episode.16

ご機嫌よう、淑女の皆さま…。

女が堕ちるのは一瞬。

皆さまもお気をつけあそばせ。

キティ・ドゥ・ローズでございます。





自分の知りたく無かった一面を知り、1人悶々と、次どんな顔をしてクラウス様に会えばいいのっ!と、のたうち回っている間に時間はあっという間に過ぎて行き、社交界デビューの日になってしまった。


朝からお母様やマリサやメイドさん達によって、湯に入れられ、身体を磨き上げられ、メイクに着付けにヘアメイクに、あれやこれや下から上への大騒ぎ。


恐るべし、社交界デビュー……。

始まる前からデビュタントのHPをゴッソリ持っていくなんて……。

もうほとんど残ってないわよ、HP……。

残り少ないHPで一体何をしろっていうのよ、社交界……。


ああ、懐かしい……。

ボサ子だった日々。

ボサ子だったら、鏡をチラッと見て、うん今日も良いボサ子!ってボサ子チェック終了なのに……。


秒よ?秒。


それが今日は朝からかれこれもう何時間……。

前回【祝義の謁見】の時もこんなだったけど……。

あれは断髪式とかもあったからなぁ……。


それから、このコルセットって狂気、いや、凶器。

完全にイカれてる……。

こんなにギューギューに締め付けて誰が喜ぶのよ!

こんな瓢箪体系をありがたがる文化、滅んでしまえっ!滅っ!


コルセットを装着し、ドレスを着て、髪を結い上げられ、鏡の中の自分を見て私は息を飲んだ。


お約束の「これが……私?」である。


鏡をジーッと見て動かない私に、マリサ達は満足そうだ。


緩く編み込んで結い上げた髪にはロイヤルサファイヤをあしらった髪飾りとティアラ。

ドレスは腰から緩やかに裾へと広がっていく曲線が計算し尽くされているかのように金色の刺繍を際立たせ、とても優雅だ。

ブルーダイヤモンドの首飾りとイヤリングが光に反射して角度によって様々な青い光を放つ。


ああ、実際に身に付けると本当に思う所があるわね……。


これ……総額いくら……?ってね。


汚したらどうしよう……こんなの着てたら王宮のご馳走を心ゆくまで楽しめないっ!


よし、脱ごうっ!

脱いでしまおう!

そんでテキトーに白いワンピースでも着ていこう!

そうしよう!


どう脱げばいいのか背中を見ようとクルクル回っていると、お母様の声がした。


「キティ、王子殿下がお越しですよ」


私はピャッと飛び上がり、ちっと舌打ちをした。


……もう時間切れか……。

ちぇっ、王宮のご馳走はお預けかぁ……。

この世界にタッパーさえあればなぁ、タッパー。


不貞腐れながら階段を降り、玄関ホールに向かう。


そこで待っていたクラウス様に、私は一瞬息を飲んだ。


最近、襟足が残る程度に短く切った金色の髪を、後ろに撫でつけている。

ダークカラーのタキシードに、濃いブルーのドレスシャツを合わせ、胸元にはエメラルドをあしらったラペルピンと、ローズピンクの薔薇を飾っている。


いつもより大人っぽいその装いに、私はクラクラしながら見惚れてしまった。


かっ、格好いいっっっ!

眼福過ぎて、逝ける。

今なら何の憂いも無く逝けるっ!


天からのお迎えを胸に手を当て厳かに待っていると、階段の下までクラウス様が迎えに来て、そっと手を差し出してきた。


「ああ、キティ。美し過ぎて、言葉も出ないよ……」


クラウス様の手にそっと自分の手を合わせると、クラウス様はほうっと溜息をつきながらそう言った。


いや全部、そのまま貴方にお返しますよ、その言葉。


私なんて、所詮馬子にも衣装の付け焼き刃。

衣装の豪華さで目くらましてるだけ。


対してクラウス様は、流石ロイヤルの神々しさ。

着慣れ感もこなれ感も私なんか比べようもないっ!


出てるわ〜、レベル.1の布の服と棍棒と、レベルカンストの最強装備と伝説の剣の差!


私今日、こんなやり込み勢の隣歩くのっ⁈

ちょっとレベルが違い過ぎて、お友達紹介されても盛り下がるだけだと思うの。


やり込み勢にしか分からない会話とか、どうせ当人達は気付きもしないで、私を置き去りにするんでしょーーっ!


