episode.40-3
「ぐっ、がはっ、がっ!」
クラウス様に片手で首を掴まれ持ち上げられているシャックルフォードは苦しそうに体をジタバタと暴れさせるが、クラウス様はまったく微動だにしない。
ますます首を掴んだ手に力が篭る。
そのクラウス様の足元から黒い霧のようなものがジワジワと発生して、持ち上げた腕を伝い、首を掴んでいる手に集まってゆく。
「いけないっ!皆さん、早くこちらへっ!」
ミゲル様が光魔法を放ち、半円形の結界を張る。
皆んなミゲル様の所に集まり、結界内に入った。
クラウス様を徐々に黒い霧が覆ってゆく……。
「あ〜ヤバいヤバいヤバいヤバいっ!」
ジャン様が頭を抱えて呟いた。
「勘弁してよ……アイツにはまだ聞きたい事があるんだから……」
シシリィが情け無い声を出した。
私は何が起きているのかまったく分からず、オロオロと皆んなを見渡した。
一体何っ⁈
あの黒いモヤは何なのっ?
クラウス様から湧き出て来るようなそのモヤがシャックルフォードに触れると、その姿がみるみる変貌していった。
肌が弛み、皺皺になっていく。
髪は真っ白になり、体は異様に細くなっていった。
「あ……ぐがぁっ……はがっ……」
シャックルフォードはどんどん弱々しい姿に変貌し、力無く呻いた。
……最後はミイラのようになって、力無くダランとクラウス様の手から吊り下がった。
あまりの恐ろしい光景に、私はわなわなと震えて口を押さえた。
その私をお兄様が抱きしめて、耳元で囁く。
「辛かったらここから連れ出すから、言いなさい」
目を見開き、お兄様を見つめた。
そうだわ、お兄様ならこの光景を私に見せないよう、本来ならとっくにどこかに連れ出している筈。
でも、お兄様はそうしなかった……。
これは私が知っておくべき事なのだわ。
人が目の前でみるみるミイラに成り果てる、本当に恐ろしい光景。
だけど、私は目を逸らしてはいけない。
あの黒い霧は、きっとクラウス様の能力の一つ。
だから、私は知っておかなければいけない。
この先ずっと一緒に歩み続ける、クラウス様の事を……。
「いいえ、お兄様。
私はどこにも行きません。
クラウス様を置いて、どこにも行きません」
真っ直ぐお兄様を見つめ、そう言うと、お兄様は優しく微笑んだ。
「ありがとう……。
辛い思いをさせるけど、キティには知っていて欲しいんだ。
クラウスを蝕んできた、力の事を」
少し哀しげにそう言うお兄様の胸に、ギュッと抱き付いた。
「はい、大丈夫です、お兄様。
私は知りたい。どんな事でも。
クラウス様の事なら、知りたいのです」
強く心を込め、そう伝えると、お兄様は優しく頭を撫で、今度は寂しそうにその瞳を揺らした。
「かはっ!あっ、がっ」
再びシャックルフォードの苦しげな呻き声が聞こえ、驚いて振り向くと、さっき迄皺皺のミイラのようだったシャックルフォードが、今度はどんどんと若返っていっている。
「くそっ、遊んでいるな……」
レオネル様が苦々しげにそう吐き捨てた。
「……仕方ないわ……。
キティ、アレを止めてきて」
シシリィが私をジッと見つめ、そう言った。
えっ?
そんな簡単に止まるもの?
ってか、私に出来るのっ!
軽くパニックになってワタワタしていると、お兄様が後ろから私を抱きしめ、ふわりと笑った。
「必要ある?遊ばせておけば良いんじゃない?
気が済めば、塵に返すよ」
お兄様の言葉に、シシリィがカッと顔を赤くする。
「駄目に決まってるでしょっ!
アイツからは聞き出さなきゃいけない事があんのよっ!」
唾を飛ばす勢いで私を乗り越えお兄様に噛み付くシシリィ。
……ちょっと、こっちにも唾が掛かったんだけど?
「それに、このような祝いの席に、人死は似つかわしくありません」
ミゲル様が困ったようにそう言った。
あっ、ここ、そういえば教会の中だったわ……。
ミゲル様っ!お気の毒っ!
「お前は妹に、さっき人を殺してきた人間との婚約宣誓書にサインをさせたいのか?」
レオネル様が、呆れたように溜息をついた。
お兄様は私の頭の上で面白く無さそうに、ハァっと息を吐いた。
「仕方ないな。キティを害そうとした人間なんて、どうなろうと構わないんだけど。
今日はキティの祝いの日だからね……。
……んっ?これで婚約式が無くなった方が、いいのか……?」
思い付いたように首を捻るお兄様の肩を、ジャン様がメキメキッと掴む。
「ノワ〜ル〜……お前、状況をよく考えろぉ……。
こんな所で闇の力使って人殺したら、後で教会からどんだけ追求されると思ってんだよぉ」
ゲッソリとしたジャン様に、お兄様はツーンっとそっぽを向いてしまった。
「いやいや、もういいからっ!
