第19話 恩恵「大魔導」

「『つらぬけ』」


 下から勢い良く突き出た地面と同じ色の槍が、数匹のビッグアントの頭部や胴体を貫いたかと思ったら、すぐに何事なにごともなかったように崩れて地面に戻った。



「『穿うがて』」


 空中に浮いた数本の水の矢が、矢の数と同じ数のビッグアントの頭部に刺さり、水音すいおんと円形の穴を残してビッグアントの頭部から水が垂れた。 



「『て』」


 剣を振り下ろしたような風を切る音が聞こえたと思ったら、数匹のビッグアントの頭部と胴体をつなぐ細い首が切断されたのか、頭部が落ちた。



「『はいとなれ』」


 以前にゴブリンでも試していたように、対象は燃やして対象外は燃やさない炎が、数匹のビッグアントの全身を包んでは消える。いつ見ても凄まじい制御力だ。



「『こおれ』」


 何の前触まえぶれもなく数匹のビッグアントの動きが止まったと思えば、硬く握った雪玉を地面に落とした時のようにくだる。

 語感から察すると、急激に凍らせたのかな?



「『つぶれろ』」


 特大の総鉄製ハンマーでも振り下ろされたかのように、数匹のビッグアントが全身を潰された。なぜ潰れた?



「『はじけろ』」


 突如、数匹のビッグアントの頭部が弾けた。 

 なにが起きたか理解が出来ない。



「『ちりとなれ』」


 数匹のビッグアントが塵となった。

 どういうことなの……



 ユリアの恩恵は「大魔導だいまどう」。いなる力をく恩恵。


 恩恵の力が国力に直結する祖国の、次期王妃筆頭に選抜された権能けんのうと言っても過言ではない破格の恩恵。


 自身に宿る魔力も膨大だけど、周囲の魔力も使うことができ、魔力を利用できるものなら大抵のことが出来るらしい。

 ユリア自身も出来ることの幅が広すぎて全てを把握していないらしく、全力で攻撃魔法を行使したこともないと言う。

 本人は「聖女様には到底及びませんわ」と言うけど、回復魔法を使えるだけでもひとつの恩恵として成り立つって知っていますか? 


 道中に負ったオレの怪我や傷はユリアが治してくれていたけど……未熟をいましめるあかしとして、ユリアを守ったあかしとして残してほしいから、説得して傷痕きずあとだけはオレの体に残してもらっている。


 そんな稀有けうでかわいいユリアを、政争の末に国外追放刑に処すなんて……頭の良い人が集まって頭の悪いことをやる典型的な失敗だよ。


 学園在学中に学園祭の出し物で、実行委員同士が揉めてぐっだぐだになった、あれの国家版じゃんよ。もう親父殿か公爵閣下が王様やれば良くない?



「うーん。どれもいまいちですわ。ねぇロル?」


 何やら不満顔のユリアが問いかけてきたけど、何が不満かわからない。

 目の前で起きた蹂躙じゅうりんのどこをどう見たら「いまいちですわ」なんて感想が出るの?

 でも、そのなかなか見せない不満顔もかわいいなぁ。


「どうしたのユリア?」


 声は驚愕きょうがくで震えていないだろうか。

 驚きはしたけど恐れてはいない。慈愛に溢れて綺麗でかわいい女神のようなユリアを、恐れることなんてあり得ない。


 でも、強大な力を使う人は力の及ばない周囲に恐れられることも多く、周囲の反応に敏感だったりするらしい。

 ユリアがもしオレが恐れていると勘違いをしているなら、丸一日かけてでも弁明べんめいするよ?


「どーんってやっちゃだめ?」


 花開くような笑顔がオレを狂わせる。


「いっ。絶対にだめ」


 あぶねぇ。マジで危ないところだった。

 かわいさにやられて、あやうく反射的に「いいよ!」って言うところだった。


 いやいやいやいや。ここまでの魔法を使った蹂躙劇じゅうりんげきを見せて、もっと派手にやりたいの? 周囲を吹き飛ばすつもりなの? 本当にだめだよ。フリじゃないよ?


