episode.39

ご機嫌よう、皆さま。

私の周りは本当に騒がしく、お目汚しごめん遊ばせ。

さて、今週の○○エさんは⁈







婚約式を1週間後に控え、いよいよ私の周りはバタバタと忙しく、目まぐるしい日々を送っていた。


そんな中、クラウス様から贈られた婚約式のドレスや装飾品の数々に、私は溜息をついた……。


多すぎませんか……?


常日頃から、クラウス様は贈り物が多過ぎるとは思っていたけど……。


これは……。


贈り物の山に囲まれて、私は遠い目で窓の外の空を眺めた。


ああ、黒タイツ師匠……。

私はまだ、物申せない、若輩者です……。



「あらあらぁ〜、凄いわねぇ」


背後から間延びした声が聞こえて、振り返ると、そこにお母様が立っていて、贈り物の山を感心したように見渡していた。


「ふふっ、本当に大事にされているのね、キティ」


「お母様っ!」


私はお母様に瞬時に泣き付いた。  


「ク、クラウス様の私への散財が止まらないんですっ!

どうしたらいいのですかっ?」


涙目で見上げると、お母様は少し驚いた顔をした後、ほほほっと笑った。


「まぁ、それの何が問題なの?」


えっ!


目を見開いてお母様を見つめていると、マリサが丁度お茶の用意をして戻ってきた。


「丁度良いわ、お茶をしながら話しましょ」


にっこり笑ってお母様はそう言うと、サッサとティーテーブルの椅子に座ってしまった。


マリサの淹れてくれたお茶を優雅な仕草で飲むお母様に、素直に疑問を投げ掛ける。


「あの、大事な国庫からこのような無駄遣いをなさっているのに、何故問題無いのでしょうか?」


まるでお母様らしくない発言に、疑問しか湧かなかった。


そんな私にお母様は優雅に微笑んで答える。


「だって、全て殿下の私財ですもの。

殿下はとっくの昔に、第二王子に割り当てられる予算を返上なさってますよ?」


へっ?

ええーーーーーーっ!


「まぁ、やっぱり殿下に聞いていなかったのね?

殿下は帝国や他国から依頼される魔物討伐で巨万の富を築かれているし、自分のブランドの売上もありますから、国庫より資金を賜る必要が無いのです」


お母様の言葉に私を目を見開き、口をポカンと開けてしまった。


「ブ、ブランド……?」


私の呟きに、お母様はちょいちょいと、贈り物の山を指差した。


その指を追って贈り物の山を眺め、私はワナワナと震える。


えっ?これ、クラウス様のブランド商品だったのっ⁈


「元々、貴女への贈り物を選んでいるうち、納得のいく物が無いと、ご自分でデザインなさったのが始まりね。

それが、貴女が社交界デビューした事で身に付けていた物が注目されるようになって、ブランドを立ち上げる事になったの。

破竹の勢いで、k&cブランドは王侯貴族御用達のハイブランドに上り詰めたのよ。

帝国や他の国でも飛ぶように売れているけど……そうね、ファッションに興味の無いキティは、知らなくて当然ね。

貴女は知らない内に、k&cの歩く広告塔、流行の発信源、ファッションリーダーになっていたって事よ?」


ひっ!

ひっ!

ひぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!


全身総毛立てて、テーブルの上で爪を立てる私に、お母様はコロコロと笑っている。


「あらあら、シャイなキティには重荷になってしまったかしら?

でもそろそろ、自分の身につけている物のブランドくらい知っていなければいけませんよ?」


そう言って、扇の向こうでギラリと目を光らすお母様に、私は途端にシュルシュルと小さく萎んで、椅子の上で蹲った。


「も、申し訳……ありません……」


怖い。

お母様、眼光ビームが刺さっています……。

い、痛いでふ。


「主人のビジネスを支えるのも夫人の役目。

貴女もしっかり殿下をお支えするのですよ?」


「ひゃぃ、お母しゃま……」


笑顔の裏に含まれる脅しを感じ取り、私は素直に頷いた。


自分がファッションリーダーである事より、お母様の方が百億倍怖いっ!


なりますっ!私っ!

ファッションリーダーでもインフルエンサーでも人気ユーチューバーでも、何でもやりますっ!