一瞬にしていじいじモードになった私に、クラウス様は首を傾げた。


「どうかした?キティ」


「あの、クラウス様が素敵過ぎて、本当に隣を歩くのが私で良いのかなって」


私の返事にクラウス様は一瞬目を見開いて驚いた顔をした。


「何を言ってるの?キティ。

今日の君は美しく輝き過ぎて、眩しいくらいなのに……」


そうして、私の前に跪き、恭しく手を差し出した。


「美しい人、今夜貴女をエスコートする栄誉を、どうかこの愚かな貴女の愛の下僕にお与え下さい」


そう言って美しい顔で優雅に微笑む。


私は真っ赤になって、クラウス様の手にそっと自分の手を乗せた。


その私の手の甲にそっと唇を押し当て、クラウス様は悪戯っぽく軽く片目を瞑った。


いやあぁぁぁぁっ!王子やでぇぇぇっ!この人っ!

絵本かっ!絵本から飛び出してきたのかっ!

飛び出す絵本かっ!


興奮して肩をハァハァゼィゼィいわす私を乗せて、クラウス様の豪華な馬車が王宮に向かう……。


馬車の中でクラウス様は少し頬を染めて、恍惚の表情で言った。


「キティに傅くのもいいね。

……癖になるかも……」


やめてぇぇぇっ!もう開かないでっ!

新しい扉は開かないでっ!


私はガクガク震えながら、窓の外を胡乱に眺めた……。


しかし、別れ際のあのお母様の意味深な言葉は何だったんだろう……?


「キティ、今日は社交界デビューおめでとう。

きっと素敵なサプライズが待ってると思うわ。

淑女はどんな事が起きても、堂々と胸を張っていなさいね」


そう言って片目を軽く瞑ったお母様……の隣で泣き過ぎてえづいてたお父様、今頃大丈夫なのかしら?




馬車は王宮に着き、いよいよ私の社交界デビューが始まる。

貴族の令嬢に生まれた限り、覚悟はしていたが、正直派手に帰りたいっ!


帰って自室のベッドで今日のクラウス様のスクショを眺めつつ、ゲフゲフ言っていたい……。


「キティ、とても綺麗だよ」


重厚な扉の前でドキドキしながら待っていると、後ろから声を掛けられた。


ノワールお兄様がシシリア様と一緒に立っている。

そう、今日のシシリア様のエスコートはノワールお兄様が務めるの。


シシリア様には第三王子殿下という立派な婚約者がいるというのに、何故?っと思うけど、何か色々あるらしい。


シシリア様は繊細な総レースのマーメイドタイプのドレスを着ている。

パープルブラックの髪を高く結い上げて、右肩に艶やかに垂らしていた。

首元にはシャンパンカラーのブラウンダイヤモンドをあしらった首飾り。

そこだけが、少し惜しいな、と思ったり。

シシリア様には、濃いブルーの宝石が似合いそう……夜の海を思わすような……。


まぁ、ブラウンは第三王子殿下の目の色だし、シシリア様の気遣いよね。


お兄様の正装姿もとても素敵だった。

胸元にクラウス様と同じようにローズピンクの薔薇を飾っている。


「ありがとうございます、お兄様。

お兄様もとっても素敵です」


にっこり笑うとお兄様は花が咲き綻ぶように微笑んだ……。


ちょっと、この場にいるデビュタント達に喧嘩売るのやめて下さらない?

自分が極上美人だと自覚してっ!お願いですから。


そのお兄様の極上笑顔に、シシリア様も若干引き気味だ。


「ノワール……もういい加減妹離れしとかないと、後が辛いわよ?」


ああっそんなっ!シシリア様っ!

将来的にはお兄様と手に手を取って領地運営しつつ、お兄様の子供達に囲まれて、叔母様っ叔母様って言われて暮らす計画なんですっ!


引き離さないでっ!

後生ですから、私達兄妹を引き離さないでっ!


お兄様にベッタリ依存する気満々の私は青くなった。


「シシリア……そんな必要は無いよ……。

邪魔な虫さえ駆除してしまえば、僕達兄妹にはもう何の問題も無くなる。

そうすれば、僕とキティはずっと一緒にいられるんだから……」


お兄様っ!なんて頼りになるのっ!

虫って何のことかしら?とか疑問はあるけど、とにかく、言質は取りましたわよっ!


「……うわっ」


ドン引きシシリア様。


「もう最近、お前の不敬がもはや癖になってきたよ…」


白目&遠い目のクラウス様。



「ご入場の時刻です」


その時、扉の前の侍従さんが深く頭を下げながら告げた。

いよいよだわ。私はグッと顔を上げる。


「キティ・ドゥ・ローズ侯爵令嬢、並びにクラウス・フォン・アインデル第二王子殿下、ご入場〜」


高らかに名前を呼ばれ、私はえっ?とクラウス様を見た。


クラウス様は悪戯っぽく片目を瞑る。


いくら今日はデビュタントが主役だからって、流石に私より後にこの国の王子が名前を呼ばれるなんて……。

クラウス様の様子から、事前にそう言い付けてあったみたいだけど……。


やり過ぎです。もう勘弁して。


私は引き攣った笑顔で、クラウス様にエスコートされ、入場した。


王宮の大広場は絢爛豪華に飾り立てられ、正装した紳士淑女に歓声と拍手で迎えられながら、私は一歩一歩淑女らしく歩く。


あっ!ちょっと痛いっ!

