第6話 追放令嬢失踪計画

「なんと言えば良いか。なんだか呆気あっけなかったですね」


 ここまでのことを軽く思い返していたが、王都から追放されたユリアーネ様と本当に呆気なく合流できて馬車にまで乗っている。


「なにがでしょう?」


 小首を傾げる所作までかわいらしいとか、どういうことなの。


「その、気分を害してしまったら申し訳ないのですが……追放刑とは一人で王都からのまま放り出して、追手おってや刺客が来るようなものだとばかり思っておりました。それが公爵家の御者付きの馬車で、問題なく私も合流できたものですから」


 貴族の御令嬢には大変なことかもしれないけれど、一頭引いっとうびきの小型だが堅牢な箱馬車には公爵家の御者までいる。


 ユリアーネ様が身にまとうのは、王宮が用意した地味な旅装ではあるが、これには「追跡ついせき」などの位置を把握する術式が込められている。声を聴かれたり姿や周囲の状況を見られることはないようだが。


 と、ユリアーネ様が言っていた。オレにわかるはずがないじゃんね。

 その厄介な装備は術式を弄って撹乱かくらんするらしい。天才か?


「ふふ。わたくしもロルフ様と同じように思っておりました。ですが、よくよく考えると王が住まう王都の眼前で、追放刑に処されたとはいえ元高貴な身の上の者に不埒ふらちな事件があろうものなら、王都に住む者はどのように思うでしょう?」


 オレは単独で街道を先行して歩き、ユリアーネ様の乗った馬車が追い越す時に滑り込んだ。

 なるべく他者から離れて移動していたのもあるが、御者も速度管理や地形把握が上手いのか、乗り込む時に街道の起伏きふくで隠れるようになり周囲に気配も感じなかった。

 監視や追手がいないのは楽でいいのだが、「小娘一人で何ができる」といったあなどりが透けて見えるようで、それはそれで不愉快ではある。


「あぁなるほど。王都を守護する騎士団の面子が丸つぶれですね。そこから貴族や王族の面子にまで繋がっていくと。王都には国外から来た方々も大勢いらっしゃいますし」


 気配を消している御者の男性もかなりの手練れっぽい。

 街道を先行するオレを発見したときに、一瞬向けられた威圧感というか強者の気配はヤバかった。

 その辺の野盗や近隣に出る魔物の二十や三十なら、短剣一本で殲滅せんめつしそうである。


「わたくしになにかあろうものなら、内戦に発展してしまいます。追手を出す出さないで、またお歴々は揉めていらっしゃるのでしょう。あとは目の届かないところで死んでほしいとでも思っていそうですわね」


 ユリアーネ様。

 彼女も彼女で自身の境遇になげくこともなく、追放刑に処されたお嬢様には見えないどころか、なんだか楽しそうにしている。

 胆力があるというか、今にも目の前で「わたくし自由になりましたわ!」とか言い出しても不思議じゃない雰囲気だ。

 冒険者に成り立ての夢見る少年少女が目を輝かせているようにも見えるのは、目の錯覚のはずだ。だってこんなにかわいい冒険者なんていない。


「ほぇぇ。淑女レディに言うべきことではありませんが、素晴らしい胆力と洞察力です」


 ユリアーネ様は学園でも文武共に優秀な成績を修めており、さらに恩恵まで有用なのだという。

 元とはいえ上から数えた方が高い身分であったのに、全く偉ぶらないどころか謙虚なところもあって本当に不思議な人だ。


「わたくしにとっては、とても素敵な誉め言葉でしてよ」


 普通の御令嬢は誉め言葉とは取りませんよ? 片目でウインクしながらそう言う彼女はかわいいがすぎる。心臓止まるかと思った。


 ユリアーネ様と話していると、三つ年下のはずの彼女が年上のようにも思えてくるから不思議だ。

 女性の方が精神的な成長が早いと聞くし、未来の王妃を担うはずだった人だ。相応の王妃教育も受けているはずで、そんなことも関係しているのだろうか。



「ユリアーネ様。ロルフ様。間もなく予定地点です」


 ユリアーネ様と話していると時間なんてすぐに溶けて無くなり、計画の一環である解散地点まで来たようだ。

 ここからユリアーネ様とオレは馬車から離れて、二人だけで行動しなければいけない。


「ありがとう。貴方にも迷惑をかけてしまったわ。別動となりますが、くれぐれも気を付けるのですよ」


「御者を務めていただき感謝致します。この先は何があるかわかりません。十分にご注意ください」


 ユリアーネ様と共に御者の男性に感謝を伝え、無事を祈る。襲撃やら何やらがもしあるのならここからのはずだ。


「お任せください。一番槍を勤める程度には腕に自信がありますから。ユリアーネ様。お幸せになってください。ロルフ様。何卒なにとぞユリアーネ様をお願い致す」


 やっぱりこの御者はかなりのものだ。

 今オレにだけ一瞬放った強者の気配から、彼の実力と練度が十二分に伺える。

 一番槍なんて公爵閣下の私設騎士団でも、実力的にかなり上に位置する人じゃないか。


「私の名と命にかけて」


 御者の男性から視線を反らさずに固く握手を交わしていると、ユリアーネ様が何やらが満足げだ。うん。かわいい。

……御者さん。握手しながら気を抜いたことは反省するから、にらまないで。あんたの眼力強すぎるんよ。ごめんて。


「では、ユリアーネ様こちらへ。狭い場所ですがしばらくご辛抱ください。予定時刻になりましたら一度開けますのでご準備をお忘れなく」


 馬車の影に隠れるように「ルーム」の扉を召喚。片手で扉を開け、片手でユリアーネ様をうながす。

 扉の先はいつもの狭苦しい空間だが、ユリアーネ様が用意した小さな椅子とテーブルが並び、彼女の完全な私室となっている。


 小さなテーブルの上に置かれた二つの魔法鞄。

 公爵閣下から頂いた高性能な魔法鞄には、数ヶ月分の飲食物や多くの書物、数々の装備品や魔道具。生活に必要な様々な大物から小物など大量の物資が納められている。

 もうひとつの魔法鞄は御者の男性の装備などが入った、公爵閣下私設騎士団のもの。


 追放刑で王都から放り出される際には、旅装以外の魔法鞄や武装などの所持は禁止され、王都の門を通過するときにも確認されるらしい。同行の御者も旅装と多少の金銭、護身の短剣しか所持を認められていない。

 今さら感がとてもすごいが、追放刑とは刑罰だ。なんでもかんでも持ち出すことは許されていない。


 しかし王国への忠誠心などすっかり消えたオレには全く関係ないんですがね。こんな感じでハズレ恩恵が活躍するとは思ってもいなかったよ。


 ユリアーネ様がルームの中に入ったのを確認してから、扉を閉めて消す。


「一度見せていただきましたが、なんとも不思議な恩恵ですな。それでは御武運を」


「まぁこれくらいしか出来ませんから。お互いにユリアーネ様をこんな目に合わせた奴らに、一泡ひとあわ吹かせてやりましょう。御武運を」


 御者の男性と互いに悪い笑みを浮かべ、武運を祈り合って別行動を開始する。

 重装備の冒険者のような武装を整えた御者の男性は、馬車を魔法鞄にしまいこむと、残された馬に乗り颯爽と走り去る。


 さぁ。ここからが追放令嬢失踪計画の第二段階だ。

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