早くしてっ!アイツ、遊びが過ぎてるわっ!」
シシリィが焦った声で、クラウス様を指差す。
クラウス様に掴まれたシャックルフォードが一瞬のうちにミイラになったり、若返ったりを繰り返していた。
「しかし、シシリア。
本当にキティ嬢をアレに近付けて大丈夫なのか?」
心配そうにそうレオネル様が言うと、シシリィは鼻で笑って返した。
「ハッ!大丈夫よっ!キティなら大丈夫っ!
むしろキティじゃなきゃ駄目なのっ!
今、アイツを止められるのは、キティだけよっ!」
シシリィに力強くそう断言されて、私は両手を拳に握って頷いた。
何だか体中から力が漲るみたいっ!
じっちゃんっ!オラに力をっ!
「キティ、いきますっ!」
私は力を込めて宣言すると、ミゲル様の結界から、一歩足を踏み出した。
「キティなら必ず出来る、大丈夫だよ」
お兄様の優しい声に振り返り、微笑み返した。
クラウス様は真っ黒な霧に覆われて、シャックルフォードに向かって力を使い続けていた。
感情を失ってしまったのだろうか……。
シャックルフォードの力無い呻きにも、その無表情を崩さない。
いや、よく見ると、口元が薄っすら笑っている。
金の瞳がギラつく程に光り、愉悦に揺れていた。
凶々しい闇の中でも、私は不思議と不快感を感じる事はなかった。
むしろ、クラウス様に抱きしめられている時のような、安心感を覚える。
「クラウス様……」
小さく呼び掛けてみるが、やはりピクリとも反応が無い。
私は濃く黒に覆われたその背中に、そっと抱きついた。
「クラウス様……もう、お止め下さい。
もう、充分です……」
優しく話し掛けても、やはり反応が無い。
「クラウス様……」
私は過去の記憶をフル稼働して、何とかクラウス様を正気に戻す方法は無いかと考えた……。
あっ……!
自分の思い付いた考えに、まさか、と相反する思いが湧き上がったが、もうこれしか無いと意を決して声を上げた。
「クラウス様っ!私以外を見ちゃダメっ!」
酸欠を起こしそうな大声に、クラウス様の身体がピクリと動いた。
は、反応があったっ!
よし、ここで、決してシャックルフォードを救助しようとしているんじゃないって体で。
「もうっ!そんな物早く捨てて、こっちを見てっ!」
ビクッとクラウス様の身体が揺れて、シャックルフォードを掴んでいた手が緩み、ボトッと床に落とした。
すかさず動き出そうとするジャン様を、レオネル様が抑えている。
この黒い霧が消えないと、皆んな動けないんだわっ!
よしっ!
と、私は自分に気合いを入れ直す。
「クラウス様はわた、キ、キティのでしょっ!
キ、キティだけを見てくれなきゃ、ヤッ!」
噛んだーーーっ!
羞恥に耐え切れず、噛んだっ!
自分の失態にギュッと目を瞑り、クラウス様の反応を待つ。
だ、駄目?
これで駄目なら、更なる羞恥プレイ続行っ⁈
私は密かにうっうっと胸の内で泣き崩れた。
「……キ、ティ……?」
シャーーーーーッ!
反応返ってきたーーーーっ!
泣きながら小躍りしたいのを、グッと耐え、こちらをゆっくり振り返るクラウス様の襟首を掴んだ。
……身長差ゆえ、襟首に掴まってぶら下がっているように見えなくも無いが……。
もう一押し、とばかりに、下からクラウス様を見上げ、(自分的には)怖い顔で睨み付ける。
「私がいるのに他の者に気を取られるなんてっ!あり得ませんわっ!
反省なさって下さいっ!」
怒り口調で(自分的には)厳しく叱ると、クラウス様の周りの黒いモヤが晴れ、シュンと項垂れたクラウス様はポソっと呟いた。
「……ごめんなさい」
か、か、か、可愛い〜〜〜っ!
耳ぺシャンさせてる〜っ!
大型犬が耳ぺシャンさせてるぅっ!
きゃわわわわわわわっ!
ハフハフと鼻息荒く、シュンと落ち込んでいるクラウス様をどうしてやろうかっ!と手をワキワキさせていると、クラウス様は申し訳無さそうに、伏せていた目を怯えたように遠慮がちに上げて私を見つめた。
「……キティ、俺の事、嫌いになった……?」
その怯えた声色に、はぁ?っと首を傾げ、目を丸くして聞き返した。
「何でですが?なりませんよ?」
私の答えを聞いたクラウス様は、パァッと破顔して、私をぎゅぅっときつく抱きしめた。
心から嬉しそうなクラウス様に、心底訳が分からず、首を捻るばかりだった。
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