だってお母様が怖いからっ!


ローズ家の影の支配者であるお母様に逆らえようはずも無く……。

私は泣きながら全てを受け入れた……。



「さぁ、耳の痛い話ばかりでは駄目ね。

キティ、学園で起きた事、全て聞きましたよ。

殿下の婚約者として、立派に立ち続けた事、母も誇りに思います。

よく頑張りましたね」


優しく微笑むお母様の言葉に、ぶわっと涙が溢れた。


「あ、ありがとうございます。お母様」


お母様は私の手をギュッと握って、自分も瞳に涙を滲ませていた。


「あの小さかったキティが、こんなに立派になって……。

貴女は私の誇りよ。

不甲斐ない母ですが、貴女と殿下の末長い幸せを願っていますからね」


私はお母様の手を握り返し、フルフルと首を振った。


「そんな、お母様は不甲斐なくなんか……」


「いいの、それは覆しようの無い、真実なのですから」


お母様は悲しそうに、その目を伏せた。

細い肩を震わせながら、握った私の手を見つめている。


「貴女を産んだ後、直ぐに体調を崩し、流行病も患ってしまって、私は長い間床から起き上がれない体になってしまったわ。

その間、貴女をお母様に奪われてしまった……。

何故もっと早く、あの人から貴女を取り返せなかったのか……。

今更ですが、本当に悔やまれてならないわ。

やっと取り返した貴女の目を見て、どれほど自分を呪った事か。

そして、貴女が私達家族を受け入れ始めてくれた時、どれほど嬉しかった事か。

貴女のお陰で、私達は幸せに暮らせてこれた。

本当に、ありがとう。キティ」


私の目をじっと見つめ、涙を滲ませるお母様に、私も涙が止まらなかった。


「お母様、お身体の事があったのですから、仕方の無い事だったのです。

私も、幼過ぎてお祖母様との暮らしをあまり憶えていませんし。

ですから、私の子供の頃の思い出は、ローズ家でお母様とお父様とお兄様と暮らした日々で埋まっているのです。

お母様はいつでも私に愛情深く、慈しんで育てて下さいました。

そのお母様の愛情があって、今の私があるのです。

どうかご自分を不甲斐ない母だなどと、仰らないで下さい。

お母様は私を誇りだと言って下さいますが、お母様こそ私の誇りです。

淑女としても母親としても、私の目標なのです。

どうか、ご自分を責めるのは今日で終わりにして下さい」


お母様の目をじっと見つめてそう伝えると、お母様はボロボロととめど無く、その瞳から涙を流した。


「ありがとう、キティ。

こんな母に、そんな優しい事を言ってくれるなんて……。

貴女はなんて心根の美しい子なの……」


そう言って、お母様は涙に濡れた顔を優しく微笑ませた。



お母様はずっとあの頃の事で、自分を責めてきたのね……。


確かに、あの頃のお祖母様との生活が、原作キティに影響を与え、歪んだ人格形成に繋がった。

原作のキティは最後まで、実の家族と打ち解ける事が出来なかった。


だけど、私は違うわ。

お母様の愛情を疑った事など一度も無い。

それほどお母様は子供に対して愛情深い女性なのに……。


あの時期の事で、自分の事を不甲斐ない母親だと思っていたなんて、悔し過ぎる。


私はふと、何故お祖母様があんな事をしたのかが気になった。


「お母様、何故お祖母様はあんな事をしてまで私を王族に嫁がせようとしたのでしょうか?」


純粋に疑問を投げ掛けると、お母様は顔を曇らせ、深い溜息をついた。


「私のお母様は、元々前陛下の婚約者候補の1人だったの。

お母様の父親、私のお祖父様は権力欲の強い方で、お母様が王妃となる事は必然として、厳しく育てたの。

お陰でお母様はとても優秀な、貴族令嬢の鑑と呼ばれる程になった。

それに、とても美しい方だったから、社交界の花とも謳われたわ」


私はお母様の話を真剣に聞き入った。

何か、とても大切な何かがそこに隠されているような気がして……。


「だけど、前陛下がお選びになったのは、ある男爵令嬢だったの。

彼女は、その男爵の庶子で市井で暮らしていた方だった。

男爵家に引き取られてからも、市井での振る舞いがなかなか抜けず、貴族令嬢とは思えない程、自由奔放な方だったそうよ。

そんな自由な彼女を愛した前陛下が、王太子の頃、強引に彼女を婚約者として定めた。

