第14話 機能一部解放

「魔石値が超過しました。機能を一部解放します」


 ユリアと一緒に「ルーム」の床に余分な魔石を撒いていると、中性的で平坦な知らない誰かの声が聞こえた。


「ユリア!」


 侵入者か!


 緩んでいた気持ちから一瞬で跳ね上がった警戒心と緊張感で、脳に血液が瞬時に流れ込むようにも、全身の毛穴が開き毛が逆立さかだったようにも感じる。


 窮地きゅうちおちいったときや集中力が高まったときに特有の、周囲がゆっくりと動く時間の中。


 水の中にでもいるかのごとくのろい自分に苛立ちながら、乱暴にならないように急ぎ慎重にユリアを抱き寄せてかばう。


 美しい黒髪の一本すら傷を与えてなるものか。


 周囲を見回しても侵入者はいない。気配もない。


 そもそも許可をしていない者は扉に触れることも、扉が開いていてたとしても「ルーム」内に入ることは出来ないはずだ。

 何年も何度も検証したから、間違いはないはずだ。


 何らかの恩恵で強引に侵入したか?

 でも、攻撃はない。気配すらない。


 さっきの平坦な声はなんだ?

 でも、あれっきり聞こえない。話しかけてもこない。


 扉は閉まっているのになぜ?


 あ。扉になんかある。


 緊張感が緩んだのか、時の流れが元に戻るのを自覚しながら見付けてしまった物を凝視ぎょうしするが……なんだあれ。


 見付けたのは、「ルーム」の扉の内側に張り付いているように存在する金属っぽい板。


 表面にガラスでも貼られているような光沢こうたくの金属製らしき黒い長方形。大きさは胴体が隠れる程度の盾ほどだろうか?


 金属板にはほのかに発光する白い文字で、なにやら表示されている。


 警告文かなにかか?


