episode.17

皆さま、ご機嫌よう

第二王子、クラウス・フォン・アインデル殿下の婚約者、キティ・ドゥ・ローズでございます。

………どーしてこーなった……。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「お〜い、ノワール?」


ジャンの呼び掛けに、ノワールはピクリとも反応しない。

真っ白になって、今にも塵になりそうな様子だ。


「……へんじがないただのしかばねのようだ」


「ジャンっ!」


ジャンがノワールを指差しながらレオネルとミゲルに言った言葉に、ミゲルが厳しく声を上げた。


騒がしいパーティ会場とダンスを強請る令嬢達から逃げ出し、3人は庭園でキティの婚約発表によって生ける屍のようになったノワールを囲んでいた。


「放っておけ、こいつにはいい薬だ」


レオネルが冷たく言い放つ。


「しかし、クラウスも人が悪い……。

ノワールにもローズ侯爵にも秘密裏に事を運ぶなんて……」


ミゲルの呟きに、ジャンがやれやれと肩をすくめた。


「いや、コイツらが鈍過ぎなんだよ。

俺はむしろ、あのクラウスがよくもここまで我慢出来たと感心するね」


ジャンの言葉にレオネルが顎に手をやり、考えるように言った。


「クラウス自身、手に入れたいと思うものなど今まで無く、戸惑っていたのだろう……」


「戸惑う?あの人が?」


ミゲルの驚いたような声に、レオネルはゆっくり頷いた。


「クラウスにとっても初めての感情だ、侯爵夫人との約束もあったしな。

まぁ、今回暴走したのはキティ嬢の外見の変化が要因だろうな……」


「確かに、急に牧羊犬が美少女に変身したら、普通に焦るな……」


「ジャン〜〜」


ジャンの言葉にミゲルが責めるような声を上げる。


「それにしても、キティ嬢を手に入れる為に俺達まで付き合わされた、あの〝修行〟の日々は何だったんだっ!」


ジャンの雄叫びに、他の2人もうんうんと頷く。


「あの地獄のような〝修行〟の日々……。

どうせ公の場で陛下から発表して逃がさないようにするなら、さっさっとそうすりゃ良かったじゃねーかよっ!

そんで思う存分、勝手に2人でちちくり合うなり、何なり……」


そこで、ハッとジャンは口をつぐんだ。


背後からの尋常では無い荒れ狂うブリザードの気配に、恐る恐る、ジャンは振り返った……。


「ジャン……その口を2度と開けないように氷漬けにしてやろうか……」


コオォォォォォォッと口から冷気を吐き、その身にブリザードを纏ったノワールがゆらりと立ち上がる……。


「あっ、ちょっ、待て!ノワール!落ち着け?なっ?」


ジリジリと後ろに下がるジャン。


瞬時に2人から距離を取る、レオネルとミゲル。


「あっ!ちょっと!きたねーぞ!お前らっ!」


2人を非難するジャンの視線をツツツと避けながら、ミゲルが言った。


「今のは貴方が悪いですよ。

ジャン、貴方1人の犠牲でこの会場にいる全ての人が助かるんです。

分かりますね?」


「ガス抜きには丁度良いだろう。

辛い〝修行〟の成果を見せろ、ジャン」


レオネルも無常に言い放つ。


「なっ、お前らっ!俺一回もノワールに勝った事ねーの知ってんだろーがっ!

……あっ、ちよっ、ノワール……マジ、たんまたんまっ!」


既に鬼神の如きオーラを纏い、ノワールは一歩一歩ジャンに近づいていった。


「ちょ!やめてーーっ!ノワールーーっ!」


ジャンの雄叫びが、騒めくパーティ会場まで届く事は無かった……。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





急にゾクっと寒気を覚え、私は自分の腕をさすった。

……何かしら?誰かがお兄様の怒りを買って、お兄様のブリザードの餌食になったような……そんな寒気が……。


まっ、平和なパーティ中に、そんな訳無いわよね。


私は肩をすくめて、自分の考えを頭から追いやった。


今は、そんな事より、これよ。


私は目の前の光景に、ガタガタとドレスで隠れた足を震わせた。


端から端まで高価な調度品で設られた、広い広い部屋……の入り口で、私は恐怖に戦慄きながら、クラウス様に聞いた。


「このお部屋を……私に?」


違う……違うって言って、お願いだから。


だけど、私の願い虚しく、クラウス様はうんうんと嬉しそうに頷いた。


あっ、ちょっと、可愛い仕草やめてっ!

