episode.40-1

ご機嫌よう、皆さま。

いよいよ、悪役令嬢、キティ・ドゥ・ローズ。

最愛の方と幸せになりますっ!






四月の気持ちの良い風が通り過ぎ、王宮の庭園には色とりどりの花が咲き乱れる。


今日は私の誕生日の前日。

そして、クラウス様との婚約式の日。


婚約式にて正式に宣誓書にサインし教会に提出すれば、どちらからか勝手に婚約破棄をする事は出来なくなる。


婚約を白紙に戻すには、教会の審問を受け、受理されなければならない。


王族や王侯貴族にとって、婚約式とは形式的なものでは無く、それ程重要な儀式なのだ。


なので婚約式を済ませると、既に夫婦として扱われる事が多い。


王家のしきたりだけでは無く、機密についても知らされるので、婚約式を終えた王族が婚約を白紙に戻した前例はまだ一つも無い。


ちなみに、シシリィやエリオット様は、まだそれぞれのお相手と婚約式を行なっていない。


つまり、兄弟の中でクラウス様が1番に婚約式を行う事になる。


久しぶりの慶事に王都中が湧き立っていた。



私は自分に用意された控室の大きな姿見の前で、そこに映る自分の姿に頬を染めた。


ピンクゴールドのチュールを何枚も重ね、裾がバルーンになっている、この世界では珍しいドレス。

贅沢にパールがふんだんにあしらわれている。


ローブ・デコルテデザインだけど、首からレースがあしらわれ、過度な露出にはならない。


ティアラは私の瞳と同じ色のエメラルドで飾られていて、耳飾りと対になっている。


ネックレスは、いつも身に付けている、クラウス様から贈られた、SSGRな例のアレ。


今日もつけていて欲しい、とクラウス様から言われている。


「これを、クラウス様がデザインなさっただなんて……」


「まるで、私の為にあるようなドレスだわ。

キティ、夢みたい……」


……私の一人称は、決して〝キティ〟では無い。


「シシリィ、台詞を勝手に付け足さないでくれない?」


ジト目で振り返ると、シシリィはニマニマと笑っている。


「しかし、アイツにしては随分可愛らしい事するじゃない。キモっ。

キティカラーで身を包んだキティを丸ごと頂こうだなんて、本当にキモい。

一周回ってキモっ!」


私は無言でシシリィの両頬をつねった。


「ごめんにゃはい。もう言いまふぇん」


まったく、こやつはクラウス様を何だと思っているのかっ!


あれほどキモいとは対極の存在など、他にいないと言うのにっ!


「しっかし、あんたも本当に凄いわよね。

あんな、へんたゲフンゲフン、変わり者を引き受けようなんて」


私にギラリと睨まれ、シシリィは下手な咳真似でギリ言葉を変えてきたが、まったく納得はいかない。


「らってよー、いひゃいいひゃい」


またしても無言で頬をつねると、シシリィは慌てて私の手をタップする。

仕方なく手を離してやる。


「だってよ?あんな、出会った瞬間に一目惚れされて、そこからは執着と粘着と束縛の猛打。

どこに行くにも腹話術の人形みたいに抱き抱えられ、自分以外は寄せ付けない狭量っぷり。

普通に考えてよ?

そんな男、ドン引きじゃない?

この世界にもしスマホがあったら、まず間違いなく、秒刻みでメッセージが来るわよ?

どうすんのよ、それ?

返信する隙もないわよ?」


シシリィの言葉をハッと鼻で笑って、言い返す。


「甘いわね、シシリィ。

クラウス様にスマホは必要ないわよ?

きっとそのうち念話を習得なさるもの」


言いながらカタカタ震える私に、シシリィがふっと憐憫を滲ませ口元だけで笑った。


「……あんた、もう引き戻せないとこまで来たわね……」


ポンっと肩を叩かれ、真っ白な灰になりながら、自嘲的に笑う。


「ええ……」


一言それだけ返すのが精一杯だった。



分かってるっ!

