episode.27

ご機嫌よう。キティ・ドゥ・ローズでございます。

早いもので、学園生活も、もう2学期を迎えました。

えっ?時が経つのが早い?

まぁ……皆さま、リアルでもそんなものですわよ?






夏休み最後の数日を自分の邸で過ごした私は、新学期は邸から学園に向かった。


新学期早々、生徒会の仕事は山積み。

それをお兄様の指導の元、着々と片付けていた時、部屋の扉が開かれ、数日ぶりにお会いするクラウス様が生徒会室に入っ……てこない?


生徒会室の扉を開けた瞬間、クラウス様は片手で口を押さえ、真っ赤に顔を染めて立ち止まって固まっている。


私はうろんな目でそれを見上げる。


「キ、キティっ!どうしたのっ!それっ!」


クラウス様が驚愕の声を上げると、何故かノワールお兄様がニコニコとご機嫌な声で答える。


「これですか?実は先日シシリア様からとても素敵なヘアゴムを頂きまして、うちのマリサが腕によりをかけて仕上げた次第ですよ?」


ふふふ〜んと、これまた何故か誇らしげなノワールお兄様。


「かっ……くそっ!可愛すぎるっ!」


吐き出すようにそう言うクラウス様。


王子様がくそっとか、言っちゃいけないと思います。


……そう、私は今日、キティ人生2度目のツインテである。


【祝義の謁見】の時に、何故かマリサにツインテに仕上げられて以来の暴挙だ。


私はこの件の原因であるシシリィを下から刺すように睨みつけた。


そう、気分はヤンキー。

オラオラねーちゃんよぅっ!どーしてくれんだぁ、コラっ!である。


先日シシリィから贈られた、どう見ても最高級の宝石で作られた、ヘアゴム……。

国宝級の宝石がサクランボの形に加工され、ヘアゴムに……。


馬鹿なのっ?何度も言いますが、馬鹿なのっ!

何でマジで作っちゃう訳っ?

ヘアゴムだよ?ヘアゴムに必要あるっ?

国宝級の宝石ぃぃぃぃっ!


私は受け取ってすぐにベッドの下に蹴り隠しておいた筈なのに……。

何故か今朝ドレッサーの前に座ると、目の前に置いてあったのよぉぉぉぉっ!


ニマニマ嬉しそうに笑うマリサの顔に目眩を感じた、爽やかな朝……。


ねぇ、マリサ、違うよね?

〈キティちゃんにツインテにしてもらう会〉の回し者じゃないよねっ?


自分の身近にまで迫る〈キティちゃんにツインテにしてもらう会〉の脅威に私は足をガクガク震わせた。


怖い……。

身近にまで迫ると、こんなにも怖いとは……。


あと、マリサの瞳孔が開きかけていたのも、もう、トラウマ……。


ノワールお兄様は私の姿を見て膝を突き、何故か神に祈りを捧げ出すし。

お父様は学園にも王宮にももう行かなくていいって騒ぎ出すし……。


ローズ侯爵邸、朝からカオス……。


お母様が笑顔でお父様の首をキュってして、意識を飛ばしてくれたお陰で登校出来たけど。


……密かに皆んな〈キティちゃんにツインテにしてもらう会〉の会員なんじゃないかと、疑う自分がいる……。


嫌だっ!あの会に包囲網敷かれてるとか、嫌すぎるっ!


それもこれも、全て、シシリィのせいっ!

と、私は恨みがましくシシリィを睨みつけた。


涎を垂らしてこっちを見るんじゃないっ!


「シシリア、良くやった」


クラウス様とシシリィが全開笑顔のサムズアップをし合う。


ねぇ、あなた達まで会員じゃ無いよね?


あっ!お兄様までっ!何なの、そのサムズアップッ!


そうなの?皆んな会員なのっ⁈

私は何を信じれば良いのっ!


涙目で周りを見渡すと、レオネル様、ミゲル様、ジャン様が無実だとばかりに全力で頭を振っている。


エリクさんとゲオルグ様は何の事か分からない、と言った風で、無表情で様子を眺めていた。


そして、エリーさんと目が合う。

エリーさんは無表情でコクンと頷き、胸ポケットからピンクゴールドに光る高級そうなカードをスッと引き抜いた。


私はそれをじっと見て、ワナワナと震えた。

エリーさんは何も言わず、またそのカードをスッと胸ポケットに戻す。



……しっかり、書いてあった。


キティちゃんファンクラブ

〈キティちゃんを全力で守る会〉

会長 シシリア・フォン・アロンテン



乗っ取ってるーーーっ!

いつの間にか会を乗っとって掌握してるーーーッ!

名前もまた変わってるーーーっ!

そんで、お前が会長なんか〜〜いっ!


プルプル震えながらシシリィを見ると、シシリィはキョトンとした顔でクラウス様を指差し、不思議そうに言った。


「何驚いているの?ちなみに名誉会長はこいつよ?」


何やってんのよ〜〜っ!

夏休み中にこの人達何をやってんのっ!