気持ちがギュンギュンブレるからっ!


もうそろそろ、お役目御免でいいよ。

そう言われて、クラウス様にパーティ会場から連れ出され、連れて来られたのが、クラウス様の私室の隣部屋になる、この部屋。


つまり、王子妃の使う部屋だ。


ちょっ!ついさっき婚約者発表されたばかりなのに、急に王宮に部屋を賜る事になって、しかも場所がよりによってここっ!


私ことキティには本当なら一生縁の無い筈だった場所……が何故か私好みに完璧にコーディネートされて目の前にドーーンッ!


なんて事でしょう……!


あっ、いや匠なあの番組じゃ無いんだから。


呆然と立ち尽くす私の手を優しく引いて、クラウス様はそっと私をソファーに座らせる。


あっ、ふかふかぁ。

肌触りも弾力も丁度私好みー。

早速籠絡されかかる、私。


こらこらこらっ!冷静に考えろっ!私っ!

よく考えるのよっ、いい、よく考えて。


まぁ、メイドさんの持って来てくれたお菓子とカフェオレは美味しく頂きましょう。


ううっ、コルセットが苦しくて心ゆくまで食べれない……。


涙目でクラウス様を見ると、クラウス様はにっこり頷いて、部屋から出て行った。


入れ替わりに入って来たメイドさん達によって、ドレスを脱がせてもらい、お風呂に入れてもらい、ゆったりした寝着に身を包む。

生活魔法で髪をホワっと乾かしてもらってから、ソファーに戻ると、いつの間にやらクラウス様が帰って来ていた。


クラウス様も湯に浸かって来たのか、サッパリして寝着に着替えている。


お菓子の他にも軽食が運ばれて来ていて、朝から碌に食べていなかった私はそれらを夢中でモグモグ美味しく頂く。


うまうまっ、さて、何だっけ?

あっ、そうそう、冷静に考えなきゃ……冷静に……。


ってこれぇぇぇっ!既にお泊まり準備万端っ!

寛ぐ気満々のスタイルーーっ!


くっ……いつの間に!

王宮のメイドさん達がここまで手練だったとはっ!


私は自分の失態を棚に上げ、王宮のメイドさん達の見事な仕事ぶりに責任転嫁しておいた。


まぁ、いいわ。よくは無いけど、まぁ、ひとまずは。

私はう〜んと無い頭を捻る。


1週間後には学園の入学式でしょ?

そこでこの世界の主人公であるヒロインが、攻略対象であるクラウス様、ノワールお兄様、レオネル様、ミゲル様、ジャン様と出会う。

どの攻略ルートに入るのかは分からないけど、メインヒーローであるクラウス様ルートは確立が高い筈。


と、なると、クラウス様とヒロインのイチャラブ学園生活スタート。

……私、堂々と浮気されてる婚約者の家(王宮)に住む。

学園で2人のイチャラブを眺める、その婚約者と一緒の家に帰る、また学園で2人のイチャラブを眺める、またまたその婚約者と一緒の家に帰る、またまた学園で2人の……。


……ってもういいわーーっ!


何それっ!どんな状況っ⁈


気っっっっっまずいわっ!

めちゃ気まずいわっ!


それなんて拷問っ⁈


「はい、キティ、もうちょっとあ〜んして」


クラウス様に言われ、私は素直に口を開ける。


シャコシャコシャコ。


クラウス様に歯を磨かれている。


「はい、いいよ。ブクブクペーして?」


ブクブクペー。


「さっ、今日は疲れたろう?早く寝ようね」


抱っこでベッドに連れていかれ、横たえられる。


う〜ん、どうやってこの部屋を辞退しよう……。

せめて学園には家から通えないかしら……。


クラウス様に髪をナデナデされながら、更に頭を捻る。


持病?持病の癪が?

いやいや、そんな事言ったら、王都、下手したら国中からお医者さんを集めかねない……お父様が。


う〜ん、じゃあ、どうしたら?


サワサワサワサワ。


何だか太腿辺りに違和感を感じ、私はビクっと体を撥ねさせた。


「……きゃっ!クラウス様⁈」


気がつくと寝着の裾を捲り上げられて、太腿を撫でられていた。


「ふふっ、バレちゃった。

何だか考え込んでいたから、いいかな〜って」


いいかな〜じゃないっ!あと、可愛いっ!

