幕間〜第二王子の情念〜①
俺は、クラウス・フォン・アインデル。
このアインデル王国の第二王子だ。
王子と言っても兄のスペアなので、まぁ、好きにやっている。
大抵の事は直ぐに理解して興味を失ってしまうので、物事に執着したり、何かが欲しくて努力をした事も無い。
加えて、俺の魔力量は産まれつき高いらしく、魔法属性も3つと、異例の体質だった。
そもそもこの王国は大して魔法が発展していない。
帝国では魔法は日常レベルで、帝国人は簡単な日常魔法くらいなら、属性関係無くほぼ全ての国民が使える。
文明も発展レベルも帝国と王国では雲泥の差だ。
その帝国の隣にある我が王国は、その昔帝国の皇子が起こした国だ。
なので、魔法は王族と、その時皇子に追従していた者たち、現貴族達にのみ細々と受け継がれている。
だが近年では、帝国に現れた『赤髪の魔女』によって、簡易で便利な日用品がこの王国でも当たり前に利用出来るようになってきた。
『ド・ライヤー』や『ソ・ジィキ』等が有名だ。
この辺は生活魔法なので、帝国向けと言うよりも、一部魔力の無い物や、我が王国や他国向けなのだろう。
魔法の無い国では大変重宝されている為、飛ぶように売れ、更に帝国を潤している。
王宮や貴族家では生活魔法を使える者を雇ってはいるが、やはりその数は多くは無い。
輸出されるようになった当初は貴重な魔石を使用していたので、やはり富裕層向きであったが、最近ではカラクリとカガクを駆使した魔石無しの物が主流になり、広く一般にも利用されている。
ちなみにカガクとは、帝国の大公が『赤髪の魔女』と共同で生み出した、魔力無しで魔法(生活魔法程度)を使用出来る術式のようなものだ。
それで何が言いたいかと言うと、つまりこの王国で生きている限り、魔法が使えても対して役に立たない、という事だ。
生活魔法は大変便利ではあるが、まぁそれまでた。
それも便利な物が増えた今は、だんだんと無用の長物となりつつある。
王国にとって魔法とは、王族や貴族と平民を分ける為の飾りでしか無い。
実に下らない力だ。
下らない事とは、更に下らない問題を発生させる。
第二王子の俺の魔力量が高い為に、下らない継承問題なんかが水面化で勃発している。
兄は通常の魔力量で、風属性。
弟は魔力量が少ない上に属性も無い。
そうなると、必然的に突出した俺の名前が浮上してくる。
所謂、魔法優勢位派の貴族どもの仕業だ。
魔法を王侯貴族の特別な力と考えて憚らない愚か者の集団。
下らなすぎて相手にもならない。
そいつらを適当に遇らうのにもうんざりしていた頃、親類筋のアロンテン公爵家主催のお茶会で、面白い奴に出会った。
ノワール・ドゥ・ローズ侯爵子息。
王国騎士団のトップ、ローズ将軍の息子だ。
あの無敗の剛将の息子にしては、女みたいな顔をした穏やかな人柄だった。
……が、まぁ流石にローズ将軍の息子。
保有魔力量は半端無い。
既に水と土の2属性を危なげなく操る、俺と同じ異端児というやつだ。
「面白い奴だな。顔に貼り付けたその笑顔は能力を隠す隠れ蓑か?」
俺の言葉にノワールは顔色も変えず、涼しげに答えた。
「僕の能力は僕の為にある物ではありませんから。
父の治める、そしてゆくゆくは僕が治める事になる、我がローズ侯爵領に住む民全てを守る為にあります」
「お前は民の下僕に成り下がると?」
俺は面白くなって続けて聞いた。
「下僕ではありません。
僕も民の1人です。
しかし、立場は違います。
力を持つ者が守らずして、領主も貴族も無いでしょう」
俺はその真っ直ぐで揺らぎの無い目が気にいり、ノワールを側近に指名した。
こいつはのちのち、俺が兄の世を支える時に役立つと思ったからだ。
不思議な事に、ノワールを側に置く事で、俺の周りに有益な人間が集まり出した。
従兄弟とはいえ、それまで特に親しくは無かった筈の、公爵子息、レオネル・フォン・アロンテン。
大司教の息子、ミゲル・ロペス・アンヘル。
近衛騎士団長の息子、ジャン・クロード・ギクソット。
どれも有能で、将来役立ちそうな者ばかりだ。
……まぁ、まだ皆んな幼く、その能力もまだおぼつかないが……ジャンは自分の属性の火の魔法をよく暴発させ、ノワールに鎮火してもらっている。
ノワールの柔和な性格と人当たりの良さで、俺と奴らを結び付けた事を、本人は気付いてもいないが。
当然ながら、皆家が穏健派だった為、新興勢力魔法優勢位派は鳴りを潜め、俺の周りが多少静かになった事も、ノワールを側に置いて良かった事の一つとも言える。
歳のわりに落ち着いていて、いつも優雅な微笑みを、もはやデフォルトのようにその顔に浮かべているノワールだが、奴がその顔を崩し切る時がある。
妹の話をする時だ。