分かってるのよっ!


クラウス様の愛情が、一般的なものでは無い事くらいっ!

いくら私でも、もう流石に気付いてんのっ!


きっともう私はクラウス様から離れられない。

そんな事クラウス様が許さない。

そんな事しようものなら、本当にどこかに閉じめられて、2度と日の目は拝めないと思う……。


でも、いいの。

クラウス様には私が必要なのだから。

そして、私にもクラウス様が必要なの。


きっと離れてしまえば、お互い息も出来なくなる。


それ程、必要とし合っている、存在。


歪でも狂気的でも、何でもいいの。

私の側でじゃないとクラウス様が息が出来ないというなら、ずっと側にいるわ。


クラウス様を置いてどこにも行かない。

そう、私は死んだりしない。


ゲームや原作や運命なんて、どうでもいい。

私達はゲームのキャラなんかじゃないもの。


だから、私は死んだりしない。

クラウス様を置いて、どこにも行かない。


生きる、今を、この先を。

必ず、クラウス様と共に。



「あ〜嫌だわ。大人の階段登った途端、顔付きまで変わっちゃって……。

私のアホ可愛いキティたんが……グスン」


わざとらしい泣き真似をするシシリィを、真っ赤になりながらつねり上げる。


「いひゃい、ごめんなぱい、ゆるしてくらひゃい」


って、もういいわっ!

何回やらせるのよっ!このくだりっ!


「その調子だと、もう死ぬ気は無いみたいね」


キリッとしておっしゃってますけど、頬っぺたつねられた跡が赤いわよ。


「無いわよ。てか、最初からそんな気ないから」


呆れて言い返すと、シシリィは片眉を上げた。


「そうかしら?あんたってゲームの世界にドップリだったから、最初、誰の事も信じてなかったじゃ無い?」


ギクっ。


「それに、自分はキティというゲームキャラの人生を生きているつもりでいなかった?」


ギクギクっ。


「自分の周りの、人も物も環境も、キティのものであって、自分のものじゃ無い。

なんならこの世界はヒロインのものだから、何したって無駄。

とか、どっかで思ってなかった?」


ギクギクギクゥっ!


ガマ油をダラダラ流しながら、シシリィを見ると、ニヤリと笑われる。


「やっぱりね〜」


く、悔しいっ!

確かに当たってるっ!


「で、でも今はそんな事思ってないわよっ!

私はキティだし、キティは私。

それにゲームの物語なんか関係無い。

私はこの世界でちゃんと生きている。

悪役令嬢、キティ・ドゥ・ローズというキャラじゃない、一己の個人だもの。

だから、死なないし、死ねないの。

周りの誰も悲しませたく無いし、クラウス様を1人に出来ない。

それに何より、私が生きていたい。

この世界で、クラウス様と皆んなと、生きていきたい」


グッと両の拳を握り締め、瞳に確固たる決意を浮かべてシシリィを見つめると、シシリィは何故か泣きそうな微笑みを浮かべる。


「うん、今のあんたはそうよね。

大丈夫、分かってるわよ。

私が、絶対に死なせない。

……まぁ、魔王もついてるしね」


魔王とは?

んっ?まさかクラウス様のことじゃ無いわよね?


「それにしても、人ってこうも変わるもんなのね〜。

いつもビクビクオドオドして、クラウスから逃げようと、いやまったく逃れてなかったけど、でも見てて不憫になるくらい必死だったあんたがさ〜。

今や、クラウスの側を絶対に離れない覚悟までしちゃって。

そんなに変わるもの?身体を合わせると」


ま〜た〜そ〜こ〜に戻るかっ!

このイケナイ耳年増ちゃんめっ!


私がその頬っぺたをつねろうと、つま先立ちでシシリィの顔に近付くと、至近距離でシシリィが興味深そうに口を開いた。


「やっぱり、あれ言っちゃうの?

