第5話 追放令嬢ユリアーネ

 親父殿は言わなかったけれど、政争に敗れたにも関わらず相手側に譲歩じょうほをさせたんだ。

 親父殿や公爵閣下は、オレの想像以上に崖っぷちにいるのかもしれない。


 もしかしたら我が家も。


 たぶん、今この時だ。

 今こそがベルンハルト家のために、この不出来なオレを愛してくれた家族のために、我が命をかける時だろう。


 他国へ移り住む?

 こちとら冒険者だぞ。どこでだって生きていけるさ。

 ちょっと遠くへ冒険に出ると思えば望むところだ。


 顔も知らない追放刑の御令嬢と結婚する?

 聖女様と祖国のために身を粉にした英雄だ。

 たとえ形だけの偽装結婚だろうが、一介いっかいの中堅冒険者には身に余る光栄じゃないか。


 顔を引き締めろ。

 背筋を伸ばせ。

 腹に力を入れろ。

 胸を張れ。


 情けない声など、一片いっぺんたりとも漏らすな。


 覚悟を決めろ。


「ベルンハルト宰相閣下。今こそベルンハルト侯爵家にいただいた大恩と愛に報いるとき。

 冒険者ロルフ、頂いたご依頼をつつしんでおけ致します。

 この命有る限り御令嬢をお守りし、ご依頼の完遂かんすいをこのロルフの名に誓います」


「ロルフ……お前……」


 泣くなよ親父殿。オレは、


「親父の子だからな」



「合格!」


 半泣きの親父殿にドヤっていたら、王国宰相で侯爵の執務室の扉をノックも無しに勢いよく開け放って、身なりの良いイケオジが大声をあげながら入ってきた。


 なにかに合格したらしい。


 突然のイケオジの乱入に咄嗟に立ち上がって親父殿を背後に庇い、拳を構える。


 武器は執務室に放り込まれる前に、執事に取り上げられているし、乱入を許すとか使用人と護衛はなにしてんだよ。

 くっそビビったじゃねぇか。


「うむ。反応も悪くないな。加点!」


 えぇ……なんか乱入イケオジに採点されてんだけど。なんなのこの人。


「ロルフ。座りなさい。そちらはスピラ公爵だ。こちらはロルフ。以前お話した出奔した我が家の三男です。それにしても出てくるのが早すぎますぞ。公爵殿」


 話では伏せられていた公爵家って、スピラ公爵家のことかぁ。

 当時から元々出奔するつもりで貴族の婚姻に興味がなかったのもあるけど、が王妃候補になっていたなんて。


 ん? じゃあオレの結婚相手の追放される公爵令嬢って……


「公爵閣下。大変失礼致しました。宰相閣下にご紹介賜りました。冒険者のロルフと申します」


「うむ。良い良い。闖入ちんにゅう者に対する反応として間違っておらぬからな。先ほどの覚悟も見事であった。偽装とはいえ義父となるのだ。宰相殿と話していたような砕けた態度を許そう」


 見られてたぁぁぁ!

 執務室の隣の護衛待機室から、ガッツリ覗かれていたっぽい。

 いやいや、義父とか砕けた態度とか、公爵閣下に対していきなり難易度高すぎんだろ! 無理だって!


「お父様? いくらなんでも失礼が過ぎますわ。せめてノックくらいなさいませ」


 ほあっ!?

 スピラ公爵の背後から聞こえる、上品なハープを想起させる美しい声はやっぱり聞き覚えがある!


 マジか。待ってくれ。心の準備をさせてください。

 具体的には丸一日。精神統一の時間をいただきたい!