ノワールの話では、産後、病に臥せった母を心配した母方の祖母が育てていた妹が、侯爵家に帰ってきたらしい。
4歳だと言うから、弟のフリードと同じ歳だ。
名前は、キティ・ドゥ・ローズ。
その名前に微かに聞き覚えがあるなと思い、調べてみると、俺の婚約者候補第4位の令嬢だった。
こいつの妹ねぇ……。
俺はノワールの様に優雅な微笑みを浮かべて360℃どこから見ても完璧な4歳女児を思い浮かべてみた……。
うん、無い無い。ノワールミニチュア版は無い。
しかし、ノワールから聞くキティ嬢の話は俺の想像とは少し違っていた。
曰く、自分を見ると猫のように威嚇して、逃げていくところが可愛い。
曰く、遠くから睨みつけてくる目が猫のようで可愛い。
曰く、可愛すぎて撫でようとした手を爪で引っ掻かれた、可愛い。
……いや、可愛いのゲシュタルト崩壊……。
その話から、可愛いを見出せない俺が可笑しいのかと思ったが、周りを見ると、レオネルもミゲルもジャンも微妙な顔をしている。
常日頃、色々な場面でおかしい、あり得ないと噂される俺だが、これに関してはごく一般的な反応だったらしい。
キティ嬢の事に関してだけ、俺とノワールの日頃の評価が逆転するのが面白く、嫌そうにする3人を抑えて、ノワールには多いに語って貰っていた。
それが、ある日を境に変わっていった事に気づいた。
曰く、近寄ってもモジモジするだけで、逃げない可愛い。
曰く、お兄様と呼んでくれるようになった、可愛い。
曰く、抱っこすると顔を真っ赤にして喜んでくれる、可愛い。
曰く、可愛さを自覚したようで、前髪で顔を隠してしまった、可愛い。
だいぶ理解出来る可愛いが増えてきたのだ。
まだ幼いゆえに、人への態度や対応が定まらないにしても、随分な変わりように俺は少し興味を持った。
今までは、妹の話をするノワールを面白がっていただけだが、キティ嬢自体に興味が湧いた。
人が急にそんなに変わる事があるのか?
ノワールは何とも思っていないようだが、俺は大いに気になる。
そこで、ノワールにキティ嬢との面会を申し込んだ。
最初渋っていたノワールだが、キティ嬢の人見知りと怖がりな生活を考慮して、俺だけなら、と許可が降りた。
ちなみに、王子様らしく、気品と上品さと優しさを持って接する事、という条件付きだ。
まぁ、年下の女の子相手に、女の子の好きそうな王子様ごっこをしろという事だ。
条件も面白かったので、俺は受け入れた。
飽きたら何か理由をつけて、さっさと帰ればいい。
そうして俺は侯爵邸に赴き、ノワールがキティ嬢を呼びに行っている間、侯爵邸の手入れの行き届いた庭を眺めながら、ゆっくりと時を過ごした。
明日はあいつら4人の能力向上も含めて、兵団長の鼻の下に鼻毛を描くミッションでも遂行しようかな……とか考えていた時、ノワールが小さな女の子を連れて戻ってきた。
……ん?
俺は首を傾げた。
あいつ、キティ嬢はフリードと同い年と言ってなかったか?
ノワールの連れている女の子は明らかにフリードより幼い。
テチテチと歩く姿は4歳くらいか……?
いや、小さい幼児になど詳しく無いので分からん……。
しかし……。
何か可愛いな。
あれか?あれは動く人形か何かか?
または新種のペット?
やたら動きが可愛い。
俺は両手を広げて、ほ〜らこっちだよ、カム!カム!としたくなる衝動を抑えた。
あっ、躓いてよろけた……。
ノワールがさっと体を支えているのを見て、おい、躓く前に何とかしろ、と何故か苛つく……。
しかし、その小さな女の子の歩幅に合わせている為、こちらに来るのが兎に角遅い……。
いや、いいんだが。
急いでさっきみたいに躓いたら大変だし。
しかし、早くアレを抱っこしてみた……いや、挨拶したい。
もういい加減こちらから向かおうと思った時、一陣の風が吹いて、その女の子の厚い前髪を巻き上げた。
澄んだ真っ直ぐなエメラルドグリーンの大きな瞳は潤んでいる。
少し吊り上がっているところが余計に魅力的だった。
透き通るほど白く滑らかな肌。
幼児特有のプニプニした、ほんのり色づく頬。
血色の良い、ふるんとした唇……。
……これが俺の婚約者……。
(既に〝候補〟が抜けている事に、この時はまだ気付かなかった)
……可愛いの権化、もはや暴力。
よし。連れて帰ろう。
連れて帰って俺が面倒を見る。
毎日可愛がって、ブラッシングして、一緒にご飯を食べて一緒にお風呂に入って一緒に寝る。
よし。決定。
まずは似合いの首輪を用意しよう。
宝石をたくさん付けたら喜んでくれるかな?
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後書き
クラウス君(8才)変態の芽吹き。
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