あざと可愛く小首を傾げないで!

それと、バレてるのに手が止まっていませんよ!


ってか私っ!いつの間にベッドの中にっ⁈


あわあわオロオロする私に、クラウス様はふふふと微笑んで、優しく諭すように言った。


「大丈夫。疲れてるキティに無茶な事しないよ。

ただちょっと触らせてもらうだけだから、ね」


ちょっとだけ……と迫ってくるのは酔っ払いのキモオヤジと相場が決まっているのに……。


超絶美形王子もこの手を使ってくるとは……。


クラウス様は私の太腿を触る手を一切緩める気が無いらしい。

優しく撫で回されて、何だか私は変な気分になってきた。


クラウス様の手がゆっくりお尻の方に回って来て、指先が下着の中に滑り込んできた。


ビクっと私は身体を震わせ、クラウス様の寝着をギュッと掴んだ。


それから、直でお尻もサワサワ撫でられる。


「……ん、んん」


私はギュッと唇を噛んで、ゾクゾクと湧き起こりそうな快感に耐えた。


「ああ、ダメだよ、キティ。

可愛い唇に傷がついたら大変だ」


クラウス様は私の唇に、チュッとキスした。

惚けて微かに開いた唇の間から、クラウス様の舌が侵入してくる。


舌を絡ませて軽く吸われる度に、ゾクゾクとした快感が脳に響いた。


キスをしながらも、クラウス様のお尻を撫でる手は緩まない。


「………んっ、やぁっ………」


私は一層甘い声を上げ……キュウ〜っと意識を手放した。




「お疲れ様、キティ」


クラウス様が優しく頭を撫でながら囁く声が朦朧とした意識の中、聞こえた。


「何だか酷く考え込んでいたみたいだけど……」


「大丈夫、心配しないで。

君の憂いは全て俺が薙ぎ払ってあげるからね……だから安心して、キティ。

おやすみ……」


クラウス様の言葉に私は朦朧とする意識の中、必死に答えようとハクハク口を開いた。


……物理的に、じゃありませんよね?それ。


その私の言葉は、最後まで声にならなかった……。







翌朝、私はボサボサの頭でベッドから起き上がり、白目で窓から降り注ぐ朝日を見つめた……。


……これが朝チュン(違う)。


クラウス様は公務の為、もう起きて出て行ったらしい。

朝の支度を手伝ってくれている、王宮の手練れメイドさんズに教えてもらった。


ゆったりと朝食を食べていると、誰かが訪問して来たらしい。


誰かしら?


私は部屋に入って来たマリサの姿に歓喜の悲鳴を上げた。


「マリサっ!マリサーマリサーっ!」


夢中で抱きつく。


昨日ぶりなのに、何だか物凄く久しぶりに感じる。


やっぱり人の家じゃ、落ち着かなかったんだわ、私。

………繊細だから。


クラウス様が出て行った事も気付かず、グースカ寝こけていた事は丸っと棚に上げる。


「ああ、キティお嬢様。

お元気そうで何よりですわ」


マリサも目尻に涙を滲ませ、再会を喜んでくれた。


マリサも同じように思ってくれているのを感じる。


そうよね、私が外泊なんて、初めての事だもの。

外泊どころか、碌に外出もしない引き篭もりで、マリサにベッタリだったもんね。


私達はしばし再会(昨日ぶり)を喜び、一緒にお茶にする事にした。


「でも、どうしてマリサがここに?」


私の問いに、マリサが顔を輝かせて答えた。


「実は、第二王子殿下が奥様に頼んで、私が王宮でもお嬢様の侍女を続けられるようにして下さったのです。

住み込みでは無く、通いになりますが。

これからも毎日一緒ですよ、キティお嬢様!」


マリサの言葉に、私はますます顔を輝かせた。


「それ、本当っ⁈貴女がいてくれたら、凄く心強いわっ!」


私はクラウス様の心遣いに心から感謝した。


まぁ、直ぐにマリサ共々出戻りになりそうだけど……。


「昨晩は侯爵邸に業火とブリザードが吹き荒れて、大変でした」


マリサの言葉に、私はゾッと顔を青くした。


「そうだわ!婚約の事、お父様とお兄様は何も知らない様子だったけど、どーゆー事?」


私の問いに、マリサはちっちっと人差し指を口の前で軽く振った。


「お嬢様、侯爵邸の影の支配者の存在をお忘れで?」


ああ………お母様……。


オーノージーザス……。


私は自分の間抜けさを今更ながら呪った。


お父様もお兄様も、娘(妹)可愛いさで、何処にもお嫁にやらないと日頃から言ってくれてたから、そこに胡座をかいてお尻まで掻いちゃってたわっ……!