何で〈キティちゃんにツインテにしてもらう会〉を掌握してんのっ!

何が目的なのよーーっ!


私はさめざめと泣き崩れ、ツインテの威力を呪った……。


一体、何が彼らにここまでさせると言うのか……。



………それから、にこにこご機嫌なクラウス様の膝の上(定位置)で、しっかり生徒会の仕事をこなす私。

ちなみに定位置についた私が使いやすい高さの机がしっかり置いてある。


「ちょっと予算の事で部を回ってくるよ」


ノワールお兄様がそう言って立ち上がったので、私も慌てて立ち上が……れないっ!


クラウス様に腰をガッチリ掴まれていて、逃げ出せないっ!


私の腰に回されたクラウス様の腕を何とか外そうともがきながら、私はお兄様に声をかけた。


「私も、私も行きます」


なんたって私の仕事は会計補佐。

お兄様について、しっかり仕事を覚えなきゃ……って思うのに、外れないなっ!この腕っ!


「いいよ、キティは。男臭い部もあるからね。

キティはそこでは無く、僕の机で良い子で待ってて」


ギラリとクラウス様を睨むお兄様。

クラウス様はそんなお兄様に、余裕で手をヒラヒラとさせて、いってらっしゃいのジェスチャー。

終いにはシッシッと追い払う仕草になり、お兄様は舌打ちしながら生徒会を後にした。


「さて、キティ。ちょっと俺の執務室で仕事を手伝ってくれないかな?」


お兄様が完全に居なくなった事を確認してから、クラウス様は口を開いた。


私は小首を傾げながら、答える。


「はい、もちろん。私に出来る事でしたら」


クラウス様は嬉しそうに笑ってゆっくり頷いた。


「キティにしか出来ない仕事だよ」


そう言われて、私はますます首を傾げた。

この生徒会の仕事で、私にしか出来ない事ってあったかしら?


訳もわからないまま、私はクラウス様に抱き抱えられたまま生徒会室を後にした。


なんか、すれ違う時シシリィが『爆ぜろ』って呟いたような……。


気のせいかしら?





生徒会長専用の執務室に入ると、クラウス様は後ろ手にガチャリと鍵を閉める。

その後直ぐに、防音の魔法を展開した。


な、何で?


不思議に思ってクラウス様を見上げると、クラウス様は瞳孔の開ききった目で、じっと私を見ていた。


ヒュッ。

私は息を飲んで、ガタガタと震え始める。


ジュルッ。

そんな私の様子を見ていたクラウス様が、涎を垂らした。


お、お、王子様が涎を垂らしたーーーっ!


どどどどどうしょうっ!


私的には有りか無しかで言えば有りだけどっ!

それが最推しってもんだけどっ!


いいのっ?ビジュアル的に問題ないとこがクラウス様の凄いとこだけど、でもこれいいのっ?


私が動揺しきってワタワタしていると、クラウス様がボソッと呟く。


「可愛い……」


そして更に私を穴が空くほど見つめる。


「可愛い……めちゃくちゃにしたい……」


ほうっ?可愛いとめちゃくちゃにされるのか……。


いやっ!おかしいおかしいっ!

しないよっ?可愛いものをめちゃくちゃには、普通しないよっ!