視線が凶器っ!


第二王子殿下にエスコートされて、しかも頭から爪の先までクラウス様カラーの私は、さっきからチクチク刺さる敵意のある視線から逃げる事も出来ない……。


……だから、嫌だったんだよぅ。しくしく。


最奥の王族の皆様の前で足を止め、私は最上級のカーテシーでご挨拶をする。


「キティ・ドゥ・ローズ侯爵令嬢、本日はおめでとう。

大変美しい所作ですよ」


王妃様にお言葉を貰い、ゆっくり顔を上げる。


国王陛下の隣に王妃様、反対隣に王太子殿下が座っている。クラウス様のお兄様ね。


皆様、王族の正装をされている。

マントを付けたやつ。

私は思わずクラウス様をチラッと見てしまった。


「俺は今日、キティの添え物だからね。

キティを引き立たせる為に隣にいると思ってくれていいよ」


いや、思えるかーいっ!


やり過ぎである、まったくのやり過ぎである。


クラウス様の王子様マント姿を見たかったとかじゃ無いんだからねっ!


私達が場所を横に移動すると、次はシシリア様が王妃様よりお言葉を頂いていた。


それにしても、シシリア様の婚約者である第三王子殿下の姿は、影も形も無い……。


一体、本当にどうなっているんだろう……。


全てのデビュタント達が王妃様よりお言葉を賜り、次はいよいよデビュタント達のダンスでパーティの幕が開く。


ファーストダンスは必然的に、私とクラウス様になると思う。

次にシシリア様とノワールお兄様……。


頭の中でダンスの手順をおさらいしていると、急に国王陛下が立ち上がった。


そして、会場の隅々まで届く威厳のある声が響いた。


「今年、社交界デビューする美しき令嬢達の中から、我が息子、クラウスの婚約者となるご令嬢を、この場を借りて、皆に紹介しようっ!」


続けて、国王陛下は私の方に視線を移し……。


「キティ・ドゥ・ローズ侯爵令嬢であるっ。

皆、若い2人を祝福してほしいっ!」


わぁっと歓声が起き、拍手が湧き起こった。


実質、王命キターーーーーーっ!!!


私は微笑みを顔に貼り付けたまま、真っ青な顔色でお父様とお兄様を見る。


2人は私同様、真っ青な顔で首をブンブン振っていた。


次にお母様を見ると……優雅な微笑みを浮かべて満足そうに笑っていらっしゃる……。


お、お母様ーーーーっ!


ど、どっから?いつから?

誰と誰と誰が仕組んでたのっ?


内定されたとは聞いてたけどっ!

何とかまだ覆せるんじゃ無いかと淡い期待を抱いていたのにっ!

王命じゃ、もうっ……。


脳内でアヘアヘ笑う自分……。

笑うしか無い、もう笑うしか無いっ!


「さ、キティ。踊ろう」


まったく通常運転のクラウス様にされるがまま、私達はファーストダンスを踊り始めた。


キラキラ輝くシャンデリアの下で、クラウス様が艶やかに笑う。

その魅惑の微笑みにぼぅっとしつつも、私はあ゛あ゛〜っと内心、頭を抱えた。


1週間後には学園の入学式。

それはつまり、クラウス様とヒロインの出会う日。

婚約者という私の立場が、この美しい王子様を浮気野郎に堕としてしまう事になるなんてっ!


なんて罪深いんだっ、私は。

これならまだ、原作通りキャンキャン言ってた方が誰も傷付ける事も無かったのにっ!


間近に迫るその日を思って、私はクラクラと目眩を感じていた……。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





後書き


壁ドンっ!


キティ父「ど〜ゆ〜事だよ、あ゛あ゛ん?」


王様「だって、息子に頼まれたんだもん……」


キティ父「もん、じゃないんだわ、もん、じゃ」


壁ガン(蹴り)


キティ母「あなた……」


キティ父「……そ、ソニアさん……!」


キティ母「我が国の王にヤンチャ絡みしてないで、ちょっと私と話を致しましょう……」


キティ父「……はい」



王様「あぶなーっ、助かったー」


宰相「王……」


王様「なに〜?」


宰相「いい加減にしておかないと、ルイスにこの国滅ぼされますよ」


王様「…………。」


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