もちろん、そのままでは王妃になどなれないから、彼女は侯爵家の養子となり、2人は婚姻を果たしたの」


お母様の話に、私の背中に嫌な汗が流れる。


「彼女は王立学園でも優秀な成績を収め、優しく美しい心根の方だったけど、それだけでは誰も納得しなかった。

もちろん、私のお母様も……。

お母様は学園時代、様々な嫌がらせを彼女に行い、それが全て前陛下の知るところになり、婚約者候補から廃されてしまったの……。

お母様は最後まで、自分の罪を認めなかったそうよ。

でも結局、家格の下がるパレス伯爵家に嫁ぐ事になり、お母様は自分の父親同様、いえ、それ以上の王族への執着と妄執に囚われていった……。

私も、お母様に王族に嫁ぐようそれは厳しく育てられたけど、いつもそんなお母様から庇ってくれるお父様と、温かいパレス家の人々に助けられ、旦那様に出会い、ローズ家に嫁いだわ。

それで、お母様も諦めてくれたと思い込んでいたの……。

まさか、お母様が貴女で自分の欲望を果たそうとするだなんて……」


お母様はそこで声を詰まらせ、ハラハラと涙を流した。


「……お祖母様に、そんな過去があったのですね……。

……それで、その男爵令嬢だった、元王妃様はどうなったのですか?」


私の問いに、お母様は顔を曇らせた。


「前王妃様は、それは努力なさって王族に馴染もうとなさっていたそうよ。

だけど、元々市井で暮らしていた方だったから、王族や貴族の平民への扱いや価値観に納得出来ず、度々王宮で彼らと衝突を繰り返した。

後ろ盾の無い彼女は、王宮内で四面楚歌の状態になっていき、徐々に心を病んでいったのね。

王子を1人産んだ後彼女は更に心の病を悪化させ、最後は自害なさったのよ」


あまりの話に、私は震える手で口元を押さえた。

お母様も痛ましい表情で、続きを話してくれた。


「前陛下は、王妃様亡き後、後添えとなる女性を拒み、ずっとお一人でいらっしゃった。

王子1人では心許ないと心配する臣下の言葉を全て跳ね返し、頑なに亡くなった王妃様以外は娶られなかったの。

現陛下が無事に即位なさったから良かったものの、当時は大変危うい状態だったと聞いたわ。

前陛下のご兄弟やその一族による暗躍が闊歩していたそうよ」


私はお母様の話を聞き、何とも言えない気持ちで、目を瞑った。


ああ……。

これは、前世あんなに慣れ親しんでいた、乙女ゲームのその後の話なんだわ。


どれだけヒロインが心優しく、人より優れた人物でも。

そして、どれだけヒーローと愛し合っていたとしても。

生まれと家格は覆せない。


王族たるもの、私情で伴侶を選ぶという事は、その後に連なる危険をも選ぶという事。


そして、私のお祖母様はそれに巻き込まれ、悪役令嬢の役になってしまった。


本当にお祖母様が前王妃様に嫌がらせを行ったのかは、分からない。

敗者となったお祖母様の話など、誰も聞かなかっただろうから。

でも、お祖母様はその経験のせいで、確実に心を病んだのだわ。


自分の幸せを見間違い、憎い王族へ我が子を、孫を嫁がせる事に人生を捧げてきた……。


ひょっとすると、そんな被害を受けたのは、お祖母様1人だけじゃ無いのかもしれない……。


原作キティは、そんな悪役令嬢の負の連鎖に絡め取られ、無学で無教養な事で、そして最後は自分の死をもって、その負の連鎖を断ち切ったのかも知れない。


夢のシンデレラストーリーのその先……。

誰もそんな事は気にしないし、望まない。

でも私は現実として、そこに生きている。


その先に起こった哀しい現実の、更にその先で、生きている。


前世の私が大好きで、日々の暮らしの糧同様だった、乙女ゲーム。

だけどそれは所詮、庶民の娯楽に過ぎなかったんだ。

この世界でも、シンデレラストーリーを扱った書物は庶民にとても人気がある。

そんな話が現実になったとしても、貴族であれば何とかなるのかも知れない。


だけど、王族は別格なのだ。

人々の頂点に立つ王族に、やはりそれは許されていなかった。


前国王様と前王妃様が身をもってそれを示されたのかも知れない。


事はお二人だけでは済まず、様々な人間に影響し、今もなお負の連鎖を紡ぎ続けている……。



神妙に考え続ける私の様子を、お母様は眉を下げ見守っていたけれど、急に明るく微笑んだ。


「でも、貴女は、いえこの場合は殿下が、かしら?

