第34話 ◇ある日の王都冒険者ギルドのうわさ◇
アイヒュン王国。王都。冒険者ギルド。
仕事終わりの冒険者たちで賑わう冒険者ギルド内のロビーは、沈み始めた赤々とした
百人近い冒険者達に混ざっている二十代後半の男二人と女一人の三人
そこに所属している高身長で筋肉質な男性冒険者は、借家で己を待つ去年結婚してくれた嫁と嫁の手料理を思い浮かべていたが、ふと何かに気が付いたようだ。
「あれ? そういや最近ロルフに会ってねぇな」
周囲を見渡しながら
「最近ってお前……ロルフは二ヶ月以上前に王都を出ていったらしいぞ」
ロルフ不在を二ヶ月気が付かなかった既婚筋肉男に、若干あきれ気味の剣士はリーダー格のようだ。
「あいつが王都から二ヶ月以上も離れる依頼を受けるとも思えねぇし、どうしたんだろうな?」
あきれてはいるがリーダーが筋肉男を責めないのは、冒険者ギルドには数多の冒険者が在籍しているからだ。
冒険者全員を把握している人物などいないだろうと誰もが思っている。
「ロルフが王都を出ていった理由を聞き回った訳ではないが、俺が聞いた範囲では誰も知らなかったな。なにか聞いたか?」
リーダーが話を振ったのは三人組の紅一点、短弓を担いだ女性の弓使い。
「私もロルフがいなくなった理由で正確なのは聞いたことがないわね。でも、うわさ程度ならいくつかあったわよ」
ロルフ不在の理由は追放刑に処された公爵令嬢ユリアーネとの国外逃亡なのだが、スピラ公爵家とベルンハルト宰相家でも関係者しか知らない最重要機密とされている。
王都の冒険者ギルド長すら、ロルフが一言伝えた「旅に出る」としか詳細を知らない機密案件なのだ。
知っている人間は冒険者や情報屋にはいないだろう。
「「うわさ?」」
「そ。うわさ。遠方に出る依頼を受けた。王都がイヤになって開拓村に行った。貴族と
おしい。ニアピンである。
「あっはっはっは! 世界を救う旅に出たんか!? 勇者様は大変だな!」
荒唐無稽なうわさ話に爆笑する筋肉男。
「くくくっ。ロルフがパン屋っ。料理ヘッタクソなのに。現実的なところでは遠方の依頼か開拓村か?」
笑いを堪えきれなかったリーダーが言うように、彼の知るロルフは料理が出来ない。
現在のロルフはユリアにばかり任せるのは申し訳ないと料理を教わっているのだが、ユリアの手料理が食べられなくなるのでは!? と無駄な苦悩と葛藤をしている真っ最中だったりする。
ユリアはユリアで肩を並べて台所に立ち、料理に四苦八苦するロルフにご満悦だ。
「あの子が遠征はないと思うなぁ。開拓村はあり得そうだけどね。でも、揉めた貴族の御令嬢と駆け落ち! 外国へ愛の逃避行! だったら夢があって素敵じゃない?」
おしい! 非常におしい!
