第18話 迂回するか突っ切るか

「こんにちはー。冒険者ロルフですー。資料見に来ましたー」


 宿屋のおばちゃんから、ここから先は注意が必要だと教えてもらった町に到着して冒険者ギルドに来たけど……受付はあの新人っぽいお姉さんにしよう。


「こんにちは。いらっしゃい。ロルフさん。初めての方……ですよね? 冒険者証出してくださいね」


 新人っぽいね。少し型にまった感じが抜けきっていない感じかな?


「はいどうぞ。ここから北側の魔物に気を付けろ。って前に立ち寄った宿の人に聞いたんだけど、そこんとこどうなんです? この辺って、とんでもなくヤバイ魔物が出るの?」


 話の流れで詮索せんさくされることがないように、こちらから先んじて要求と質問を投げ、会話を主導するのを忘れちゃダメだ。

 これでベテランのおっさんやおばちゃんの受付に当たると、並んでいようが知ったことかと余所者よそものを詮索してくるから、新人っぽい若い人が狙い目だ。


 後ろに他の冒険者が並んでいるときにやられると、他の冒険者からも他のギルド職員からも悪目立ちしてしまうので、本当にやめて欲しい。

 ごと火種ひだねをギルドが投げ込むな! と大きな声で言いたい。

 まぁ余所者を警戒する気持ちもわかるから、直接文句は言わないけど。


「確認できました。お返しします。うーん。魔物についてお伝えは出来るのですが……私ここの地元採用なんですよ。他とどう違うかをうまく伝えられるかわからないですね。齟齬そごがあると危険ですから、最初におっしゃっていた資料を見ていただいた方が確実かと。あとは地元の冒険者との情報交換ですね。判断はお任せします。資料室はあちらですよ」


 良かった。このお姉さんは詮索しない人だ。ここに来るまで何度かお話好きな受付に当たったけど面倒だったなぁ。

 主観でかたよったことも話さないし、いい意味で当たりの受付さんだ。


「おお。すごい。地元採用で受付なんてお姉さん優秀だね。ここはすぐ離れるけど、この辺のヤバイところ聞くかもしれないから、そんときはよろしくね」


 お仕事頑張ってね。



「こんにちは。受付で聞いて、資料見に来ましたー」


 資料室と言っても学園にあるような分厚い書物しょもつが、ずらーっと並んでいるような立派なものでは無い。

 木の板やなめがわに書いたりられたりした資料が並んでいる、パッと見は少し広めの物置みたいな部屋だ。


「はい。こんにちは。ご自由にご覧ください。初めて見る方ですからご説明しますが、持ち出しは厳禁ですよ。汚れや破損は罰則として、罰金と資料の再作成ですから気を付けてご利用ください。あなたは若そうなのに、随分ずいぶんと資料室に慣れていそうですね」


 お、ここは無料で使えるんだね。入室料金を取る冒険者ギルドの方が多いから珍しいね。


「そこそこですよ。そこそこしか慣れてません。上位の人と一緒にしないでくださいね。あ、なんかあったら聞いて良いですか?」


 本当にそこそこの中堅ですよ。

 今は「ルーム」の強化でかなりマシになったけど、冒険者でも恩恵に恵まれて実績を重ねた上澄みの人なんか人間やめているからなぁ。


「資料を見に来る人は大成する人が多いですよ。私でわかることならお答えします。ここにいますから声をかけてくださいね。私が退室するときには声をかけますから、そのつもりでいてください」


 確かに資料室を使う冒険者は少ないよね。

 でも、それは読み書きが出来なかったり、資料を見て勉強するって行為を知らないからだ。

 大きな都市の冒険者ギルドだと、月に二回くらい冒険者向けに有料で簡単な読み書き計算を教えているけど。

 宿場町の冒険者ギルドは出張所みたいなもんで、規模も小さいから難しいよなぁ。


 オレを教育してくれた親父殿とお袋様に、感謝と尊敬を。


「ありがとうございます。そんじゃ拝見しますね」


 変にからまれることもなかったし、しっかりと資料を確認しませんとね。

 ユリアの安全がかかっているからな。


 えーと。周辺の資料と魔物資料と分布資料と……

 亜人系、獣系はどこにでも出るヤツと変わらない。……あー。なるほどなぁ。


 オレ一人なら面倒すぎて迂回うかいするけど、ユリアなら楽勝な魔物……か。

 ユリアを護衛している身としては戦闘は回避したい、でも迂回するには国境目前で大回りがすぎる。

 回避しないと絶対に戦闘になる……



「それでロルは、宿のおばさまがおっしゃっていた魔物が出る地域を迂回するか。そのまま進むか。を悩んでいらっしゃるのね?」


 ということで、ユリアに相談だ。

 不甲斐なさで穴掘って埋まってしまいたい……


「うん。護衛なのに本当にごめん。どうやっても一人じゃ手数てかずが足りなくて。魔法が得意なユリアの力を借りることが出来たらって……国境の関所まで行くような商隊も無いみたいでさ」


 この先の国境の森に出る魔物は、王都で活動していたときに開拓村からの依頼で討伐に関わったことがあった。

 全然強くはない。むしろ単体ならとても魔物だ。


 虫系魔物「ビッグアント」

 全長はオレの腕の長さほどもある、でっかいあり

 甲殻は有って無いようなもので、一般の成人男性が強く踏み潰しても一撃で倒せる程度。動きも早くない。攻撃方法も一つのみ。噛み付いて来るだけだ。

 単体最弱議論があると、必ず候補に上がるような魔物だ。


 でも、一度に必ず五匹以上で襲ってくる。多いと十匹二十匹は当たり前に遭遇そうぐうする。

 連携もなにもなく、獲物を囲むように四方からただただがむしゃらに噛み付いて来る。

 物理攻撃しか出来ないオレ一人では一度の遭遇で、十匹で無傷は不可能。二十匹以上で致命傷を覚悟する必要が出てくる。


「何を言うかと思えば、ロル。違いますわよ。ロルは護衛ではありません。わたくしの旦那様です」


 脳内が破裂したかのようだ。


 だ、だ、だだだ、旦那様! なんて魅惑の響きだろう。オレがユリアの旦那様。


「次の国に行ったらわたくしもルームから出て、一緒に町を歩いて、一緒に冒険者になって、一緒に生活するのですよ。それにね。ロルがわたくしを頼ってくれるのは、その……嬉しいの」


 ああ。またやってしまった。

 庇護ひご対象としてしか見ていなかった。ユリアはオレよりも優秀だって知っているのに、また遠慮をしてしまった。

 愛を捧げた日に、対等でいて欲しいとユリアが言っていたじゃないか。


 ユリアの覚悟を見誤みあやまってしまった。


「ユリア。ごめんね。対等であろうとしているユリアの気持ちを、覚悟を、オレはないがしろにしてしまった。

 ユリア。ありがとう。国を越えるために。自由になるために。ユリアの力を貸して欲しい」

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