クラウス様はギュッと私を抱く腕に力を込める。


「あの、クラウ……んむっ」


私がどうしたのかと開きかけた口を、クラウス様が自分の唇で塞いだ。


「はっ、んんっ」


水音を立てて繰り返される深い口づけに、私は反射的に応える。

舌を絡ませ刺激されて、頭がぼぅっとなると、今度は唇ごと食べられるように貪られてしまう。

いつもより激しい口づけに、私の息は既に荒く、身体がどんどん火照っていった。


まるで自然な流れのようにクラウス様の手が私の胸を包み、私はピクリと体を揺らした。

クラウス様の唇が私から離れ、銀糸の糸が2人を繋いでいる。

ボゥっとしたままクラウス様を見上げていると、クラウス様はたまらないといった様子でボフンッと私の胸に顔を埋めた。


「………無理……可愛すぎて死ぬ……」


クラウス様のその呟きに私が慌ててアワアワしていると、クラウス様はクスクス笑いながら私の首筋に唇を這わせ、チュッチュッとキスを繰り返した。


「わっ、あっ、あのっ、クラウス様っ、んっ、やっ」


いちいち反応して声を上げる私にクラウス様はご機嫌な様子で執拗にキスを繰り返す。

もじもじと膝を擦り合わせると、それに気付いたクラウス様が胸を揉みながら耳元で囁いた。


「キティ、可愛いね……ねぇ、この奥は今どうなってるの?」


そう言いながらスカートの中に手を滑らせ太腿を撫でるクラウス様に、私はビクンッと体を震わせた。


「……あっ、やぁっ、は、恥ずかしい……です……」


涙を浮かべて必死で訴えると、クラウス様は何かを我慢するように体を強張らせ、そのまま動かなくなってしまった。


ややしてクラウス様は何かを無理やり押し込めるように眉間に皺を寄せ、グッと体に力を込めるといつものように優しく笑っておでこにキスをしてくれた。


「好きだよ、キティ。たとえ君から同じように気持ちを貰えなくても。

俺はこうして君と過ごせるだけでもう胸が一杯なんだ。

少しづつ教えてあげる、俺が君をどれほど想っているかを………。

この体に刻み込んで、もう俺無しじゃ生きられない体にしてしまおうね」


耳たぶにチュッとキスをされ、私は目を見開いた。


クラウス様の言葉に、衝撃が止まらなかったからだ。


そうだ、私はクラウス様に想いを伝えていない。

クラウス様は私がクラウス様をどれほど想っているかを知らないんだ。

今まで、クラウス様の一方的な想いなのだと、勘違いさせてしまっていたんだ。


クラウス様はいつも、好きだと、愛していると言ってくれるのに、私は何も返せていない……。


本当に、このままでいいの?


確かに、どうなるか分からない自分の運命にクラウス様を巻き込みたくない。


でも、せめて、想いは伝えたい。


私もクラウス様が好きだと、心からお慕いしていると、知っていてほしい。


その為に私にはやる事がある……。


私はやっと今の自分と向き合う事を心に決めた。


これが正しい事なのかは分からない。

でも、いいの。

運命がどんな風に私を貶めても、私はクラウス様への想いを貫きたい。

胸を張って、クラウス様に告白出来る自分になりたい。


そして本当は私がクラウス様の全てを手に入れたい………。

例え叶わない夢だとしても、夢見る前から諦める今までの自分じゃ、もう居られない………。


自分が傷付く事から逃げていてはこの先には進めないのだから。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






クラウス様の生活魔法ですっかり元通り、綺麗な状態に戻してもらった私は、いつものクラウス様の膝の上に座っている。


クラウス様は嬉しそうに私のツインテでわふわふ遊んでいた。


「あの、クラウス様。これがお気に召しましたか?」


私が聞くと、クラウス様はカッと頬を赤くして、手の甲で口元を隠した。


「お気に召したどころじゃないよっ、すごく可愛いっ!大好きっ!」


凄い熱量がビシバシ飛んでくる。

私は非常に不本意だが、でもやっぱり好きな人の嬉しそうな顔には敵わない。


おずおずとクラウス様を見上げて、聞いてみる。


「あの、でしたら、これからは、たまに……」


「えっ?毎日?毎日してくれるの?」


言葉の途中でクラウス様に被せられ、たたみ込まれる。


めっちゃ被せてくるやんっ!

しかも人の話聞いてへんやんっ!


私は否定しようと、胸の前で両手をぶんぶん振るが……。


クラウス様にキラキラした期待の目を向けられ……。


しばし見つめ合った後、冷や汗を流しながら、仕方なく答えた。


「……クラウス様が、そんなにお気に召したなら……」


くっ、負けた。

顔が良い。

勝てる訳が無い。


あんなキラキラした目で見つめられたら、そりゃどんなお願いでも叶えてあげたくなるってもんでしょっ?


す、す、す、好きな人なら、尚更っ!


クラウス様は破顔して、心の底から嬉しそうに私の髪を撫でた。


「ヘアゴムをたくさん用意しなきゃね。

キティはどんなデザインが良い?

宝石は何が好き?魔石でも作ろうね」


ウキウキわくわくした様子のクラウス様に、私は、ひーーーっとガクブル震えた。


出たーーーーーっ!

ロイヤル発言、キターーーーッ!


シシリィから贈られたこのヘアゴムだけでも頭が痛いのに、これ以上増やされてなるものかっ!

と、私は頭を捻る。


プラスチック……はたぶんこの世界にはまだ無い、から。


「あ、あの、私は宝石とかより、木とかで充分なのですが……」


言った途端、クラウス様の目の瞳孔が開く。


「木?キティの美しい髪に、木?」


低い声で呟かれ、私は震え上がった。


「わ、わぁ、嬉しいな、宝石キラキラのヘアゴム〜」


完全なる棒読みである。


しかし、クラウス様はにっこりご機嫌に戻ってくれた。


ううっ、おねだりしちゃったよっ!

そんで、贈られるんでしょ?

国宝級の宝石で作られた幼児向けデザインのヘアゴム〜〜〜っ!


私は滝のように流れる涙を止める事が出来なかった……。






数日後。


私はドレッサーを前にして、顔を引き攣らせていた。


ドレッサーの上には、色とりどり、デザイン様々なヘアゴムが所狭しと並べられている。


全て繊細なカットを施された、一級品の宝石で作られている……ヘアゴム……。


熟練の匠に何を作らせてんのよーーっ!


「キティお嬢様、さぁ、今日も可愛くツインテに致しましょうねぇ〜〜」


背後から迫る、マリサ。


鏡に映るマリサの目は、瞳孔開きっぱなしだった……。



夢にっ!夢に出てくるからっ!

もうやめてーーーーーっ!

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