episode.35-2
「さて、アーバン・ロートシルト」
クラウス様のよく通る声が、大ホールに響く。
「お前の罪は数多あるが、一番の罪は、私の婚約者を暗殺しようとした罪だ」
クラウス様の言葉に、アーバン様が首を振って言い返した。
「何の事だか、身に覚えがございません。
そこの侯爵令嬢の狂言でございます。
私はそのような恐ろしい事、出来る人間ではありませんっ!」
両手を祈るように組んで、クラウス様に縋るようにそう言うアーバン様を、クラウス様は侮蔑の目で見ている。
「戯言を抜かすな。
既に、全て調べはついている」
クラウス様は冷徹な声でアーバン様に言い放った。
アーバン様はその迫力にダラダラと汗を流し、ガタガタと震えながらも、尚も言い募った。
「そ、そ、そう言われましても……。
私には何の事だか……。
皆目、検討もつきませんわ……」
ガチガチと奥歯を鳴らしながら、言い募るアーバン様に、クラウス様はハッと鼻で笑って言った。
「なる程、【銀月の牙】は随分と依頼主からの信頼が厚いらしい」
クラウス様の言葉に、アーバン様は目を見開き、完全に固まってしまった。
「だか、その信頼厚い【銀月の牙】なら、既に掌握して壊滅させた。
もちろん、全ての証拠はこちらの手の内にある」
アーバン様はへなへなとその場に座り込み、青い顔でブルブルと震えている。
「ロートシルト伯爵家の依頼で、キティ・ドゥ・ローズ侯爵令嬢の暗殺を請け負った証拠がしっかりと残っているが、これをどう申し開くつもりだ?」
クラウス様の言葉に、アーバン様がカッと目を見開いた。
「なっ!お父様が【銀月の牙】は依頼者の一切の証拠を残さないから、心配いらないとっ!」
言ってアーバン様は、ハッとした顔をして自分の口元を震える手で押さえた。
クラウス様はそんなアーバン様に、ニヤリと笑い、言った。
「残念ながら、それは営業文句といつやつだな。
実際は【銀月の牙】は全ての依頼を記録魔法に残してある。
成功報酬を出し渋る人間が一定数いるようでな、まぁ、自衛の為だ」
アーバン様はブルブルと震えながら、クラウス様を見つめて、その瞳に涙を浮かべて訴えた。
「も、申し訳ありません、殿下。
私はお父様をお止めする事が出来ませんでした……。
そのような恐ろしいお考えは、お捨て下さいと、何度も申し上げたのですが……。
聞いて頂けなかったのです。
お父様をお止め出来なかった私にも、非があったと認めます。
ですが、決して、決して私はキティ様を害そうだなどとっ!
考えた事も無いのですっ!」
ボロボロと涙を流し、肩を震わすアーバン様に、私は自分も貰い泣きを止められなかった……。
そうだったんですね、アーバン様……。
嗚咽を漏らさないように口元を押さえていると、シシリィに右手の甲でパシッと肩を軽く叩かれれた。
所謂、ツッコミというやつだ。
何故?とシシリィを見ると、ナンデヤネン、と口パクで言われる。
……んっ?だから、何故?
「ほぅ、あくまでも自分は暗殺に加担していなかったと申すか」
クラウス様の問いに、アーバン様は涙を流しながらクラウス様を見た。
「はい、私はそのような恐ろしい事、関わりはございません。
全てお父様がお決めになったのですっ!」
切々と訴えるアーバン様を、クラウス様は蔑んだ目で見下ろし、パチンと指を鳴らした。
途端に、ステージ上に記録魔法上映用の、巨大スクリーンが現れた。
「では、これをどう説明する?」
そこに映し出されたのは、薄暗く簡素な応接室にいる、3人の人物の姿。
1人は背の高い仮面の男。
そして、残る2人は、間違いなくロートシルト伯爵とアーバン様だった。
仮面の男が、2人に話しかける。
『では、依頼内容は、第二王子の婚約者のキティ・ドゥ・ローズ侯爵令嬢を、二度と社交界に戻れぬくらいに痛め付ける、という事でお間違いありませんか?』
仮面の男の言葉に、ロートシルト伯爵が頷く。
『そうだ。殿下の寵愛を二度と受けられない程の見た目にしてくれ。
顔は念入りに。間違っても世継ぎなど残さぬよう、下腹部も潰して構わん』
ロートシルト伯爵の言葉に、アーバン様が激昂して、机をバンっと叩いた。
『お父様っ!生ぬるいですわっ!