本当に運が良かったわ。

愛する女性が自分が娶るに相応しい家柄の令嬢だったのですもの。

どうも直系の王家の方々は、1人の女性を深く愛する性質にあるみたいでね。

現陛下も、婚約者候補の序列は低かった今の王妃様を愛し、娶られたのよ。

前陛下の事もあり、臣下に泣きつかれて渋々側妃様を迎えられましたが、愛していらっしゃるのは王妃様だけ。

そして殿下の貴女への愛も、とても深いわね。

私は、貴女がお祖母様の思惑とはまったく関係の無いところで、殿下に嫁がれる事になり、本当に嬉しいのよ」


そう言って微笑むお母様は、侯爵夫人では無い、1人の母親の顔をしていた。

私はそんなお母様の気持ちが嬉しくて、同じように微笑み返した。


「それにしても……」


ふふっとお母様は何かを思い出すように笑う。


「幼い頃、殿下が貴女が欲しいと私に仰られた事が、まるで昨日の事のようだわ」


お母様の言葉に、目を丸くする。


「そんな事があったんですか?」


私が聞くと、お母様は楽しそうにコロコロと笑った。


「ええ、ですから私、キティが欲しければ殿下はお強くなって下さい、と言ったの。

それに、キティに何も強制はなさないように、とも言ったわね。

殿下ったら、どちらもしっかり守って下さったわね。

貴女が余りにグズグズするから、社交界デビュー前に私も少し手をお貸ししたけど。

それでも殿下は貴女に王家の権力を使って無理強いしたりはしなかったでしょう?

あの、使えるものは何でも非情にお使いになる殿下が、貴女には一切そんな事をなさならかった。

私は、殿下のその姿を見て、旦那様を押さえ付けてでも殿下に協力する気になったのですよ?」


ふふふっと可愛らしく笑うお母様に、冷や汗と震えが止まらなかった……。


お、お父様っ!おいたわしいっ!

あと、お母様が見定める側だったんですかっ⁈

王族相手にっ⁈


更に……クラウス様のSSR級の強さ……。

お母様がけしかけたんですね……。


ローズ侯爵家の女帝と呼ばれるだけはあります……。

最強過ぎですっ!お母様ぁっ!


目の前のお母様の最強を改めて再認識した私は、クラウス様の婚約者になる事をあれ以上足掻いて引き伸ばさなくて良かったと心から思った。


そもそも、あの時点でクラウス様とお母様はタッグを組んでいたのだから、足掻きようはなかったのかも知れないけど……。


それでも、ワンチャンに賭けて駄々捏ねなくて良かった〜っ!

そんな事していたら、どんな目に合っていた事かっ!


私はブルルッと震え、マリサの入れ直してくれたお茶を一口飲んだ。


「キティ、殿下なら貴女を大切にして下さるわ。

貴女も殿下を大切に想い、お支えするんですよ」


お母様が慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、仰った事に、私は深く頷いた。



……はい、お母様。

私もいつかお母様のように最強な女性になって、クラウス様をお支え致します。


微笑み一つで全てを薙ぎ払って見せますわっ!



熱く闘志を燃やす私を見て、マリサが溜息をついた。


「奥様、またお嬢様が明後日の方向にやる気を出していますよ」


マリサの指摘に、お母様は困ったように笑う。


「あらあら、まぁまぁ。

うふふ、殿下に悪い事しちゃったかしら?」


困り顔で、大変楽しそうなお母様は、全く悪びれも無くそう言って、うふふふっと笑うのであった……。



『大丈夫です。お嬢様が何をしようと、殿下を喜ばせるだけですから』


マリサは心の中で、そう呟いた……ように見えたっ!(ちょっとエスパー)



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