第31話 超局所的ハリケーン

 ロッセの町の宝石商公爵閣下の諜報機関の店主マリオンさんに用意してもらった、砦を小さな一軒家に無理矢理まとめたような家は基礎が頑丈だけれど外観がいかん廃屋はいおくだ。


「『れよ』……んー。少し時間がかかりそうですわ」


「ぅわぁ……」


 現在、その廃屋のような一軒家は魔法で顕現した超局所的なハリケーンに襲われ、半球状の暴風は家を中心に荒れ狂い、巻き上げられた小石や木片やゴミなどが宙を舞っている。

 基礎だけは頑丈な我が家はびくともしていないんだけど、本当にこの家なんの目的で建てられたんだろうか。


 暴風に巻き上げられた物はこちらには全く飛んでこないし、暴風も半球状の中だけで発生しているのかオレ達には全く風の影響がない。

 さらに防音の魔法も重ねているのか、目視できそうな程の暴風の音も、巻き上げられた物がぶつかる音もんだ。


 半球状の超局所的ハリケーンさえ視界に入らなかったら、今日は穏やかな風が頬を撫で、雲一つない青空が広がる晴天に恵まれている。


 その青空の下で口をパッカーンと開けて声もなく驚いている三名と、なんだか納得のいっていない顔をしたユリア。

 驚いている三名とは、赤髪の新人冒険者アル、ユリア大好き宝石商公爵家諜報機関のマリオンさん、そしてオレだ。

 ユリアが納得のいかない顔をしているのは、自身の予想より時間がかかりそうなことなのか、それとも暴風に耐える頑丈な我が家に対してか……前者であってほしいところだ。



 なぜこのような状況になっているのか。

 廃屋のような一軒家はオレの恩恵「ルーム」を隠蔽いんぺいするための置物おきものなのだけど、住所不定の若い男女ユリアとオレが毎日ボロッボロの廃屋に消えていくなんて数日であっても怪しすぎる。

 てことで木材加工屋の大将夫婦に改装をお願いしたのだけど、できる範囲で我が家の改装準備とお掃除をやろうとなった。


 お掃除なら一人くらいは人手があった方が良いかと、先日の冒険者新人講習と依頼を一緒にやったことで仲良くなった新人冒険者のアルにギルドを通して依頼を出し、それを快諾かいだくして来てくれたアル。

 良い縁は繋いでおきたいからね。


 土地と家の購入代金の返済がまだ残っているので、元々の購入者であり現地協力者であるマリオンさんにも改築と改装を伝えたら、「現場に同行してもよろしいですか?ユリア様のご様子を確認したいです!」と、マリオンさんも参加。本業は良いんですか?


 アルとマリオンさんへ互いの紹介、アルを見定めようとするマリオンさん、この町の有力者の一人であるマリオンさんに焦るアル、アルと話すオレを若干怪しい目で見るユリアとマリオンさんは割愛。


 ……なんか先日もオレとアルが仲良くしていると、ユリアが「ふふふ」と微笑ましく見ていたけど、なにかあるのだろうか?


 そんなこんながあり、ではお掃除を始めようか! となったところで、ユリアが魔法の練習を兼ねて試してみたいことがあると挙手。

 危ないことはしないようにね。とマリオンさんとオレの心配を満面の笑顔で了承したユリア。

 はいっ! と挙手するユリアも、満面の笑みを浮かべるユリアもかわいい。天使かな?


 で、お任せしたら開口一番、超局所的なハリケーン『吹き荒れよ』が炸裂して現在に至るというわけだ。破壊の天使かな?


「……ロルフ兄ちゃん。あれなに? あれやばくない?」


「うん。やべぇな。オレにもあれがなんなのかよくわかんねぇわ。アル。危ないから絶っ対に、あれに近寄るなよ」


「わかった。絶対に近付かないよ。……ねぇ。あれに巻き込まれたらどうなるかな?」


「吹き飛ばされて、小石と木片とゴミとかに滅多めった打ちにされて、家か地面に叩きつけられるんじゃないかな。……あれが発動している間何回も」


「……そっか。ねぇ。ロルフ兄ちゃん。ユリアさん怒らせちゃだめだよ」


「……そうだな。怒らせちゃだめだな。……なぁアル。今日は良い天気だな」


「……うん。良い天気だね」


「……」


 若干放心気味ながらもあれ『吹き荒れよ』の危険性を感じ取ったアルは、やっぱり将来有望な冒険者になりそうだ。


 あとマリオンさん。あなたはいつまで放心してんですか。せめてパッカーンと開いた口を閉じてください。


「……ロルフ様。ユリア様はいつもあのようなことを?」


 あ、マリオンさんもやっと復帰した。

 いつもあんな感じだったらオレの身が持ちませんて、怖いこと言わないでください。


「いやいや。あんな危険なのは初めてですよ。オレも今かなりびっくりしてますからね」


「……そうですか。良かった。……良かった? ちなみに今ユリア様に声をかけてもよろしいでしょうか?」


「オレも初めて見たので、ユリアの集中が乱れて暴発する危険性がないと言い切れません。でも、マリオンさんとオレに危険なことはしないとも言っていましたから、安全は保たれていると思いたいのですが……」


「……全員の安全のためにも終わるまで待っていた方が無難ですね」


「ええ。その方が良いかと。……把握出来ておらず申し訳ない」


「いえ。ロルフ様が謝らないでください。ユリア様には後で私からお話お説教をさせていただきます」


「ええ。オレからもユリアにやる前にどんなことをするのかしっかりと説明するように説得します」


 オレがそう告げマリオンさんを見ると、彼女はとても穏やかな慈愛の表情を浮かべていた。


「お願い致します。……私はユリア様の満面の笑みも、あんなに楽しそうなお姿も初めて見ました」


 そこでマリオンさんはまだあれ『吹き荒れよ』に釘付けのアルにと視線を向け、オレに視線を戻して無言でうなずきを返すだけだった。

 まだアルを見極めている段階ってことですね。わかりました。


「ユリアはここ数ヶ月王都を出てから楽しそうですよ。良く微笑んでくれます。些細なことにも良く笑います。まぁ、ちょっと加減が出来ていないですけどね」


「ふふふ。私達で加減をお教えしないといけませんね。……ロルフ様。ユリア様のお心をお守りいただき、ありがとうございます」


 マリオンさんとユリアが、どのような主従関係を築いていたのか詳細をオレは知らない。

 でも、あれ『吹き荒れよ』の調節をしながらも笑顔で楽しそうなユリアを見つめ涙ぐんでいるマリオンさんは、ユリアを母や姉のように見守っていたのかもしれないと思った。

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