒してくれないと、なんか調子狂うよ。ピクリとも動かないから死んだかと思ったわ。
なに不思議そうな顔してんだよ。為すがままのあんたに驚いてんだよオレは。
「人の反応が近くなったら幻影を張りますわ。大きく動かなければ見つかりません」
岩影に移動を終えると、ユリアが小声で教えてくれる。フォローが行き届いているユリアは、守護天使ではなく守護女神では?
「
バルバラさん。あんたどんな回復力してんだよ。
「
自らをバルバラと名乗った謎の女性は、食べる。めっちゃ食べる。吸い込むように食べる。
何度も感謝をユリアとオレに伝え、大粒の涙を流しながら食べる手が止まらない。
内蔵が
謎の女性としか認識していなかった名乗る前のバルバラさんが、飢えと渇きで衰弱している。と知ったユリアの行動は早かった。
「栄養失調? 脱水で衰弱、水を少し、内蔵は全て弱っているはず……ロル。すぐにリンゴを
鍋といくつかの野営用魔道具を取り出し、指示を出すユリア。
オレがもたつきながら渡された十個のリンゴを絞り終える頃には、すでに細かくちぎったパンを大量の湯で柔らかくふやかした、鍋いっぱいのスープのような薄いパン
パン粥にリンゴの果汁と少々の塩を加えた不思議な病人食を、魔法を併用したのかものすごい速度で作り上げてしまったんだ。
「美味しいものではありませんが、どうぞ召し上がって。少しでも飲み込めたら様子を見ましょうね」
薄いパン粥を作っただけなのに、魔法を見ているような感覚だったよ。
ユリアがパン粥をスプーンにすくおうとすると、「
この人、なんにも警戒してなかった。
オレが支えて少し体を起こしたバルバラさんの口元へ、パン粥の盛られた器を近付けると、ぞっ。という音と共にパン粥を、
ユリアもオレも驚いて目が丸くなったわ。目の錯覚かと思ったけどマジで全部吸い込んでいた。
いやいや、いくらスープみたいなパン粥だからってそんなことある? 器一杯を秒で吸い込むとかどうなってんの?
「大丈夫。胃は強い。助かった。うまかった。本当にっうまかったぁ」
心配するユリアとオレに、
そこからのバルバラさんは凄かったよ。もうすごいとしか感想が出てこないわ。
食べられそうならもっと食べる? と聞いたら、ユリアが後で少しずつバルバラさんに食べさせる予定だった、鍋にいっぱいのパン粥を全部吸い込んだ。食べた。ではなく、また吸い込んだ。吸い込んだらオレの支え無しで体を起こせるようになった。……なんで?
大丈夫そうなので普通の食事も出したら、ユリアとオレが心配になるくらい食べる。
食べている最中から肌の
「バルバラさん。
「うん。今はしっかり食べて回復に専念した方が良いよ。幸い食料に余裕はあるから、ここに出した物はバルバラさんが全部食べて良いからね。落ち着いて食べて」
「……っ! っ!」
「泣いてしまっては水分がもったいないですわ。はい。お水も飲んでくださいね。果汁を入れておりますから飲みやすいですよ」
身を起こせはしたけど座り込んだまま、まだ動きが
バルバラさんの本当に良い食いっぷりを見ていると、こっちまで腹がへってしまう。
「うまそうに食う若いやつには、もっともっととな? 腹一杯でもう食べれん! と言うまで食べさせたくなるんだ」
引退間近の大先輩冒険者が言っていたのを思い出す。
バルバラさんよりオレは年下だろうけど、大先輩もこんな気持ちだったんだろうか。
ユリアは細い体からは想像できないほど
バルバラさんに追加追加で食料を出していたら、オレ
鍋いっぱいのパン粥の他に、成人男性の三十食近く食べた。
まだまだ余裕ありそうだったけど、ユリアとオレの二人で止めた。救助したのに腹がはち切れて死亡とか勘弁してくれと。マジでバルバラさんは内蔵が鋼鉄製かもしれん。
「ありがとう。本当にっありがとう。助かったよ……っ」
食べ終えた直後に大きく頭を下げ、張りを取り戻した声を震わせて、改めて感謝を伝えるバルバラさんは肌がツヤッツヤだ。
筋肉が張りを取り戻したのか、体が一回り大きくなっている。なんか体からうっすら湯気出てない? 回復力が並外れてんなぁ。
「いえいえ。お体とお腹に違和感はありませんか? とてもお疲れのようでしたから、お休みになりますか?」
「オレ達は今日ここから撤退するんだけど、あんなに衰弱していたんだから本調子はまだまだ遠いでしょ? 休憩後一緒に行く?」
「食休みをもらえればありがたい。かなり体にガタが来ているから、同行の誘いも地面に頭を
「ええ。構いませんわよ。ね? ロル」
「ね。出口まで真っ直ぐ進めば半日もかからないし、予定に余裕はあるから急ぐこともない。それにさ。流石に救助した人を放って置けないよ。バルバラさんは敵対するつもり無いでしょ?」
「命の恩人に刃を向けるような恥知らずのクズになった覚えはないよ。……本当にっありがとうございます! この恩はあたいの命にかけて! 必ず! 必ずお返し致します! ……ぐぅ」
え。寝た?
真剣な顔でとんでもない覇気を噴き上げて宣言して、座ったままだったから地面に額が当たるほど大きく頭を下げて、寝たな?
「寝たよね?」
「寝ましたわね?」
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