第8話 はっちゃけ令嬢とルーム

 追放令嬢失踪計画を進めて数日。


 冒険者としてオレの顔の効く、隣国に一番近い最後の開拓村を出発したが隣国はまだ遠い。


 ここからは開拓村を使うと怪しまれるので、開拓村は使えない。というか、どこに開拓村があるかわからない。

 不意に知らない開拓村に足を踏み入れないため、無難に街道を進む。


 野営はソロなら選択肢に入るが、護衛対象のユリアーネ様が一緒なので絶対に出来ない。


 街道を進めば規模の大小はあるけど宿場町があるから、確実に宿場町に行けるように調整をしないといけないか。


 各貴族が座す領都りょうとなどの、貴族がいる可能性の高い大きな町も回避しなければいけない。

 どこに目や耳があるかわからないからね。



 ユリアーネ様をずっと「ルーム」に閉じ込めているのは健康を害さないか心配でもあるし、心情的にも非常に心苦しい。


 街道を少し歩くくらいはいいんじゃないかとは思うが、彼女の美しい黒髪は王国ではあまり見ない色なので、とても目立つ。

 ローブのフードを被っていても、所作しょさに洗練された美しさがあるから注目を集めるだろう。


「美しくて困る」とは、自己愛の強い人だけの台詞じゃなかったんだなぁ。


 オレの心配をよそに当のユリアーネ様は、社交やらの面倒な上流階級とのお付き合いから離れることで、多大なストレスから解放されたらしい。


 なぜならば、狭苦しい「ルーム」に閉じ込められているというのに、日に日に元気になっていくんだよ。

 元気なユリアーネ様もとても良いものだ。


 ただ、元気になることは嬉しいことなのだが、ちょっと元気が余っているのが困りものではある。


 要するに気味なんだ。


 はっちゃけることを責めることも否定もしないし、オレもはっちゃけ経験者だ。

 ユリアーネ様はずっと抑圧よくあつされた生活を送り、彼女も自らを幼い頃からりっしてきた。


 オレがベルンハルト侯爵家に籍を置いていたときは、かなり自由にやらせてもらっていた。

 それでも、出奔しゅっぽんして冒険者活動に専念するようになった最初の一月ほどは、すごい解放感を感じたものだ。

 その解放感から思い返すと赤面ものの行動をしたので、彼女の気持ちもよくわかる。


 まぁ、彼女のはっちゃけは、オレなんかとは比べ物にならないくらい控え目で、かわいらしいものであったが。



 あるときは。


「ユリアーネ様。目に薄くくまが……体調が優れませんか? すぐにポーションを!」


 日に数回、定期的にユリアーネ様の様子や、道程の進捗報告などで「ルーム」を開いている。


 ある日の朝に目元に薄く隈が出来ていて、もしや体調不良や厄介やっかいな病気かと焦り、各種ポーションを準備しようとしたのだが……


「ロルフ様。その。笑わないで聞いていただけますか? 体調が悪いわけでも、悩みごとがあるわけでもないのです。その。えっと。読書に夢中になってしまって。気が付いたら……朝でしたの」


 はい。かわいい。

 学園に在学中は大好きな読書にほとんど時間が取れなかったらしく、時間を忘れて読書に没頭ぼっとうしてしまったとのことだった。

 恥ずかしそうに、モジモジするユリアーネ様かわいい。


 しかし、旅路での体調不良は命にかかわる大事おおごとであることを、心の中では血の涙を流しながら説明して、夜はしっかり眠ることを約束しました。



 またあるときは。


「ロルフ様。わたくしたちは結婚して夫婦ですのよね?」


「ユ、ユリアーネ様? 突然いかがなさいました? まぁはい。結婚致しましたね」


「では、お互いによそよそしくお話するのは変ではないかしら。わたくしのことはユリアーネと呼び捨てになさって。いえ、ユリアと愛称あいしょうがいいですわね! ええ。愛称にいたしましょう」


「結婚は偽装と聞い……ああ! そのような顔をなさらないで。わかりました。愛称ですね。あ、愛称で。……スゥ、ユ、ユリ、ユリア。

……で、では、ユ、ユリア。私のことも呼び捨てか愛称で呼んで頂けますか? ロルフかロルと」


「っ!? ロルフ様を呼び捨てになんて。……いえ。わたくしが言い出したわがままでしたわ。呼び捨てですわね。ええ。呼び捨てくらいできますわ。あ、愛称? ええ。簡単ですわよ? あ、愛称ですわね? ロルフ様。あ、いえ。えーと。えーと。……ロル?」


 死ぬ。死んでしまう。かわいいが過ぎて呼吸が出来ない。

 恥じらいながら、上目遣いでの愛称呼びは危険だ。

 なぜ小首をかしげたのですか。それは致命傷になる。


 多幸感、恥ずかしさ、緊張、もうよくわからないすさまじい感情が人生で一番荒れ狂い、頭と心臓が破裂するかと思った。


 扉を閉めて座り込んだオレは、かなりヤバイ顔をしていたと思う。



 ユリアのはっちゃけではないけど、衝撃的な出来事もあった。


「……ユリア。ルームがとても拡がっているように見えるのですが。私の目がおかしくなったのでしょうか」


「ロ、ロル。貴方の目は大丈夫ですわ。確かにルームが拡がっているのですが、まずはロルが先です。体調に変化はありませんか?」


「ご心配いただきありがとうございます。体調に変化はありませんよ。少し前から、いつもより若干力が張るような感覚はありますが」


「体調に問題はないのですね。良かったわ。ロル。ごめんなさい。魔道具用の魔石箱を落としてしまって、床一面に魔石が落ちてしまったの。拾っている最中にどんどん魔石が消えて、気が付いたらルームがこの広さに」


 オレの恩恵「ルーム」が、広くなった。


 一般的なベッド、テーブル、椅子を置ける程度だけど、安いの宿屋の一人部屋並みに広いかもしれない。


 ユリアと二人で簡単に実験したところ。

 魔石を「ルーム」内の天井、壁面、床に接触させて少し待つと溶けるように消える。

 そして「ルーム」が少しだけ拡がる。ついでに身体能力が極微小だけ上がることが判明した。


 魔石一つ一つは特別高価なものではないが、小さく数が多い。

 一般的に使われる魔道具は小石ほどの大きさの魔石が主に消費されることもあり、袋や箱にまとめて保管するのが一般的だ。


 オレも魔石は革袋に保管しているから、魔石をそのまま「ルーム」内に放置したことは一度もなかった。

 一つ二つは落としていたかもしれないが、その程度では実感できるほどではなかったんだと思う。


 国外に出て少しは落ち着くことができたら、魔石を集めて「ルーム」がどこまで拡がるのか試してみるのも面白そうだ。



 この事を幼いオレが知ることができたら、葛藤や苦悩せず家を出ることもなかっただろうか。

 今頃は親父殿の七光りで王宮か領地で役職に付き、家族と変わらずすごしていたのだろうか。


 今より幸せに……ならないな?


 いや、ないな。ないない。今より幸せとかないわ。

 

 絶対にユリアと出会うことがなかったわ。

 一緒に旅をして、愛称で呼び合う仲になんて絶対になれなかった。

 偽装だとしても、彼女の親である公爵閣下公認で結婚までしてんだぜ?

 これ以上の幸せがあるかよ。

 

 過去のオレ! 自分が間抜けで良かったな!

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