その程度、教会の一級治癒師にかかれば直ぐに元に戻されてしまいます』
アーバン様の言葉を聞いた仮面の男が、アーバン様を手で制し、淡々と言う。
『ご安心下さい。治癒師にも治せないほどの傷を、特殊な毒を使って残す事は可能です。
顔も下腹部も、二度と再生されないように処置致しますよ』
そう仮面の男に言われても、アーバン様は不服そうだった。
『それでも、あの女が生きている限り、私は安心出来ませんわ。
ねぇ、お父様。まどろっこしい事はお止めになって、一思いにあの女をこの世から消し去って下さいませ』
アーバン様にそう言われて、ロートシルト伯爵はうーむと首を捻り、一つ溜息をついて仮面の男に言った。
『命まではと思っておったが、娘がこう言うなら仕方ない。
おい、絶対に分からぬように暗殺しろ。
間違っても私達が関わっている事を気付かれぬようにな』
仮面の男は頷いて、やはり淡々と言う。
『私共としても、殺してしまう方が容易いので。
その暗殺依頼、しかとお受け致しました。
……しかし、相手が相手です。
頑丈に守られている王宮内では、まず無理でしょう。
狙うなら学園内なのですが』
『それなら私が、いくらでも手引き致しましてよっ!』
仮面の男の言葉に被せるように、アーバン様が生き生きとそう請け負った。
この後、依頼主が仕事に関わる事を渋る仮面の男と、ゴリ押しするアーバン様。
依頼主からのゴリ押しに屈し、仮面の男が渋々了承するところで、映像は途切れた。
……皆さま、チベットスナギツネってご存知かしら?
ご存じ無い方は、今すぐググって下さらない?
……それ、今の私の表情。
涙を、返してもらいたい。
「さて、アーバン・ロートシルト。
これをどう説明する?」
クラウス様の刺すような眼光に、アーバン様は真っ青になってガタガタ震えている。
……あれは、震度5ね。
負けたわ。
「更に貴様らには、先程の準魔族との共謀の疑いもかかっている。
私の婚約者である、キティ・ドゥ・ローズ侯爵令嬢暗殺未遂の罪と共に、詳しく尋問させてもらおう。
コイツらを王宮の貴族牢に連行しろ」
アーバン様達を取り囲んでいた護衛騎士と、警備兵が次々とその一団を引っ捕えていった。
「ちょっと、私に触らないでっ!
私を誰だと思っているのっ!
私は恐れ多くも、この国の伯爵家の令嬢ですのよっ!
貴方達のような下賎な者が触れていい人間ではないのっ!
離しなさいっ!不敬ですわよっ!」
不敬とは……。(チベットスナギツネ顔)
アーバン様は護衛騎士相手に激しく抵抗を続けた。
流石に護衛騎士では令嬢相手に手荒な事は出来ない。
そんな事ものともしないのは、あの双子だけだと思うの………。
「仕方ないわね、ゲオルグ、貴方が連行しなさい」
「はっ」
シシリィに言われて、ゲオルグ様が騎士の礼をとった後、アーバン様のところに向かった。
いつも思うのだけど……。
シシリィとゲオルグ様ってどんな関係なんだろう………。
「あいつは私直属の私兵団の団長よ」
またエスパーッ!
私の疑問をあっさり解決してくるスタイルのシシリィ。
話が早いっ!
ゲオルグ様はアーバン様の前に立つと、さっさとその両手を拘束して、引っ張った。
「私はオルウェイ伯爵家の人間だ。
これで文句あるまい」
淡々と述べるゲオルグ様に、流石にアーバン様はぐっと言葉を飲んだ。
アーバン様も伯爵家の人間。
同じ伯爵家でも、オルウェイ家の方が頭一つ分は家格が上な事を知っていたらしい。
悔しそうに大人しくなったアーバン様を、ゲオルグ様がさっさと連行していく。
残った取り巻きの方達も、護衛騎士に連れて行かれるが……。
「殿下っ!私はただアーバン様に脅されていただけなのですっ!」
「僕もっ!伯爵家の権力に逆らえず、仕方なくっ!」
「キティ様っ!数々の無礼をお許し下さいっ!
決して本意では無かったのですっ!
