第25話 冒険者ギルドにやって来た

 やって来たのは今後オレとユリアの生活の拠点となる町の冒険者ギルド。ドラバイ王国ロッセ町支部。


 剣と斧が交差した冒険者ギルドのでっかい鉄看板って有事ゆうじには盾として使うとか聞くけど、こんなん使う有事って何を想定してんだろ? 初めて訪れる場所でこの鉄看板を探していると、毎回思うわ。

 

 受付は四人。おっさん。お姉さん。おばちゃん。お姉さん。

 ユリアもいるから今日は赤い髪のお姉さんの受付に並ぼう。


「こんにちはー。冒険者ロルフですー。こっちに拠点を移した報告で来ましたー。はい。冒険者証」


「ようこそ、ロルフさん。はい。……お返ししますね。拠点移動の書類はこちらですね。代筆は必要ですか?」


 お。拠点移動で突っ込んでこない。無駄話しない人かな。


「大丈夫ですよ。後で提出しますね。あと、こちらの女性の付き添いです」


 初めて入場した冒険者ギルドの中は新鮮な驚きがあるのか、きょろきょろといろんな所を見ているユリア。

 オレも初めて王都の冒険者ギルドに入ったときは、こんな感じだったなぁ。


「はじめまして。ユリアと申します。冒険者登録をお願いしますわ」


「ご丁寧にありがとうございます。受付を担当しております。ジェシカと申します。……ロルフさん。貴族様のお忍びでしょうか? 別室を用意しましょうか?」


 少し身を乗り出して小声で聞いてくれるジェシカさん。気配りのできる人だ。騒ぎを起こしたくないからありがたいよ。


「買い物に行った先でも言われたね。ジェシカさん。オレもユリアもお貴族様じゃないんだなぁ。ユリアはかわいくて綺麗で品があるから、そう見えてもしょうがないのかな?」


 どんなに地味な旅装りょそうを着用しても、あふれる気品が隠れないなんて。さすがユリアだね。


「もう。ロルったら。ロルだって凛々りりしくて貴族様のようですわ。あの。身元がわかるものがあれば登録も早いと聞いたので持参したのですが……騒ぎになりそうなら移動しましょうか?」


 ちょっと。ジェシカさん。聞きました? ユリアが凛々しいって! 相手に合わせて気配りもするなんて、気遣いの天使かな?

 ユリアを登録しないなんて、冒険者ギルド設立史上最大の汚点になるよ。


「急にいちゃつきますねぇ……ロルフさんの申請もありますし、ユリアさんの登録にも少しお時間は必要、ですね。ええ。では別室に移動しましょう。そうしましょう。こちらへどうぞ」


 この人、冷静そうに見えて内心めっちゃ焦っていた! オレの後ろ並んでるよ!


「ジェシカさん! 並んでる! オレの後ろ並んでるから!」


 後ろの年上の冒険者も苦笑いだよ。ジェシカさん。笑って許してくれる人で良かったな。



 そんな慌ただしい一幕もあったけど、拠点移動の申請も終わり、ユリアも無事に登録が終わって冒険者の一歩を踏み出して……いない。


「ロル。登録したらすぐに試験は受けられますの?」


「受けられるかはジェシカさんの判断だね。説明をお願いしますね」


「ユリアさん。冒険者が活動を始めるには……」


 良く言えば。仕事内容が多岐たきにわたる、世界にまたがったの会員。

 悪く言えば。世界規模で各国に拡がる、の一員。


 そんなもんは領地を納める王や貴族が簡単には職業として許さない。下手すりゃ国軍や騎士団に鎮圧されて終了だ。

 各国、各領地に認めてもらうために、冒険者ギルドには規則があり罰則がある。


 ここまでは冒険者の練習中にユリアに説明もしたし、大昔は今よりも自由で大きな権力を持っていた冒険者ギルドの成り立ちや歴史、規則の記された書物をユリアは読んで知っている。

 すでにオレよりも詳しい。かわいくて頭も良いとか反則では?


