episode.40-2

婚約式の為、用意された私の控室。

そこに突然現れたテッド・シャックルフォード子爵令息により部屋の空気は一変し、並々ならぬ緊張感に包まれていた。


彼の手には大きなナイフが握られていて、その刃は真っ直ぐ、シシリィの背後にいる私に向かって狙いを定めている。


「キ、キティたそ……。

遅くなってごめんね。

色んな奴らが僕の邪魔をするから、なかなか君に会いに来れなかったんだ。

でも、迎えに来たよ……。

さぁ、僕と行こう……」


シャックルフォードはブツブツと呟くようにそう言った。


私はシシリィの背中のドレスをギュッと握り、顔だけ横から覗かして、シャックルフォードの言葉を聞き取った。

彼の言葉に対して言いたい事は山程あるけど、それを今言ってもいいものか、判断出来なかった。


シシリィは長い腕を後ろに回して、ポンポンと私の頭を撫でた。

落ち着いて、様子をみろと言われた気がして、ギュッと口を閉じた。


「さぁ、そんな所に隠れてないで、僕の所へ……。

僕が今、君の時を永遠に止めてあげる。

君は永遠に今の姿のまま……。

僕の可愛いロリっ子キティたそのままでいられるんだよ」


シャックルフォードはそう言って、にちゃぁと笑った。


瞬間、冷たい汗が背中を伝い、全身に鳥肌が立つ。


い、嫌だ。

この人、本当に普通じゃない。

見た目と中身がチグハグだわ。

その見た目も、今では中身に寄っていってる気がする……。


一体この人は、何者なの……。


不気味な笑いを浮かべるシャックルフォードの姿に、言いようの無い違和感を感じた。


「ねぇ、ちょっと、そこの侵入者。

貴方さっきから何かブツブツと言っているようだけど、まったく要領を得ないわ。

何の用があって、第二王子の婚約者様の控室に侵入してきたのかしら?」


シシリィが静かな声で問うと、シャックルフォードは顔をドス黒くして、ナイフを持つ手をぶんぶん振り回した。


「だっ!だからぁっ!それがおかしいんだよっ!

キティたそは王子の婚約者なんかじゃないっ!

キティたそは王子に煙たがられて、嫌がられる存在なんだっ!

あの男は見る目が無いから、ヒロインとくっ付くのがお似合いなのにっ!

何で僕のキティたそを奪うんだよっ!

ぼ、僕はっ!キティたそが王子とヒロインがくっ付いて、自殺してしまうのを止めようと思っていたんだっ!

それなのにっ!あんな男と人目を憚らず、イチャイチャしてっ!

キティたそはそんなクソビッチじゃないんだよっ!

キティたそは、可愛くて、我儘で、馬鹿で、何も分からない、誰よりも純粋なロリっ子なんだっ!」


シャックルフォードは一気に捲し立てると、ハァハァと肩で息を吐く。


やっぱり、この人……。

私がシシリィを見上げると、気配を察して顔だけ振り返り、シシリィは小さく頷いた。

目はしっかりとシャックルフォードの動向を伺っている。


この人、転生者だ。

しかも〈キラおと〉をよく知っている……。

たぶん、キティのファンだったのね。


そして、まだ、ゲームと現実を混同している。


「貴方の仰っている事は支離滅裂で要領を得ませんが、つまり貴方はキティ様を強くお慕いしているのね?

それで、今日の日を邪魔しに来た……。

と、言う事で、間違いないかしら?」


あくまでも、アロンテン公爵令嬢という仮面を被り続けたまま、シシリィが問い掛ける。


シャックルフォードはその右手に持つナイフを私達に向けて、ブンブンと振った。


「ち、違うっ!僕は今日、キティたその時間を止めに来たんだっ!」


シャックルフォードが吠えるように言った言葉に、シシリィが片眉を上げる。


「時間を止める……?」


シシリィの問いに、シャックルフォードはニヤァっと楽しそうに笑った。


「そう……そうだ……。

僕はキティたその時間を止めるんだ。

キティたそはキティたそじゃ無くなったちゃったから……。

せめて見た目がロリっ子のうちに、時間を止めるんだ。

ちょっと傷口は残っちゃうけど、大丈夫。

お金を使って防腐魔法をかけてあげるから。

ぼ、僕は貴族で金持ちなんだっ!

もう、金無しの底辺じゃないっ!

社会のゴミ溜めじゃないっ!