いや、駄目、中に出しちゃ赤ちゃん出来ちゃうっ!

ってやつ」


瞬間、顔が真っ赤に茹で上がり、バチーンッとシシリィの口を手で塞いだ。


「あっ、な、何をっ!あんたは、何を言ってんのよっ!」


み、見てたっ!

どっかで見てたのっ⁈

シシリィなら有り得そうで怖いっ!


「ふぁって、ふふいほふへは、ふぇほはんはもふぉ〜(だって、薄い本では、デフォなんだもの〜)」


私に手で口を塞がられ、モゴモゴ言っているシシリィの言葉を聴き解き、ホッと安心してその手を外した。


顔は真っ赤なままで、シシリィの身体を指でズビシズビシと突く。


「薄い本、から、得た、知識を、現実に、反映、させては、いけません。

とても、危険な、行為です。

分かり、ましたか?」


一言一言区切りながら、指で身体をズビシっと突くと、シシリィはそれから逃れるように体を捻りながら、何度も頷いた。


「分かった分かったっ!よく分かったからっ!

痛い痛いっ!たまに痒いっ!痛いっ!」


私の攻撃に悶絶するシシリィを見て、やっと溜飲を下げ、攻撃の手を緩めた。


「でも、あんたのキャラならアレはあるでしょ?

〝らめぇっ〟てやつ」


ズビシッ!ズビシッ!ズビシッ!ズビシッ!


攻撃を再開させると、再びシシリィは悶絶して身を捩った。


肋骨の骨と骨の間を集中攻撃してやるわっ!




私達がギャーギャードゥフフっと戯れ(?)ていると、いきなり部屋のドアがバターンッと開いた。


驚いて扉の方を振り返ると、そこにあのテッド・シャックルフォード子爵令息がユラリと立っていた。


えっ?


あまりの突然の出来事に、私は咄嗟に何も行動出来ず、その場に縫い付けられたように固まってしまう。


ジッと彼を見つめて、その容貌の変化に驚いた。


彼は全体的に薄汚れていて、痩せていた。

頬は痩け、目は窪んでいる。

メガネも外していて、髪も短く切っている。

だけど、自分でカットしたのか不揃いで不恰好な髪形になっていた。


そして、漂う雰囲気が普通では無かった。

目の焦点は合わず、禍々しいオーラを放っている。


狂人。


今の彼を表す言葉は、これしか無い。



ブルブルと震える彼の右手に握られている大きめのナイフが、窓から差し込む春の光を反射して、ギラリと光る。



隣で、シシリィがゴクっと唾を飲む音がする。


横目でシシリィを見ると、唯ならぬ緊張感を放っていた。

その顎に汗が伝っている。


シシリィがこんなに余裕が無いのは、初めてだわ……。


私は息を飲んで身構えた。


そんな私をシシリィが自分の背中の後ろに庇う。


「おいでなさったわね……」


シシリィは今までに無い程切迫した声で呟いた……。



そんな……シシリィがこんなに警戒する相手なの……。


一体彼に何があったのか……?

そして、シシリィはこの襲撃を予見していたの?


そう言われてみれば、今日の警備はいやに物々しかった。

全ては彼を警戒していたから……?


彼は、この超一級戦闘民族に警戒心を抱かせるほど強いという事だろうか……。

学園での彼は、そんな風には見えなかった。


……だけど……。

今目の前に立ちはだかる男からは、異様な雰囲気が漂っている……。


私はシシリィの背中のドレスをギュッと握る。


シシリィは、私を背に庇いながら、静かに呼吸を整えていた。


「絶対に、貴女を守るわ……〜〜〜」


シシリィの小さな呟きは、最後まで聞き取る事が出来なかったけど、もし戦闘になったりしたら、せめて邪魔にだけはならないようにしようと、自分の身体に力を込めた……。



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