 規則と罰則を理解させるための講習があり、試験に合格するまで活動してはいけない。

 読み書きができなくても口頭でも合格できるし、そもそも難しい問題でもない。


 合格して初めて、冒険者として一歩を踏み出せるんだ。


 っていう説明をギルド員がしないといけないから、ジェシカさんにお願いしたんだ。これは規則ではないけど、冒険者ギルドの伝統みたいなもんだな。


「試験を今すぐ受けることはできますの?」


「受けることは出来ますが、一度不合格になると講習が必須になります。それでもよろしいですか?」


「ぜひ」


 説明を受けているユリアの横顔を綺麗だなぁって見ていたら、今すぐ試験を受けるらしい。


 筆記は問題の作成に時間がかかるので、規則の記された本を持ったジェシカさんによる、口頭での試験が始まった。



 簡単に合格した。


 すげぇよ。ユリアは質問に間を置かずに次々に答えて、ジェシカさんが読み間違えた規則の内容に訂正までしていた。

 ジェシカさんもオレもびっくりだよ。まさか暗記したの?


「もしかして規則を、全て覚えて、いらっしゃるのですか? すごいですねぇ。……失礼しました。活動開始試験は問題なく合格です。ユリアさん。頑張ってくださいね」


 ジェシカさんの声が震えるのもわかるよ。わかるわかる。かわいくて頭が良いのは反則だからな。


 これで冒険者として活動できる。

 でも、期待感を膨らませているユリアには悪いけど、ちょっと待ってもらおう。


「ユリア。合格おめでとう。あとでお祝いしようね。ジェシカさんもありがとうございました。ひとつ聞きたいんだけど、新人向けの講習ってオレも受けられるかな?」


「ロルが新人講習を? そこまで心配されなくても、わたくし一人でも講習くらい大丈夫ですわよ」


 ああ! 言葉が足りなかった! 「子供じゃありませんわ!」みたいな顔しないで。不満顔もかわいい。

 ジェシカさんも「なに言ってんだコイツ」みたいな顔しないで、むしろあんたはわかってくれよ……


「ユリアをあなどっているわけじゃないんだ。オレもユリアも知人を頼って他国から来たでしょ? 同じ冒険者ギルドでも地域の特色が大きいって旅をして知ったんだよ。周辺の魔物とか、町中での注意事項とか、運営方法とかいろいろね。

 外国で本格的に活動するのは初めてだから、講習を受けたいんだ。知らないで面倒なことが起きたら大変でしょ?」


 以前に立ち寄ったギルドも資料室が無料だったり、他では出現のまれな魔物が出たりしたからなぁ。

 講習を受けたい理由の半分は、ユリアが心配で一緒にいたいことに間違いはないけど。


「ロル。ごめんなさい。貴方あなたが真剣に考えていたのに、わたくしは浮かれて。なんて幼子おさなごのようなわがままを……」


 ユリア。悲しまないで。


「いいんだよ。ユリア。気にやまなくてもいいんだ。オレこそユリアに相談もせずに勝手に決めてごめんね」


「ロル……ありがとう。愛しているわ」


 ユリアには笑顔でいてほしい。


「っ。ユリア。愛しているよ」


 ユリア。いつでも貴女あなたに愛をささげよう。



「ユリアさん。ロルフさん。お取り込み中ですが、そういう理由でしたら新人講習受けられますよ。もういいですか? いいですよね?」


 あ。ジェシカさん、ごめんね。ユリアしか見ていなかった。講習もありがとうございます。

 ユリアは気が付いて顔が真っ赤だね。恥ずかしがる様子もかわいいなぁ。


 ロッセ支部では参加者が五人以上集まるか、一定期間に一度、新人講習が開催されているようだ。

 すでに今回の参加者は集まっていて、運の良いことに明日開催される。もちろん申し込んだよ。


 だからジェシカさん。そんなに呆れないで。「コイツらなにやってんだ」ってがっつり顔に出てるよ。ごめんて。

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