侯爵邸の真の支配者、お母様の攻略を忘れるなんてっ!


「じゃあ……今回の事は、全てお母様の独断なのね?」


私の問いに、マリサがう〜んと、首を捻る。


「流石に奥様お1人では……クラウス様と陛下と王妃様、あと宰相様辺りが決定した事ではと……」


オゥ……いずれも劣らぬビッグネーム……。


勝てない、そりゃ勝てないわ……。


「何と言ってもお嬢様は候補者候補、第一位でしたし、王子殿下は何年もお嬢様をお望みでした。

……それに加えて、お嬢様と王子殿下の、あの、【祝義の謁見】での、あの噂が……」


もじもじ顔を赤らめるマリサに、私まで顔を赤くしてしまう。


ああ!あれねっ!そうそうあれよねっ!


私が既にクラウス様のお手付きってゆ〜あれね……。


全てが唯の根も歯もない噂じゃないってとこが、また泣ける……。


「兎に角、その状況でいつまでも婚約者として発表しないのは、いかがなものかとなったのでは、と。

他の婚約者候補の令嬢方の進退にも関わりますし」


ギクっ!

私はマリサの言葉に明らかに動揺した。


「選ばれなかったご令嬢方は、早々に次のご縁談を探さねばなりませんからね」


ギクギクっ!

私の胸が早鐘のように鳴る。


「王家に候補者と選ばれた時点で大変な誉れなので、縁談に困る事はないでしょーけど、流石に年齢的に差し迫っていたご令嬢も居られましたし」


グサグサっと、私の胸に見えない刃が突き刺さる。


「そもそも、王族の方なら、10歳までにはご婚約者が決まってらっしゃるものですが、王子殿下は17歳まで決まらなかったのが異例なんです。

まぁ、王子殿下が内々にお嬢様に決めているのは公然の秘密でしたので、候補を辞退して他の縁談を決めた家もありますが、昨日まで候補でい続けた家の中にはホッと胸を撫で下ろしたお家もあるのでは?」


ザクザクザクザクッ!今度は見えない矢が降り注いでくる。


「そんな事情もあって、奥様も堪忍袋の緒が切れたのでしょうね。

昨夜、侯爵様とノワール様をギッチギチに締め上げていましたから」


……っぶねーっ!

昨日家に帰らなくて良かったーーっ!

諸悪の根源の私なんてっ、ギッチギチのギッタンギッタンの見るも哀れな姿になってたに違いないわっ!


怖い怖い、くわばらくわばら……。


「あの、それで?他のご令嬢方はどうなさるのかしら?」


私は努めて冷静を装い、マリサに恐々聞いた。


「もちろん、皆様もう良い縁談が山のようにございますよ。

王家からの推薦もございますし。

……まぁ、中には側妃にと粘る家もあったようですが、王太子でも無いのに必要無いと殿下に一蹴されたようです」


マリサの言葉に私はホッと胸を撫で下ろした。


……それにしても、私ったらそんなに関係各所にご迷惑を掛けていたなんてっ!


原作でもクラウス様には決まった婚約者がいない設定だったから、大丈夫かな?なんて思っていたけど、大丈夫じゃなかった……全然大丈夫じゃなかった!


うう……ごめんなさい、他の婚約者候補の皆様……。


私、決めました!

これほど人様にご迷惑を掛けて来たんだものっ!

この先どんな気まずい関係になろうとっ!

見たくも無いイチャラブを毎日見せつけられようとっ!

クラウス様に婚約破棄されるその日までっ!

立派に婚約者として全うして見せますっ!


それが私の贖罪なのだと、私は密かに頷いた。


頑張ります!婚約破棄されるその日までっ!

出来れば乙女は守りたいので、私の中の淫乱Cカップ令嬢とも闘う所存っ!


密かに拳を握りしめ、私の闘いのゴングが今、静かに鳴り響いた……。










◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️


後書き


空を見上げれば無数の星空……。


その1つになった、ジャン・クロード・ギクソット……。


『だからもう、勝手にちちくりあってりゃいいじゃ〜ん……』

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