どうか、信じて下さいっ!」
連行されながら、アーバン様の取り巻きの方々が口々に許しを乞う。
私が一瞬動きかけたのを、シシリィが制して、残念そうに首を振った。
そのシシリィに私は小さく頷いた。
そうよね。
どんな理由があれど、彼らが行ったのは王家に連なる私への侮辱罪と暴行未遂、それに暗殺未遂。
ロートシルト家に捜査が入れば、件の本を書かせたのが誰かも明るみに出るだろう。
その他の悪巧みと共に。
そうなれば、もっとも重い、国家への反逆罪に問われる。
そしてそうなれば、彼らは全員テロリストとして扱われるのだ。
クラウス様の婚約者とはいえ、私如きが個人の感情で今どうこうする訳にはいかない。
私は自分の浅慮を恥じると共に、瞬時に気付いて止めてくれたシシリィに感謝した。
今、私がすべき事は、そんな事では無いわ。
私はステージ上から、パーティに集まった生徒達に向き直り、居住まいを正して声を上げた。
「皆さま、大変お騒がせ致しました。
この晴れの日のパーティにて、騒動を起こしてしまった事、どうかお許し下さい。
全ては私を守る為に、殿下と皆様が考えて下さった事なのです。
私が不甲斐無いばかりに、皆さまには大変なご心配をお掛けしてしまった事、心より陳謝致します。
どうか、これよりは、この晴れの日のパーティを心ゆくまで楽しんで頂きたく、お願い申し上げます」
私はそこで、最上級のカーテシーをとる。
途端に会場中から、歓声と拍手が巻き起こった。
「キティ様っ!そんなっ!私達などにもったいないっ!」
「キティ様っ!素敵っ!」
「御身の危険がありましたというのに……」
「なんて清らかで清廉な方なのっ……」
「高貴なる魂に祝福あれ。
我らの王子妃キティ様に幸いあれ」
『高貴なる魂に祝福あれ。
我らの王子妃キティ様に幸いあれ』
会場中を包むような大合唱に、私はどうしたものかと、クラウス様を見た、が。
クラウス様は恍惚とした表情で、その大合唱を浴びている。
いや、浴びてないで、お願いしますよ。
私がコホンと小さく咳払いをすると、クラウス様がハッと我に返り、やっと生徒達に向かってスッと片手を上げた。
途端に会場中が、水を打ったように静まり返った。
「皆、騒がせてすまなかった。
我が婚約者の一大事だった故、どうか許してほしい。
キティの言う通り、今宵は存分に楽しんでいってほしい」
そう言ってクラウス様が指を鳴らすと、楽団の演奏が始まった。
皆んな、それぞれにダンスや食事を楽しみ始め、私はホッと息を吐いた。
皆んなその場ではもう先程の事を話題にはしていない。
私達への配慮だろう。
でも、明日からは大騒ぎになる筈だ。
今更箝口令など無理な話だし。
一体どうなるのだろうか……。
私が首を捻って唸っていると、ミゲル様が目をキラキラさせて、近づいて来た。
「キティ様、お見事でした。
あのクラウスを咳払い一つで動かすとは、私、感銘を受けました」
ミゲル様に明後日な褒められ方をされて、私はハハハッと乾いた笑いを浮かべた。
「そ、それより。どうして皆様には、フィーネさんの力が通じなかったのですか?」
私の問いに、ああっとミゲル様は頷いて、右手首を見せてくれた。
ミゲル様がその右手首に左手をかざすと、見た事も無い紋様が浮かび上がった。
「これは、帝国と協力して研究していた、魔族の力を跳ね返す術式です。
成功まで難航しまして、やっと最近完成したのですが、効果の程を試す機会が無く。
件のカフェテラスでの一件でやっと、本当の成功を確認出来たのです」
ミゲル様の言葉に、私は目を見開き、シシリィを見た。
あ、あ、あんたっ!ぶっつけ本番で、魔族の力に対抗しようとしたのっ!
私の言いたい事を表情で察知したシシリィは、横目でテヘペロ顔をする。
だからっ!○コちゃん顔で逃げるの止めろーーーーっ!
シシリィの頬をつねりながら、私はハテ?と思い付いた。
「でも……では何故私は無事だったのでしょう?」
あの時フィーネさんは、確実に私にも力を使った筈だ。
私の疑問に、シシリィが私の首元を指差して答える。
「それは、そのネックレスのお陰」
シシリィに言われて、私は自分のネックレスを持ち上げた。
これは入学祝いにクラウス様から頂いた、魔石疑いのある、ネックレス……。
「それ、ブルードラゴンとシルバーホワイトドラゴンのミックスをクラウスが狩って、その核から作ったのよ。
どちらも浄化と守護に特化しているから、そのミックスなんて、超一級素材よね。
討伐難易度と共にSSR級。
更にそこにアイツの魔力も込められてるから、SSGR(スーパースペシャルゴットレア)級よね」
シシリィがアハハッ!と笑いながら説明してくれたが、私はふーっと気が遠くなっていくのを感じた。
あっ……ダメだわ……。
ここで倒れたりしちゃ……。
せっかく皆さまがパーティを楽しんでくれているというのに……。
私は遠のく意識を必死に繋ぎ止めて、ガシッとシシリィにしがみ付いた。
「これ、どうしたらいいの……?」
真っ青な顔でシシリィに聞くと、シシリィはなんて事ないといった顔で答えた。
「どうもこうも、今まで通り肌身離さず付けてなさいよ」
ぐっ……、く、首が捩じ切れるほどに重く感じる……。
「それが、クラウスの愛の重さよ……」
シシリィに耳元で囁かれ、私は首をガッと気力で持ち上げた。
た、耐えてみせるわっ!
