第15話 恩恵「トイレ」

 祖国の王都から追放されたユリアを隣国とはいえ、初めて人目にさらしてしまう。


 宿場町なので王都や領都ほど人はいないが、宿場町へと続く街道は人が常に行き来して警戒が必要だ。


 ユリアの頭に布を巻き、髪を全て隠す。

 神の造形かと思わせる、かわいい顔を隠すなんてとんでもない。町の近くの街道や町中でフードを深く被ろうものなら、入場前から警戒されるし悪い印象が強く残ってしまう。

 すごい美人がいるなと良い印象を与えた方がいい。

 悪い噂ってのは、とんでもない速度で広範囲に拡散するからな。


 最初は「過保護ですわ」「ロルは頑固ですわ」と苦笑していたユリアだったけど、宿場町に近付くにつれて楽しくなってきたのか。


「密偵のようでワクワクしてきましたわ」

 わかる。でも、油断しないでね。


「髪だけではなく手と顔を土で少し汚しましょう」

 ちょっと待ちなさい。その山盛りの土は一度捨てなさい。それは少しじゃない。


「旅装も綺麗ですわね? ちょっと転がってきますわ」

 待って待って! 転がらないで! 泥だらけになる必要はないから! 貧民でもそんなことしないから!


「目も見えないことにいたしましょう。ロル。手を繋いで」

 ユリアを何度もエスコートはしてきたが、手を繋ぐのは初めてだ。小さくて柔らかい。挙動不審にならぬよう、正気を保たなければ!


「いっそのことわたくし奴隷でいいのでは?……ご主人様?」

 心臓が停まるかと思った……


 ものっすごい楽しそうにしていた。やっぱり「ルーム」にこもりっきりはストレスだよなぁ。

 でも、心臓に悪すぎるから手加減してください。心臓に致命傷を負いそうです。



 心臓にダメージを負いながらも、宿場町に無事に到着して宿も二人部屋を三泊取り翌朝に備える。


 まだ日が昇る前の薄暗い早朝、これから「ルーム」の設備追加実験を開始する。何事も起こるなよ。


 ユリアの安全を十分確保した上で、一度「ルーム」内の全てを魔法鞄に入れ「ルーム」から出す。

 これでオレが昏倒こんとうしたとしても、ユリアは一人で生きていける。


 その辺で拾った石と枝と草。野菜くず。パン。干し肉。刃こぼれナイフ。銅貨。ボロ布。予備が複数ある着火用魔道具。木製の小さなおりに入れた生きた兎。など検証のために思い付く限り「ルーム」に残す。


 ユリアに背後を警戒してもらいながら、開放したままの「ルーム」扉の内側。黒い金属板に震える手を添える。


「それじゃ、始めるよ。ユリア。オレになにかあったら……」


 表情が強張こわばっているオレの頬に、ユリアの手が添えられる。


「わたくしのために、ありがとう。ねぇロル。絶対に悪いことは起きないわ。大丈夫ですわよ。わたくしを守った貴方の恩恵ですのよ? 貴方を害することなどないと確信しておりますから」


 なんて慈愛に満ちた笑顔だろう。


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 ルーム機能一覧


 ルーム 小  未解放  解放可能

 ルーム 中  未解放  魔石値不足

 食料保存室  未解放  魔石値不足

 キッチン   未解放  魔石値不足

 浴室     未解放  魔石値不足

 トイレ    解放済

 「多人数が使用できるトイレ」


 自己強化 残 一

 体力 五

 腕力 五

 耐久 五

 器用 五

 五感 一

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 まずは「トイレ」を解放。


 解放した直後に、二つ目の扉が「ルーム」内に出現した。

 慎重に慎重を重ねて放置した物の検品、ユリアに魔力も確認してもらったが何も異常はない。兎も生きている。


 安全確認も終わり、ユリアを背後に庇い「ルーム」内トイレの扉を開ける。


 ……ちょっと。これは。「ルーム」さん。想像の上を行きすぎていませんか。


「……めっちゃ綺麗じゃん。ユリア。でっかい鏡が。すげぇ水がずっと流れてる。こんなの初めて見た。床の土汚れが消えた……掃除いらずか?」


「わぁ。素敵ね。こんな綺麗に映る大きな鏡なんて王宮にもありませんわ。あら? ロル。これって男性用女性用で別れているのかしら」


 とんでもないトイレだった。


 金属板の「トイレ」の表示に触れると、「多人数が使用できるトイレ」とだけ説明文が出るだけだ。便器がいくつか並んでいる程度だろうと思っていた。


 しかし、十才で神から授かる恩恵に「トイレ」という恩恵があったら、こんな感じだろうと思えるほどにすごかった。


 まずトイレの扉を開けると、横長の広い部屋。突き当たりには手洗い場が六。手洗い場の正面には見たこともないほど綺麗で、はっきりと姿が映る


 手洗い場から左右に扉があり、男女で別れているようだ。

 どちらの部屋も全て個室になっており、男女各三つ合わせて六の個室と便器がある。


 便器の中はどこに続いているかわからないが、便から排水はされているのだろう。どこに排水されているかはわからん。


 驚いたことに、この部屋の中では落ちた汚れや、手洗いで飛び散った水が床や壁面、鏡面に当たると。後日に検証してみたが、小石や小枝は消えなかったのである程度の大きさ未満の物は消えるのだろう。掃除いらずだ。


 その日、早速便器を使用してみたが、勝手にから、驚いて下半身丸出しで飛び上がった。


 今まで公爵閣下が用意してくれた高額の野営用排泄物処理魔道具を使用してきたが、この「トイレ」を使ってしまうと他で排泄出来なくなりそうだ。



 安全が確認出来たので今度は「ルーム」の中に入り、扉も閉めて「ルーム 小」を解放してみる。


 万が一があるかもしれないから、ユリアには外で待っていてほしかったが、「わたくしを一人になさるの? ロルの側より安全なところなどありませんわ」と言い負かされてしまった。

 そんなこと言われたら勝てるわけないじゃん。顔真っ赤だわ。


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 ルーム機能一覧


 ルーム 小  解放済

 「適正人数四人の部屋」

 ルーム 中  未解放  魔石値不足

 食料保存室  未解放  魔石値不足

 キッチン   未解放  魔石値不足

 浴室     未解放  魔石値不足

 トイレ    解放済


 自己強化 残 一

 体力 五

 腕力 五

 耐久 五

 器用 五

 五感 一

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 うん。なにもない部屋が一つ増えた。


 金属板の「ルーム 小」の説明にあるように、「適正人数四人の部屋」が一つ増えた。それだけだった。


 トイレを見た後だったので、オレもユリアもちょっと期待しすぎたのかもしれない。


 元となる「ルーム」は、十人以上が楽に生活できる広大な空間となり、既にもてあましている。

 この「ルーム 小」はユリアにプレゼントした。


「わたくしだけ個室なんて」と断ろうとするが、ユリアの魔石回収能力のおかげなんだよね。

 冒険者の練習に出る度に、オレの五倍以上の魔石拾っちゃうんだもの。気になるならこれからもよろしくね。と頼んだら「わかりましたわ!」と張り切ってくれた。


 公爵閣下や一番槍の御者さんに「ユリアーネ様に魔石拾いさせている」なんて知られたら、オレの首が物理的に飛んでしまうのではなかろうか……

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