第30話 初依頼達成記念でお揃い

 初依頼が無事に終わって……うん。ユリアだけで整地が終わったな。

 武具の整備も三人で手分けをしたから、めっちゃ早く終わったわ。

 時間もやっと日が暮れてきた程度だ。

 ギルド内も依頼帰りの冒険者が増えてきたし、混雑する前にさっさと帰ろ。


 今は相談受付でユリアとさっきの職員のおっさんが、指名依頼の交渉結果をまとめている。

 一緒に行こうかと言ったが、ユリアに「一人でやってみたいの。ダメ?」と上目遣いで返されたらオレの負けだ。あんなかわいらしく見つめられたら勝てるわけがない。


 念のために近くで待機しているけど……


 ギルドの職員が数名いる受付近くでは、冒険者も変にからんだりはしない。というか悪質と認められれば結構重い罰則があるから出来ないんだけどね。

 仮にバカが物理的に絡もうとしても、ほぼ瞬間的に魔法を行使できるユリアに不意打ち以外じゃ触れることすら出来ないし、職員さん達も一定水準の実力を持っているので大事にはならないだろうという二重の安心感もある。


 仮に商人や貴族崩れの冒険者が、金や権力でおどしてきてもユリア公爵令嬢には効果が無いからなぁ。

 それどころか権力関係での暗躍が得意分野の、マリオンさん達公爵家諜報部隊が時間差で襲いかかるだろうし……


 マリオンさん達諜報部隊は、いろいろ公爵閣下から命令が出ているらしい。

 教えられる範囲で話してもらった。


 一つ。過度にユリアに関わってはいけない。

 一つ。ユリアとロルフが切迫した状態のみ接触を許す。

 一つ。普段は頼ってきた平民の若い夫婦と、知人の宝石商としての立場を崩さない。


 他にもいろいろユリアと関わることに制限があるらしい。

 オレとユリアは元々頼りきるつもりはなかったし、知らぬ国で少しでも頼りにできる相手がいるだけでも心強い。

 周囲が勝手に騒がぬようにという、公爵閣下のオレとユリアに対する気遣いも嬉しかった。


 でも、ユリアと仲良しのマリオンさんは不満なようだ。

 そんなマリオンさんだ。もしもユリアが金や権力で脅されるようなことがあれば、嬉々として相手に襲いかかると思う……


 おもいっきり思考がれた。

 今はマリオンさんじゃなくてユリアだ。


 やらかすバカがいないか心配だけど、それよりもユリアの冒険者としての出発と初依頼の達成を祝いたい。

 記念になりそうな物を贈ろうかと思うけど、何を贈れば良いか……


 ユリアの好みは、その辺の良いとこのお嬢様が好むものとはちょっと違うんだ。


 豪華な物や華美な物は育った環境公爵家的に当たり前の物だったからか、嫌いも好みもしない。

 綺麗な物やかわいい物よりも、実用的な物を好む。

 好きな食べ物は甘いものと辛いもの。

 嫌いな食べ物はないけど、苦味にがみの強いものは苦手にがてだ。

 趣味は読書。時間があれば内容にこだわらず何でも読む読書家で勉強家。


 ふむ。これは困った。マジでなにを贈ればいいかわかんないぞ。


「というわけで。アル。なにを贈ればいいかな?」


 達成報酬を受け取った後も、「そろって解散するまで待つ」と律儀りちぎなアルよ。贈り物選びの良い案でも無いかな?


