第7話 開拓村と冒険者

 御者の男性と別れて街道を外れる。


 彼はユリアーネ様が「追跡」の術式を弄った旅装の切れ端を持って正規のルートを進み、王都に近い街道沿いの宿場町を目指す。

 オレはユリアーネ様に「ルーム」に入ってもらったまま、街道を外れて冒険者が使う獣道けものみちを進み、王都からも宿場町からも離れた位置にある今日の宿泊予定地の村へ向かう。


 冒険者に登録したての少年少女では無茶な道程どうていだが、こちとら冒険者歴八年。さらに王国の剣と盾である貴族が集まり文武共に高度な教育が受けられる学園を、文武の武の成績に比重を置いて卒業した身だ。

 もちろん油断はしないが、ソロであろうとこの辺はまだまだ庭みたいなもんだ。



「おっちゃんこんちはー! 久しぶりー! 冒険者のロルフですー!」


 ということで村に到着しました。獣道を突っ切るだけの簡単なお仕事でした。


「ロルフさん。いらっしゃい。久しぶりもなにも、お前さん先月来たばっかりじゃないか」


 数件の小さな家といくつかの納屋が密集した村を囲む簡易柵の入り口で、椅子に腰かけるおっちゃんに声をかける。

 ここは王都からも街道からも宿場町からも離れた位置にある、村民が三十人しかいない少人数の村だ。


「おっちゃん。村で困ったこととかある? 変なやつとか変な魔物はいた?」


 ここは王都の生活に疲れた人や、馴染めなかった人が住んでいる。でも王国に登録もされているし、税も納めているから違法村ではない。

 開拓地として登録されてるから税はびっくりするくらい安いが、年に一度は開拓進捗を管轄かんかつの役所に報告しなければいけない。


「特に困ったことはないよ。変なやつも変な魔物も今んとこは見てないな。いつもすまんな。助かるよ。んで今日はどうした? ギルドに誰か依頼でも出してたか?」


 あやしげな人物や特殊な魔物を発見した際に、緊急で報告を走らせることもしている。おっちゃんもその走る人だ。

 冒険者活動に慣れて行動範囲が広がると、開拓村を巡って顔見せしろと冒険者ギルドや先輩冒険者から教えられるのだ。

 誰も怪しげな人物として通報されたくないからね。


「今日は依頼じゃないよ。年単位で遠征に出るから挨拶に来たんだ」


 まぁ年に数人は、顔見せをサボって通報される冒険者が出てくるのはご愛嬌あいきょうだな。冒険者なんてのは武装した不審者みたいなもんだし。


「年単位たぁ思いきったな! お前さん王都暮らしだろ? あんな便利な所から離れるなんて物好きだなぁ」


 王都周辺や各貴族の領地には、こういう開拓村が点在している。

 管轄する役所も各村の位置や数は把握しているが、納税と開拓進捗に気を配るだけだ。村の数が多いから数年に一度しか役人は来ない。

 この村は去年役人が来たばかりで、しばらくは来ないだろう。


「いやいやおっちゃん。オレ冒険者よ冒険者。普通に冒険くらいするわ。ここの人だって王都から離れてんだし、オレも同じようなもんだよ」


 役所に報告が無いから冒険者に依頼を出して様子を見に行かせたら、魔物や疫病えきびょうなどで滅んでいたなんてことも珍しいことじゃない。


「あっはっはっは! お前さんの言うとおりだな。今日は泊まっていくんだろ? 村のもんにも顔見せてやってくれ」


 オレはこういった顔の効く村を経由して距離を稼ぎ、ひとまずは隣国を目指す。


「おっちゃんありがとね。そんじゃまた」


 それでもたまに思うんだよね。

 生活は大変だろうけど、大勢の人がいての大勢の思惑が渦巻うずまく王都を離れて、こういう村で生活するのもいいんじゃないかって。


 村の人に顔を見せつつ声をかけて、納屋のひとつを借りて今晩の宿を確保できた。

 門番のおっちゃんや村の人に夕飯を誘われているから、疑われるような行動をしないためにも素直に招待を受けている。



「ユリアーネ様。開けてもよろしいですか?」


 ユリアーネ様の様子を確認する時間だ。

 一度納屋を出て伸びをしたり体をほぐしながら、周囲に誰もいないことは確認済みだ。

 念を押して納屋の中でも入り口から死角になる場所で、「ルーム」の扉を召喚し、少しだけ開いて先に声をかける。


 一度ユリアーネ様の提案で実験してみたのだけど、どうやら「ルーム」の中にいると扉を叩いても中には伝わらないらしい。恩恵を授かり十一年目で新発見である。


「はい。ロルフ様。どうぞお開けください」


 失礼します。と一声かけて扉を開けると、折り畳みの椅子に背筋を伸ばして座り、微笑みを浮かべるユリアーネ様が視界に飛び込む……座っているだけで美しいってどういうことなの?


「ロルフ様。ご無理はされておりませんか?」


 第一声がオレの心配って天使かな?


「ご心配いただきありがとうございます。無理はしておりませんよ。進捗も順調です。ユリアーネ様はなにかご不便はございませんか?」


 今日は一日中ほぼ箱馬車や狭苦しい「ルーム」に閉じ込められている、貴女の方が心配ですよ。


「不便なんてありませんわ。むしろどくはかどってはかどって、何日でも居られそうです」


 ツンドク? 会話の前後から察するに、読書が捗ったことの上流階級的な言い回しなのかな?


「それは良かった。それと大変申し訳ないのですが、やはり寝所しんじょが用意できず……」


 そうなのである。

 今回のオレが通る道程では、高貴な淑女が寝泊まりするべき場所が一切ない。ここも納屋だ。

 本来は宿場町を経由する道程を行くべきなのだが、ユリアーネ様が「逃げ切るならば徹底的にいたしませんと」と言い切り、公爵閣下とオレの説得はあえなく退しりぞけられた。


 オレを見る公爵閣下の眼光が恐ろしかったです。


「寝所でしたら心配には及びませんわ。ロルフ様。少し手伝って頂けます?」「はい喜んで!」


 ユリアーネ様が手伝ってと言ったら、手伝わないなんてことがあるだろうか? そんなことあり得ないだろう。

 ノータイムで返事をすると、彼女は面白かったのか少し吹き出すように笑う。


 え? かわいいが? 妖精かな?


 手伝うといっても、「ルーム」の中には折り畳みの椅子とテーブル、書物とティーセットしかない。

 簡単に片付けは終わり、まっさらになった「ルーム」内に、ユリアーネ様がおもむろに魔法鞄から取り出したマットレスを置いた。

 すげぇ。「ルーム」にぴったりだ。たった数日でこんな物まで用意したのか。


「これで問題ありませんわね。足は伸ばせませんが、それは贅沢と言うものでしょう。いかがです?」


 そう言ってマットレスに座るユリアーネ様。


 何がいかがなんですか? え? 横に座ってマットレスの感触を実感してみませんか? いやいやいやいや! それは無理ですよ! 淑女の寝所に座り込むなんて出来るわけないでしょう! しかも貴女の隣ってそんなスペース無いでしょう!?


 顔が真っ赤になっているのを自覚しつつ、必死に大声を出さないようになんとかお断りに成功する。


「頑固な方ね」


 ちょっと頬を膨らませて、冗談とわかるように笑いながら怒るその表情。好き。


 じゃない。いや好きだけどそうじゃない。かわいいの暴力でオレを殺す気か。無防備にもほどがある。

 その美しさで無防備な貴女は危険すぎる。


 オレが守護らねば。

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