「なんだユリアーネも出てきたのか」


 艶やかな黒髪。

 強い意志と優しさが同居した漆黒の瞳。

 神が自ら造形したと言われても信じてしまう、美しい顔立ち。


 その美しい顔に疲れが見えるのは、今回の騒動のせいだろうか。

 それとも公爵閣下の奇行のせいだろうか……


「お父様。なんだ、ではありませんわ。ベルンハルト宰相閣下。父が失礼を働きまして申し訳ございません」


 飾り気の少ないシンプルなドレスだからこそ際立つ彼女本来の美しさと、一挙一動にうかがえる洗練された所作。


「私と公爵閣下の仲ですからお気になさらずとも構いませんよ。ですが、貴女からの謝罪を受け入れ無いのも失礼ですな。謝罪を受け入れましょう」


「ロルフ。紹介しよう。娘のユリアーネだ」


「ロルフ様。わたくしはスピラ公爵家の長女、ユリアーネと申します」


 間違いない。彼女は初恋の人だ。



 公爵閣下とユリアーネ様の訪問は極秘であり、身分を隠したお忍びでの来訪だった。


 極秘案件のためか親父殿の執務室には、王国の頭脳たる宰相。大貴族の筆頭公爵。王太子殿下の元婚約者の公爵令嬢。冒険者のオレの四人しかいない。

 オレの場違い感がすごいな。


 公爵閣下とユリアーネ様はやはりオレを見極めるため、親父殿の執務室を隣室から覗いていたらしい。


 やはり多忙が極まっているのか、互いに自己紹介を交えて現在の状況を軽く話し合うと、公爵閣下とユリアーネ様はすぐに退室していった


 ユリアーネ様の登場が鮮烈で頭が真っ白になっていたためか、彼女以外の記憶は少し曖昧だけど粗相はしていないはずだ。


 公爵閣下は顔は笑っていたけど、目が血走っていました。とても怖かったです。


「彼女がお前の初恋相手だったか」


 っ!?


「いや、なんでお前がそんなにびっくりするのだ。その反応に父はびっくりだよ」


 親父殿には普通に初恋がバレていた模様。


 いやまぁね? まだ学園に入寮する前に出たパーティーに、王国では珍しい黒髪のとんでもない美少女がいて、一目惚れだったんですよね。


 彼女の周囲の人間を見ればで一目で住む世界が違うってわかったから、気持ちに蓋をして今まで過ごしてきた。


 それがいきなり目の前に現れ、元王妃筆頭候補だ。聖女様の親友だ。結婚だ。と正気を失わなかった自分をマジでたたえたいよね。うん。


 ユリアーネ様が王国のために身を粉にしたというのに政争に利用され、輝かしい未来どころか命さえ失うところだったのか。


 考えただけで殺意が沸き上がってくるな、これは。


 なんかこう良い感じに敵対者全員の四肢とあばらの骨が、定期的に全部折れたりしないだろうか。

 治るたびに再度ポキッといく感じで。一生な。


 しかし、この状況。オレの恩恵「ルーム」は、かなり有効では無いだろうか?


 荷物は入学祝いに頂いた魔法鞄に入れているし、せいぜいソロで夜営するときの緊急避難先にしか使っていなかった。

 いちいち扉を召喚して開け閉めしないと物品を取り出せないから、微妙に不便なんだ。


 最近では自分の恩恵であるのに、あまりにも使わないから「ルーム」の存在すらも忘れかけていた。


 でも、今、この状況。ユリアーネ様に「ルーム」の中に入ってもらい、移動をオレがこなせば、彼女の移動の痕跡こんせきはほぼ何も残らないはずだ。


 冒険者ギルドには、こっそり人を運ぶよ! みたいな怪しい依頼は無いから失念していた。


 でもなぁ、あの狭くて真っ白い空間に閉じ込められると発狂しそうになるからなぁ。

 護衛対象を発狂させるとか意味わからんし。


 なんかあれだ。オレの恩恵って犯罪向きなんじゃなかろうか?

 犯罪に使うつもりは無いけど、すっげぇ微妙な気分だ。


 追放刑の決行日まで日数が少ないことも知ったし、作戦会議も一日しか時間は取れない。

 ユリアーネ様を、なんとか無事に国外に逃がさねば。


 夫として守護らねば。



 で、時は飛んで追放刑の決行日。


 いやぁ。追放刑は強敵でしたね。


 いやいや、まさかあんなに上手くいくとは思いもしなかった。


「ロルフ様ロルフ様。なんですのこの素晴らしい恩恵は。え? ルーム? ハズレ? なにをおっしゃいます。中に本でも持ち込めば問題ないのでは? あら、どうしましょう。わたくしなんだかワクワクしてまいりましたわ」


 かわいい。


 はい、オレが馬鹿でした。


 そうだよね。何もないなら持ち込めば良いよね。

 縦も横もオレより一回り小さいユリアーネ様は、ルームの中でもあまり閉塞感は感じないようだ。


 むしろ狭い方が安心するらしい。

 大貴族の御令嬢が狭い部屋の方が安心するとは、なんとも不思議な人だ。


 折り畳める小さな椅子とテーブル。食料と菓子。

 玩具のような小さなティーセットをルーム内に設置して、まるで秘密基地を得た子供のように満足げなユリアーネ様かわいい。


 すげぇ……あんな狭い空間を、一気に個室ティールームへと改装してしまった。

 しかも折り畳める家具は、彼女のアイデアと設計らしい。天才か?


 さらにオレの恩恵を占拠するからと、高額な魔法鞄を公爵閣下からいただいてしまった。

 報酬の一部らしいのだが、これひとつだけで王都に屋敷が建つやつだ。


 魔法鞄の外見は目立たぬようにしているのかかなり地味だけど、収納できる量がえげつない。


 公爵閣下?

 貴方様は「せいぜい大型倉庫十件程度だ。気にするな」とおっしゃいますがね?

 それやべぇからな。軍団単位で使うような戦略物質だからな。

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