「しょうがありませんわね。隠密の身ですもの我慢しますわ」


 しょうがなくないんだよなぁ。

 ん? まだって言った? 隠れ潜む必要がなくなったら、どーんてやっちゃうの?

 困った。それを却下する理由がないぞ。

 今は数だけの弱い魔物が相手だから既に過剰ぎみだけど、本来は力の出し惜しみなんて実戦じゃ下の下だ。


 ユリアだって良識があるから、なんでもかんでも破壊するようなことはしないだろう。それは今まで一緒にいたことからわかるし、信用も信頼もできる。

 でも、どーんとやっていい状況なら……やるよね?


 どうしよう。

 今まで戦闘は物理で殴る、地味な冒険者活動しかしたことがないし周りも同じような者だったから、判断材料がほとんど無いぞ?

 

 ユリアの良識と常識に期待しよう。うん。そうしよう。

 やり過ぎそうなら相談しながら二人で、二人のやり方を、二人の冒険者活動を模索もさくしよう。


 ふ、ふ、夫婦だからな!


「ロル。どうしましょう。魔石がいっぱいですわ。魔石の魔力が至るところから感じ取れますわ」


 魔石を感知できて魔石拾いを楽しめるユリアらしいね。

 でも、ここら一帯に散らばる魔石を拾っていたら何年も次の国に行けないよ。


「多数で発生する魔物だから、落ちている魔石の数も多いんだろうなぁ。ユリア。無理に拾うことはないよ。道も整備されていないし、ゆっくり安全に進もうね」


 弱いけど数の多い魔物だ。他の人が倒して拾いきれなかった魔石をユリアは察知しているんだろうなぁ。

 その能力だけでも一財産ひとざいさんだよ。


「よろしくてよ。でも、もったいないですわねぇ。進路上の物だけ拾いながら進みますわ」


 もったいないって、ユリアは公爵家の御令嬢とは思えないことを言うよね。

 そういうユリアに好感が持てるというか、身近みじかに感じることができて嬉しい。


「うん。ルームから出てこんな冒険をするのは初めてだから、無理はしないように楽しみながら行こうね」


 冒険者の練習も一日に数時間程度だ。

 国境へと続く半端な道を、すでに半日ほどはたまに戦闘を挟みながら進んでいる。……戦闘というよりも、ユリアによる蹂躙進軍じゅうりんしんぐんみたいになっているけど。 


 王国でも国境周辺は道が整備されていなかったし、国防こくぼうで簡単に進軍させないように街道をいていないのだろうか。


 それにしてもユリアの側で警戒しているだけで、ここに来てから一度も戦闘してねぇなぁ……でも、ユリアが楽しそうでヨシ!



「なんだか……こんなに魔石がいっぱいあると、拾いたくてウズウズしてしまいますわねぇ」


 本当にユリアは魔石拾いが好きだよね。 

 うん。無理をしないように一緒に拾って行こうか。



「ロル……これ……重いの」


 ちょっ! どんだけ拾ったの? 袋がいっぱいじゃない。袋はオレが持つよ。

 魔石を見付けることはユリアの方が断然得意なんだけど、拾う速度までオレよりも速くない? 気のせい?



「こう……かしら?……『集まれ』……ロル! ができましたわ!」


 魔物は見敵必殺けんてきひっさつとばかりに蹂躙の手は止めていないけど、しばらく魔石を拾わないで黙って歩いていたから疲れたのか。魔石拾いにきたのか。と思っていた。


 魔石回収魔法ってなに? どういうことなの?


 ユリアさん?

 目の前に鎮座ちんざする黒い巨岩きょがんって……もしかして、魔法で集めた魔石でしょうか? 

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