これくらいっ!重たくもなんとも無いっ!
どんとこいっ!
シシリィにその調子その調子〜っと囃し立てられながら、ネックレスの(精神的な)重量と戦っていると、クラウス様、お兄様、レオネル様、ジャン様がこちらにやって来た。
「キティ、怖い思いをさせてごめんね、怒ってる?」
くっ、またしても大型犬の耳が見えるっ!
可愛い、撫でたいっ!
私は欲望と戦い、握られた手を握り返すに留めた……何とか。
「ごめんね、キティ。こんな方法しかなくて。
どうしてもあの女に強い力を出させたかったら、分かりやすい舞台が必要だと、シシリアに言われて……」
ノワールお兄様が眉毛を八の字に下げて、謝罪してくる。
くっ、こっちの威力もハンパないっ!
う、美し可愛いっ!
「騙し討ちのようになって、本当に申し訳なかった。
場も収めてくれた事も、合わせて感謝する」
いつもより穏やかな表情のレオネル様。
「キティ嬢が毅然とした態度でいてくれて、本当に助かったよっ!
いざという時に1番強いのは、キティ嬢かもなっ!
でも、本当に、驚かしてすまんっ!」
ペコリと頭を下げる、ジャン様。
「貴女に何の説明も無く、全て委ねてしまい申し訳ありませんでした。
貴女の高貴な魂に救われました。
本当にありがとうございます」
優しく微笑む、ミゲル様。
私は皆んなに向かって、ブンブンと頭を振った。
「そんな、私こそ不甲斐無くて申し訳ありませんでした。
……それに、私、皆様の事を信じていましたから。
フィーネさんの力になど、絶対に屈しないと。
ですから、皆様、謝ったりしないで下さい。
私はそんなに、絶望的な状況では無かったのですから」
にっこり微笑むと、皆んな安堵の表情を浮かべてくれた。
「さっすが、キティ嬢っ!
まぁ、俺達はこの魔族避けの術式のお陰で助かったけど、クラウスなんか素で跳ね返してたからな」
ジャン様の言葉に、私は信じられない思いで目を見開き、クラウス様を見た。
「貴重な術式だからね、5つしか用意が間に合わなかったんだ。
まぁ、俺はそんな物無くても弾けれるなって確信していたから、別に最初から必要無かったけどね」
何でもない事のようにそう言うクラウス様に、私はふら〜っと意識が遠のいていく。(2回目)
ハッ、いけないわ。
ここで私が倒れたりしたら、せっかく楽しんでいる皆さまが……。(2回目)
私は倒れそうになる己を鼓舞し、ギュッとクラウス様の手を握った。
「そのような危険な事、もう二度となさらないと約束して下さいまし」
上目遣い(身長差ゆえ)でクラウス様に懇願すると、クラウス様は自分の唇を手で押さえ、頬を赤らめた。
「か、かわ、可愛い。
どうしたらいい?今すぐ王宮の自室に攫っていけばいい?」
……そんな事は懇願していない。
私がキッと睨み付けると、クラウス様はますます顔を赤くして、デレデレとしている……。
だから……偶には私の話を真面目に聞けっ!
「魔族の力を侮ってはなりませんっ!
御身に何かあっては遅いのですよっ!
良いですか?
そのような危険は事は、二度と、なさらないと約束して下さいましっ!」
丁寧に大事なところを区切って伝えると、クラウス様はシュンとして、耳を垂れさせた。(幻覚)
「はい、ごめんなさい」
素直に謝ってくれたので、本当は頭ナデナデしたいところをグッと耐えて、私は大きく頷いた。
よし、躾は最初が肝心っ!
しかしクラウス様は頬を染めたまま、ボソッと呟いた。
「…………良い……」
伝わってませんね?
事の重大さを理解していませんよね?
私は密かに両手を組んで、パキパキと関節を鳴らした。
……分かりました。
いつか必ず、無限くすぐりの刑に処して差し上げますわ。
ふふふ……と笑う私を見て、シシリィがビクっとして言った。
「両手とそのワフワフの髪でくすぐってくるんですね、分かります。
ご褒美です。ありがとうございます」
だから、エスパーーーーッ!
なんで考えている事が分かるのよっ!
あと、ご褒美じゃないわーーーーーっ!!
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