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 ルーム機能一覧


 ルーム 小  未解放  解放可能

 ルーム 中  未解放  魔石値不足

 食料保存室  未解放  魔石値不足

 キッチン   未解放  魔石値不足

 浴室     未解放  魔石値不足

 トイレ    未解放  解放可能 


 自己強化 残 一

 体力 五

 腕力 五

 耐久 五

 器用 五

 五感 一

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「予想外すぎるだろ。こんなの」


 なんぞこれ。予想外すぎて意味がわからん。


 いや、ここまで簡潔に表示されたらわからないこともないけど……

 一瞬で跳ね上がった警戒心と緊張感と予想の斜め上の結果で、頭が理解をこばむわ。


 ちょっと「ルーム」さん? 前触まえぶれがないとマジで困るよ。こっちは逃亡中の身だぜ? 侵入者かと思うじゃん。

 さっきの声が前触れなの? 初対面でいきなり声をかけるってどうなの? ちょっとお話ししようぜ。


「ロロ、ロル? きゅ、急にどうなさったの? お待ちになって。心の準備が」


 腕の中で顔を赤く染めたユリアがオレの胸に両手を当て、震える瞳で見つめながら問いかけてくる。


 腕の中。ユリア。華奢きゃしゃだ。折れてしまいそう。震える瞳。黒い宝石だ。綺麗だなぁ……


「うわぁ!? ごめんごめんごめんごめん! 声が。何てことを。侵入者が。聞こえて。かばうためで。ユリアを」


 やってしまった。庇うためだったとしても抱き寄せるなんて。背後に庇うとか出来ただろうオレ。


 土下座しよう。まずは誠心誠意、土下座だ。


「申し訳ございません!」


「ロル!? なにをなさっているの! 土下座なんてやめて!」


 土下座するオレと、土下座をやめさせようとするユリアの攻防はオレが混乱してしまったため五分ほど続いた。



「ユリア。ここあるに盾みたいな黒い金属の板が見えない? 光る白い文字で『ルーム機能一覧』とか表示されているやつ」


 咄嗟の行動とはいえ抱き締めてしまった感触を思い出してしまい、まともにユリアを見ることが出来ない。


 マジで「ルーム」さんさぁ。ちょっと出てこいよ。大丈夫。一発殴るだけにするから。


「黒い金属の板? わたくしには扉の白い内側にしか……なにかありますのね?」


 ユリアには見えていないようだけど、「ルーム」の扉みたいに許可を出せば見たり触ったりできるようになるかな。


「これでどう? 見えたみたいだね」


 いきなり現れた黒い金属板を見てびっくりしているから、成功したみたいだ。


「ロル。貴方の体調は大丈夫なの?」


 金属板よりも、真っ先にオレの体調を心配してくれるなんて。

 さっきも「守ってくださったのよね? ありがとうロル」って言ってくれたし、慈愛の天使かな?


「オレの体調に変化はないよ。ルームが拡がるときのような少し力が張る感覚もないね」


 仮称ルームさんの声が聞こえた他は何もない。

 ユリアには声も聞こえなかったらしいけれど。


「良かったわ。ロル。……本当、不思議ですわねぇ。液タブのような」


「エキタブ? ユリアはこれを見たことが? なにか特別な物?」


「うーん。なんと言いましょう。似たような物を知っているけれど知らないとでも言えばいいのか。ロルに隠すようなことでもありませんが、説明が難しいですわね」


 ユリアは公爵家の御令嬢だったし次期王妃筆頭候補でもあったから、似たような魔道具でも見たことがあるのかな。


「そっかぁ。まぁそういう知ってるけど知らないのっていっぱいあるから、気に病まないで。んで、どうしよっか。たぶん危険はないと思うけど、何が起こるかわからないって怖いなぁ」


「ロル。念じてみてはどうかしら?」


「うーん。許可と同じようにやってみたんだけど、ダメそうだ」


 扉に融合しているのか、動かしたりも出来ないしどうしたもんか。


「光る文字にさわるしか無さそうですわね」


「やっぱりそれしか無さそうだよね」



 その後ユリアと一緒に慎重に触ってみると、いくつかわかった。


 一つ。「ルーム 小」などの部屋の名称にれると「適正人数四人の部屋」などの簡単すぎる紹介文が新たに出てくる。


 一つ。「未解放」に触れると「魔石値が足りません」か、「解放しますか? はい いいえ」と表示される。


 一つ。「自己強化」の「体力」などに触れると「強化しますか? はい いいえ」と表示される。


 一つ。「自己強化」の「残」に触れると「魔石値を貯めてください」と表示される。


 うーーーん。雑!

 かゆいところに手が届かない。市販の魔道具に付属するような仕様書が欲しい。


 こんな恩恵聞いたこともねぇぞ。


 神からさずかった恩恵だから、おそらくはが基準になっているはずだけど。

 本当に仕様書が欲しい。


 まず、魔石値ってなんなのさ。「値」ってくらいだから魔石を数値化しているはずだ。

 でも、魔石の「質」も「量」も合算なのか魔石の種類別なのか、「どれだけ貯まっているか」もわからない。


 さらに「不足しています」だけじゃ、「あといくつ」必要かわからない。

 さらに「ルームの解放」や「身体強化」した場合、固定されるのか元に戻せるのかわからない。

 さらに「ルームの解放」と「身体強化」の「残」が共通の値なのか別の値なのかわからない。

 さらに「ルームの解放」をした場合、時間がどれ程かかるかわからない。


「ルーム」に閉じ込められる危険が、絶対にないと言い切れない。


 他にも不確定要素が多すぎてでいいか……と思い始めた。

 でも、ユリアに「現状維持ではいつか詰む可能性」、「使いこなせば安全性も戦力も上がる」などを説かれる。


 さらに「誰かの恩恵ではなくロルの恩恵を信じている」とまで言われたらやるしかないだろう。


 でも、オレにもゆずれないことはある。


 ユリアの安全。


 こればかりはユリア本人の意見だろうが、絶対に譲れない。


 なので「ルーム」強化検証の実践では、王国からの逃走中は常に一人で入っていた宿場町に、初めてユリアと二人で入ることになる。

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