大好きなロリっ子キティたそを、永遠に僕の物に出来るっ!

金もっ!権力もあるんだっ!

キティたそだって、その方が幸せな筈だっ!」


唾を飛ばしながら喚き散らし、シャックルフォードは私達にジリジリと近づいて来る。

出入り口の正面にいた私達は、それに合わせて右にずれながら距離を保った。


「あんな傲慢チキな態度、キティたそらしくない。

女はプライドの化け物だ……。

醜い虚栄心を満たす為に、他人にマウントを取ってないと生きていけない愚物だ。

でも、キティたそは違う……。

キティたそは誰に馬鹿にされていても、関係無い、だっておバカだから。

それにすら気付かない、おバカなロリっ子なんだっ!

キティたそだけが、僕の理想の女の子なんだよ……。

なのに、キティたそは変わってしまった。

賢そうな事を言ったり、勉強が出来たり……。

そんなのはキティたそじゃないっ!

だから、止めるんだ。

キティたそを殺して、僕の物にする。

それがキティたその幸せなんだよっ!」


そう叫んで、シャックルフォードは私達に向かってナイフを振り上げ走り寄って来る。


「ウインドアローッ!」


シシリィが叫んで、手をシャックルフォードに向かってかざすと、無数の風の矢がシャックルフォードに向かって放たれた。


それをシャックルフォードは魔法防壁で防ぐ。

弾かれた矢が轟音と共に、部屋の壁を破壊した。


私は目を見開いた。

あ、あの威力の矢を跳ね返したっ!

あの人、そんなに魔法が使えるのっ⁈


だが、よく見ると防ぎ切れなかった矢が彼の横腹を抉って、そこから血を滴らせている。


シャックルフォードは傷口を手で押さえ、苦しそうに顔に汗を浮かべていた。


「やっぱり、学園では力を隠していたわね?」


ニヤリと笑うシシリィに、シャックルフォードも不気味に笑い返した。


「……そっちこそ。公爵家のお嬢様がこの威力の攻撃魔法を使えるなんてね。

悔しいけど、魔法じゃ勝てそうにないや……。

魔法じゃ……ね」


そう言って、再びこちらに走り出したシャックルフォードの姿が、フッと消えた。


シシリィが瞬時に魔法防壁を展開する。


えっ……?


私は何が起こったのか分からず、辺りをキョロキョロ見渡した。


次の瞬間、私達の目の前にシャックルフォードが姿を現した。


しかも、シシリィの魔法防壁内にっ!


シャックルフォードはシシリィを突き飛ばし、私に向かってナイフを振り上げた。


「嫌っ!」


反射的に両手で自分の頭を庇って蹲るのと。


「キティっ!かかんでっ!」


シシリィの叫ぶ声が重なった。


私はシシリィの指示に従い、その場に蹲った。


シシリィの長い足が頭の上を凄い速さで通過する。


そのままの勢いでシャックルフォードの顔面にシシリィの蹴りがめり込んだ。


シャックルフォードは後ろにもの凄い勢いで吹っ飛んでいく。


「いくらあんたがチートを使おうと、そんなもやし体型じゃ私には勝てないわよ?」


先程見事な蹴りをお見舞いした長い足を、ザッと前に出して、腰に手を当てシシリィはニヤリと笑った。


いつの間にか、ドレスが太腿まで裂かれている。


は、早業っ!

私は驚愕してシシリィのスラっとした足を眺めた。

あの一瞬で、ドレスを引き裂き、シャックルフォードに蹴りを入れるなんて……。

人間技じゃないのですが……。


二重のショックにカタカタ震えが止まらない。


シャックルフォードは鼻血を腕で拭いながら、ユラリと立ち上がった。


シシリィの蹴りをまともに受けて、まだ立ち上がれるなんてっ!


シシリィも小さく舌打ちした。


「やっぱり持っていたわね。

特殊スキル、隠密系でしょ?

姿が消えたのはおおよそ30秒。

直ぐにまた使わないという事は、インターバルが必要。

……と、いう事は、スキルレベルは50〜60辺りね」


スラスラとシシリィが推察していくと、シャックルフォードは真っ青になって、ブルブル震えている。


多分、シシリィの推察が全て当たっていたのだろう。


「な、生意気な女共がっ!

だから女は愚物なんだよっ!