人の想像力の恐ろしさなのか、ほぼ正解である。
「駆け落ちぃ? ないない。それが一番ないわ。あいつ女関係ヘタレだぜ?」
王都冒険者時代のロルフは身を立てようと
「そう言ってやるな。ロルフは元貴族だ。女関係で下手なことがあったら実家関係が大変なんじゃないか? 血筋だの相続だのな。俺には意識的に女と距離を取っていたように見えたが」
一般的にリーダーの推測は間違ってはいないのだが、当時のロルフにはただ余裕がなかっただけだ。
良かったなロルフ。良い意味で勘違いしているぞ。
「そうね。男連中とは良くつるんでいたけれど、冒険者でも女が混ざると一定の壁を作るのよ。若いのに真面目というか頑固というか」
男連中とつるんでいたのも冒険者は男性比率が高いため仕事上の偶然であり、女性と壁が出来ていたのもただ仕事で関係が薄かっただけなのだ。
ロルフはワーカーホリック気味なところがあるので、客観的に見た周囲の評価と女弓使いの意見は妥当ではある。
「そういや元貴族様だったわ。貴族様も大変なんだなぁ。あいつガキの頃からオレらに馴染んでたから忘れてたぜ。……なぁ。ロルフいねぇとヤバイ
筋肉男の意見に各々思うところがあるのか、リーダー、女弓使い、筋肉男の三人は視線を周囲に巡らせ、再び三人で交差させるとロルフ評と不在の影響を話すようだ。
しばらく茶々を入れずに聞いてみよう。
「あまり大きい声で話すなよ。……ロルフがいないとヤバイ所は片手じゃ足りないだろう。十に近い一党で大なり小なり何かしら影響が出ているはずだ」
「あの子って料理以外は何でも出来たからねぇ。高水準の読み書き計算。貴族的知見から内外での交渉役に相談役。昔、報酬分配で揉めていた一党をまだ子供のロルフが仲裁したのは笑ったわ」
「あったなぁ。揉めてた奴らが恥ずかしくて顔真っ赤だったあれだろ? 戦闘もかなりヤルぜ。突出したところはねぇが、がっつり基礎鍛練積んでっから粘りがすげぇんだ。戦闘力はあの若さで中堅でも上の実力があるな。恩恵は知らんけど
「臨時だろうが一党を組むとどのポジションでも入れたな。
「便利屋みたいな冒険者の中で、さらに便利屋やるなんて器用というか不思議な子ね。……ねぇ。ロルフがいなくて本格的に機能低下している一党あるんじゃないの?」
「最近一党の再編だの合併だので騒いでる若いの何人か見たな。あれロルフがいねぇからじゃねぇか?」
「流石にロルフだけが理由ではないと思うが、
「高度な読み書き計算と貴族的な知見を見込まれてって聞いたけど……それでもあの若さで上位一党に臨時加入なんて、私が知っている限りロルフしか聞いたことがないわね。……ねぇ。私たちも合併を考えているの?」
どうやらロルフが抜けた王都冒険者ギルドは数人数組に影響があるものの、多少の努力次第でどうとでもなるようなものばかりらしい。
「再編に合併ねぇ。人数が増えりゃやれる仕事の幅は広がるがよぉ。なんだかんだ揉めるぜ? なんか考えてんのかリーダー?」
それはそうだろう。
彼ら彼女らは冒険者。
ロルフの先輩、同輩、後輩だ。
「二人とも心配するな。俺達にはまだまだ再編も合併も必要ないさ。現状で過不足はない。下手に今のバランスを崩した方が危険だ」
多少優秀な中堅が一人抜けたところで瓦解するような
「あら? 若くてかわいい女の子入れなくてもいいの?」
再編や合併などせず、まだまだ三人で頑張りたいと思っていた安堵からリーダーに茶々を入れる女弓使いも。
「いらん。俺にはお前がいる」
茶々を入れられても動じず、女弓使いにド直球の好意をぶつけるリーダーも。
「もう! 何を言ってるのよ!」
いつものリーダーと女弓使いのいちゃつきに呆れるけれど、家で待つ嫁が恋しくなる筋肉男も。
「まぁた始まりやがった。てめぇら場所考えていちゃつけよ……オラァ先帰るぜ。嫁が待ってんだ」
筋肉男の脇をすり抜けて外へ駆けていく十代の少年も。
「明日も朝一でギルド集合だ。それが終われば連休だが気を抜くなよ」
リーダーの後方でテーブルを囲み会議を開いている熟練者達も。
「また明日ー!」
リーダーの腕に絡み付いた女弓使いを恨めしそうに見つめるギルド職員も。
「へいへい。おめぇらこそ
彼ら彼女らは世界を股にかける大組織、冒険者ギルドの構成員。
冒険者だ。
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