第42話 わたくしは大丈夫

「おお、これは……」


「草しかありませんわ。大草原ですわ。大草原不可避ですわ」


「ん? 確かにこの大草原は回避出来そうもないね」


「で、ですわよね?」


 ユリアと石碑ダンジョンに足を踏み入れると、見渡す限りの大草原が広がっていた。


 草原地帯はどこにでもあるから見慣れたものだけど、町中からいきなり視界に飛び込むとすごい衝撃だ。


 ユリアも驚くよね。

 初めてのダンジョンで、いきなり広域階層の大草原なんだもの。


 石碑ダンジョンは一階層から三階層が浅層と呼ばれ、階層全てが広域の草原地帯になっているらしい。

 各階層のどこかに階段があり、その階段を上ると次の階層に進める。って情報は得ているし、ギルドで購入した地図にも書いてある。


 わずかに低木が点在しているけど、草も足首が隠れる程度の高さしかないから、視界をさえぎるものはほとんど無いに等しい。


 遠くの方ではスケルトンと戦う人や、おそらく二階層へ進む階段へ向かう人、うろうろと徘徊するスケルトンやゴブリンも見える。


「ユリア。あそこ見える? スケルトンと戦ってるね」


「ええ。間違いなくスケルトンですわ。頭を割りましたから、終わったようですね」


「特に慌てている様子もないから、やっぱりここでは普通にスケルトンが出てくるみたいだ」


「ええ。見渡しが良いですから、視界のどこかに必ず人かスケルトンが見えますね。ゴブリンも」


 驚きも落ち着いたので、いきなり二階層へは進まずに二人で草原を歩き回ってみることに……あ、そういえば。


「ユリア。ギルドでも言われたし地図にも書いてあるけど、再確認だ。無闇にダンジョン入場者へ近付いたり、声をかけてはいけないから気を付けようね」


 どこのダンジョンでも独自ルールはあるけど、他の入場者へ近付かない声をかけない、ってのは基本の共通ルールみたいなもんだ。


「ええ。過去にダンジョン内での犯罪が大きく増加したようですから、ギルドでも真っ先に注意されるのでしょう。その注意を無視して近付いてくる人間は、全て悪意を持つ敵と思った方が良いですわね。

 最初の警告はロルに任せますが、無視して近付いた場合は容赦なく四肢を穿うがちます」 


 そう告げるユリアの表情は、決意を固めているようにも見える。


 大貴族の御令嬢であったからか、非情とも取れる決意と決断を出来るユリアに敬意をいだく。


 心優しいユリアが苦悩しているのは、わかっている。

 好き好んで人を傷付けたいなどと思っていないことも、わかっている。


 汚れ仕事は全部オレがやってあげたい。

 でも、それではいざというときに躊躇ためらいが……


 ユリアは今もまだ命を狙われているはずで……

 危険がある場所になど連れて行かずに……

 それでは幽閉と変わらない……

 オレにはそんな力がない……

「ルーム」で常に守り……

 意味がなくなって……

 自分が情けない……

 心穏やかに……


「ロル」


 ユリアと再確認をおこないながらも、うだうだと情けなく考え込んでいたオレに、ユリアが厳しい視線を向けてくる。


「わたくしを見くびらないで。わたくしは国を追放されたとは言えど、誉れあるスピラ公爵家の長女。聖女ヘレーネ様の盾を務めていた女です」


 聖女様を御守りしていた英雄に向けて、なんと傲慢ごうまんなことを考えていたのか。


 ユリアの気高いこころざしに泥をかけるがごとき、情けないオレの無思慮。


 うつむくオレの両のほほにユリアの両手が添えられ、強引に顔を上げられてしまう。


「わたくしは護られるだけの女ではない。怯えるだけの女ではない。後ろに隠れるだけの女ではない。愛する人に重荷を押し付けるだけの女ではない」


 美しい宝石のような黒い瞳から放たれる眼光が、オレの瞳を射抜いて離さない。


 普段ユリアが絶対に表には出さない、重圧を感じるほどのすさまじい威厳いげん


「わたくしはユリアーネ。貴方あなたの前ではなく。貴方の後ろでもなく。貴方の横に立つ女」

 

 平伏ひれふしそうになるほどの威厳を身にまとうユリアに、万の民を率いる女王の姿を幻視してしまう。


「わたくしは大丈夫ですわ。わたくしは強いのよ? だからロル。自分を責めないで。泣きそうな顔をしないで。いとしいロル。貴方は無力なんかじゃない」


 嗚呼ああ。ごめん。ありがとう。


 愛する貴女あなたの横に、胸を張って立てる男になりたい。



「木の箱?」

「木の箱ですわね」


 たまに遭遇するスケルトンの頭を割り、ゴブリンをしばき、大草原を散策しているとポツンと木の箱が置かれていた。


 あ、これ、宝箱か!


「宝箱だね。浅層の草原じゃ珍しいみたいだけど、運が良かったのかも。ではユリア先生、よろしくお願いします」


 罠があるかもしれないから、ユリアの魔法でちょいちょいとやってもらうと相談して決めていたので、早速先生にお願いしようね。


「ふふふ。もう。しょうがありませんわねぇ。『遮れ』『開け』。はい。どうぞ?」


 先ほどの覇気も威厳もすっかりと消して、楽しげに笑うユリア。


 年頃の少女のように得意気で、自慢気なユリアの姿はとても貴重な瞬間だ。

 ぜひ目に焼き付けないと。って、開けるの早っ!?


「早っ。早すぎてびっくりした。ユリアありがとう。中身は……銀貨だ。それも五枚」


「一階層の宝箱から出る品の中でも、銀貨五枚は当たりではありませんか?」


「うん。一層から三層の宝箱の中身は平均すると銀貨二枚前後の価値らしい。これは大当たりだね」


「まぁ。それではお留守番しているアルに、お土産を買ってあげませんと」


「良いね。何か面白いものがあるといいなぁ。アルがびっくりするようなやつ」


「ふふふ。いいですわね。帰りに用途不明の珍妙なものを探しましょう」


 ユリアと二人で悪い笑みを浮かべ合うけれど……ユリアは悪い笑みが可愛すぎない?



「あら、日が沈んできましたわ」


 大草原を照らしていた日のような光源が、地平線に近付きつつある。


 ダンジョンの中で外と変わらない日が昇っているのも不思議だったのに、夕日はさらに神秘的だ。


「すごいよね。石碑ダンジョンの中では昼夜が存在するって聞いていたけど、実際に体験してみると神秘的にも感じるよ」


「そういえばロルが潜ったことのあるダンジョンは、洞窟型や迷宮型のように昼夜が存在しないダンジョンばかりでしたわね」


 ずっと薄暗いダンジョンしか知らなかったから、広域階層型ダンジョンは動きを妨げるものが無くて、本当に面白い。


「うん。オレの行動範囲と冒険者等級で行けるのは全部そういうダンジョンだったから、なんだかダンジョンに来ているって気がしないんだよね」


 気は抜かないけれど、本当にただ野外活動をしているだけ。って感覚におちいってしまいそうになる。


「ええ。これでは外と変わりませんものね。ロル。今晩はどうなさるの?」


「うん。ちょうど『ルーム』に新しい機能が付いたから、今日はダンジョン内で宿泊出来るよ」


「そういえば昼食時に、あとのお楽しみと仰っておりましたわね。ロッセに来てから『ルーム』に新機能が追加されたのは初めてですし、とても楽しみですわ」


 お楽しみとは言ったけれど、そんなに大層なものでもないんだよね。

 とっても便利ではあるんだけど。

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