偉そうに人を見下しやがってっ!」


シャックルフォードは口から血の泡を飛ばしながら喚いた。

さっきのシシリィの攻撃で、歯が何本か折れてしまっている。


今や、元の彼の面影は微塵も無い。


「キティ、立って」


シシリィが未だ蹲る私に、小さな声で囁いた。

シャックルフォードの目に止まらぬよう、ゆっくり立ち上がる。


その私を再び背に庇い、シシリィは小さな声で言った。


「奴は特殊スキル持ちよ。

通常のスキルと違って、特殊スキルはスキルを使っている間、魔法が通用しないわ。

さっき奴が私の魔法防壁内にいたのは、そういう事よ。

私の魔法防壁は上位クラスだから、もしかしたら特殊スキル持ちも跳ね返せるかと思ったけど、甘かったわね。

良い?あいつは何らかの方法で自分の能力を底上げしている。

最初に私の攻撃魔法を跳ね返した魔法防壁、アレはそのせいよ。

更に、人としてのリミッターも焼き切れてる危険な状態。

何をするか、分からないわ。

とにかく、スキルを使っている30秒を生き抜いて。

後は私が物理で叩く。

弱った所に攻撃魔法を撃ち込むから、30秒、必ず生き抜くわよっ!」


ギラリと光るシシリィの瞳を見つめながら、私はゆっくり頷いた。


必ず、生き抜く。

2人で、必ずっ!



「……ろすっ!お前らっ、殺してやるっ!」


シャックルフォードが再びこちらに向かって走って来る。

そして、その姿が、またフッと消えた。


来るっ!

私はギュッと瞑りそうになる目を、気合いで大きく見開いた。



ーーーーーその時っ!


「シシリアっ!」


部屋の大きな窓の外から叫び声が聞こえた。

シシリィがそれに瞬時に反応して、魔法防壁を展開する。



ガッシャーーーーンッ!!!


窓ガラスが大きな音を立てて割れ、飛び散ったガラスがシシリィの魔法防壁に跳ね返された。


「ぐっ、ぎゃあぁぁぁぁっ!」


姿を消していたシャックルフォードが現れ、その片目にガラスの破片が刺さっていた。

血の吹き出す目を押さえながら、フラフラと後ろに下がって行く。



窓から体ごとガラスを割って飛び込んできたその姿に、私は息を飲んで自分の口を震える手で覆った。


「……クラウス様っ」 


震える声でその名を呼ぶと、クラウス様が顔だけ振り返り、どこか泣きそうな目をして微笑んだ。


「キティ……間に合って、良かった。

もう大丈夫だからね」


優しい声色でそう言われ、私は目に涙を滲ませ、何度も頷いた。


「キティっ!大丈夫かっ!」


開け放たれた入り口から、ノワールお兄様が飛び込んできて、私に駆け寄りその胸に抱きしめた。


「お兄様……」


震える私の頭を優しく撫でながら、お兄様は言った。


「もう、大丈夫だよ、キティ」


その言葉に力が抜けそうになり、お兄様の腕に必死で縋り付いた。


「ジャンッ、奴に時間を与えるなっ!

一気に叩けっ!」


いつの間にかレオネル様達も到着していて、ジャン様とレオネル様が同時に攻撃魔法をシャックルフォードに向かって放った。


「ぐがあぁぁぁぁっ!」


身体中から血を噴き出し、シャックルフォードは吠えると、全ての魔法を跳ね返した。


皆んな、瞬時に防御魔法を使って跳ね返された魔法を避けた……クラウス様以外。


「クラウス様っ!」


粉塵の中、クラウス様の立っていた方に声を上げると、クラウス様は変わらずそこに立ち尽くしていた。


傷一つ無く。


えっ?あれっ?


訳が分からず、マジマジとクラウス様を見つめる。


「リミッターが完全に切れたな……、ヤバいぞ」


ジャン様がそう呟いた直後、シャックルフォードは獣ように飛び上がり、こちらに向かってくる。


そして、やはり、その姿を消した。


「しまっ……」


レオネル様が緊迫した声を上げるのと同時に、クラウス様が腕を真横に上げ、その手に何かを掴み、ギリギリと締め上げている。


皆んな、時が止まったかのようにその場に固まり、誰も動けなかった。


「ぐっ、がっ、あがっ!」


苦しげな声と共にシャックルフォードが姿を現した。

首をクラウス様に掴まれ、片腕で持ち上げられている。



「特殊スキルとか、アイツには関係無しかよ……」


力が抜けたように、ジャン様が呟いた……。



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