「なにが、というわけで。だよ。知らないよ。ずぅっとユリアさんをかたったと思ったら、いきなりなに言ってんの」


 妙案が浮かばないんだもの。知恵を貸しておくれよ。


「アルもユリアとの馴れ初めとか興味津々きょうみしんしんだったじゃん。頼むよ。オレを助けてくれアル。いや、アル先輩! なんか奢るからさ。な?」


「な? じゃないよ。先輩でもないよ。……冒険者として初仕事だったなら、冒険者の使う道具で良いんじゃないの? ナイフとか」


 天才か? 冒険者視点が抜けていた! そうだよ! ユリアは冒険者になることを楽しみにしていたじゃん。


「っ天才か!? アル先生! それ採用!」


「先輩とか先生とか気持ち悪いからやめてよね」


「すまんすまん。でもマジでありがとう。その発想はなかったわ……」


 たった一日の付き合いで助言じょげんできるなんてやるな。アル。オレは冒険者なのに全然思い付かなかったよ……


「ギルドの売店でナイフ買ったら? 品質は良くも悪くもないけどつくりは頑丈がんじょうって聞くよ。冒険者ギルドで買ったナイフなら記念になって良いんじゃない?」


 なんかかんや言いつつ適格な助言までしてくれるなんて、やっぱりアルは良いやつだなぁ。


「……アル。お前すげぇな。マジで天才か? もうギルドのナイフしか考えられないわ。ちょっと買って来るから、もしユリアが戻ってきたら頼む! すぐに戻るから!」


 ユリアはまだ職員と交渉中だし、仮にアルが絡まれたらユリアが助けに入るだろう。

 でも待たせるわけにはいかないから、パッと行ってパッと買ってしまおう。


「え? ちょっ! ……行っちゃったよ。兄ちゃんって、ユリアさんが絡むとめんどくさくなるなぁ」


 すまんな。アル。冒険者は拙速せっそくたっとぶと知るのだ。

 あと、めんどくさいって言うんじゃない。聞こえてるからな。



 ギルド内の売店だから見える範囲だったわ。焦る必要なかったわ。


 他のギルドと品ぞろえは変わらないか。

 傷薬や各種ポーション、ロープや小物入れなんかの細かい冒険者道具は品質の違いがある程度だ。


 アルが言っていたとおり、なんの特徴もない普通のナイフだけど大振りで頑丈そうだね。

 ん? このナイフ普通どころか品質良くないか? この品質だったら他じゃ倍以上するぞ。

 腕の良い鍛冶屋にでも打ってもらったのかな? これは確実に買いだわ。


「おっちゃん。これと同じナイフあと二本ある?」


 いろいろ教えてもらった礼にアルにもナイフを贈ろう。

 もちろんオレのもな。三人でお揃いだ。 


「あ? 一人でナイフそんなに持ってどうする。投げナイフなら他で買え」


「いやいや。投げないよ。初依頼達成した新人の仲間に一本づつ贈るんだ」


「なるほどな。にぎりは同じで良いのか? ここには間に合わせの大と小の二種しかねぇから、握りが合わねぇなら町の武器屋か鍛冶屋に頼めよ」


「そんじゃ大一と小二で」


 うん。ユリアとアルには小だな。

 つかが小サイズになると剣身が大振りだから、ナイフってよりも小振りな剣鉈けんなたみたいだ。


 売店のおっちゃんはいかついしぶっきらぼうだけど指摘はごもっとだし、なんだかんだ言いつつ面倒見が良いおっちゃんだ。

 今のところギルド職員に悪意を持った者は見ていないから、健全に運営されているギルドかもしれない。


 ユリアは……まだ交渉中かな? いや、ちょうど終わったところか。

 おいおい。ユリアに近付く十代後半くらいの男の冒険者が二人いるじゃん。


 ハハハッ。オハナシしようぜ?


 ん? 目が合った……反らしたな。ユリアに声はかけなかったが、急に焦りだして怪しい。

 あいつらなにがしたかった? ま。顔は覚えた。ギルドであいつら見かけたらオハナシだな。


「やっぱり。あれやったのロルフ兄ちゃんだったね」


 アルはオレに気が付いたのか? やっぱり優秀だ。もしも一党パーティを組むならアルを誘おう。

 でも、これだけ優秀なんだ。オレとユリアがこの町での生活基盤を整えている間に他の一党に誘われるか。


「なんのことです? あら。ロル。どこに行っておりましたの」


 ユリアは自分が絡まれそうになっていたことに、気が付いていなかったみたいだ。

 今まで無遠慮なナンパなんかされたこと無いよなぁ。

 失念していたオレの失態だ。これからは絡まれることもあると一度しっかりお話しよう。

 ユリアが不快な目に合うのは許せないが……いきなり魔法でとやらないか別の意味でも心配だし。


「ユリア。アル。お待たせ。ちょっと売店で買い物してた。人が多くなりそうだし、ギルドから出よっか」


 ユリア、アルと合流してギルドから出る途中にアルから、「兄ちゃん。あの二人見る目が完全に殺しに行く目だったよ」と言われた。

 ハハッ。いやいや。何を言うんだい。ちょっとオハナシしようとしただけじゃないか。



「ユリア。冒険者としての出発と初依頼達成に記念品を贈るよ。アル。君にも受け取ってほしい」


「まぁ! ロルありがとう! とても嬉しい記念品ですわ! 一生大切にしますわね」


「え。ロルフ兄ちゃんナイフくれるの? あ、ありがとう」


 ギルドから出て解散する前に、ユリアとアルに買ったばかりのナイフを渡す。

 ユリアは記念品には少し武骨なナイフをとても喜んでくれた。その笑顔がオレの少し荒んだ心を浄化するよ。

 アルも受け取ってくれて良かった。ちょっと遠慮していたから受け取らないかもと心配だったんだ。


「アルさんもロルも、わたくしとお揃いのナイフですわ! 素敵ですわぁ」


「アルにはいろいろ教えてもらったからな。アルは明日も依頼受けるのか?」


「うん。明日も受けるつもりだよ」


 ナイフを両手で大切そうに持つアルは明日も仕事か。

 そのナイフを気に入ってくれて嬉しいよ。お揃いだぜ?


「それならさ。オレが発行する依頼を受けてくれないか? 家の掃除で一人人手がほしくてさ。……待て待て。怪訝な目で見るな。正規でギルドを通す健全な依頼だ」


 ここロッセの町のことももっと知りたい。

 年は離れているし新人だけど、優秀な冒険者の片鱗へんりんを見せたアルと知己を得たいと思う。


 話していても楽しいし、ユリアとも仲良くなったからね。

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