episode.35-1

皆さま、ご機嫌よう。

キティ・ドゥ・ローズでございます。

運命の時でございます。

私は私として、真摯に運命と向き合いとうございます。






晴れ渡る青空。

春の訪れを感じるよき日。

クラウス様達、3年生の卒業式が、厳かにつつがなく終えた。



そして卒業を祝うパーティーでの席。

学園の大ホール。

半円形の階段が5段ほどあるステージの上から、クラウス様が無表情に私を見下ろしていた。

傍らに侍るフィーネ様は、クラウス様の腕に自分の腕を絡ませながら愉悦の笑みを浮かべ、頭をクラウス様にもたせ掛けていた。


2人の後ろには、ノワールお兄様、レオネル様、ミゲル様、ジャン様。

皆んな、厳しい顔をして、私を見下ろしている。



私は胸を張り、そんな皆様を真っ直ぐに見つめ返した。


すぐ後ろにシシリィが立っていて、悠然とした微笑みを浮かべている。



私は、クラウス様の腕に絡まるフィーネさんの腕を見つめた。


フィーネさんのファンクラブの証言を思い出す。


彼らは、フィーネさんに触れられただけで意識が朦朧とし、正常な判断が出来なくなったと言っていた。

そして、その目で見つめられ、耳元で囁かれると、もうフィーネさんしか見えなくなり、フィーネさんの言葉しか聞こえなくなり、彼女の為なら何でも出来ると錯覚するようになる……。


ヒロイン補正なのか、彼女特有のスキルなのか、詳細はまだ解明されていないが、他人の意識を自分の良いように操り、非道な行為を行わさせた。

私から見れば、忌むべき力に他ならない。


どんな手を使ってクラウス様達に近付き、その力を使ったのかは分からないけど。


クラウス様達もフィーネさんの術に嵌ってしまったと考えて、まず間違いないだろう。



……私は、私に何が出来るかは分からないけど……。


だけど、クラウス様と皆んなの意思は、そんなに脆弱では無いと信じている。

必ず、彼女の力に打ち勝てる。


もしも、クラウス様にそれが出来ないなら、私がぶん殴ってでも正気に戻すっ!


私がクラウス様を守ってみせると、密かに強く決意していた。



「キティ・ドゥ・ローズ侯爵令嬢。

ここにいる女生徒から貴女に対して陳述が上がっている」


クラウス様の感情の無い冷たい声にも、私は威儀を崩さず、真っ直ぐとクラウス様を見つめた。


クラウス様がレオネル様をチラッと見ると、レオネル様が小さく頷き、一歩前に出て、手に持っていた書類を読み上げる。


「ここにいる、フィーネ・ヤドヴィカ男爵令嬢からの、キティ・ドゥ・ローズ侯爵令嬢に対しての陳述を読み上げる。

入学以来、フィーネ・ヤドヴィカ男爵令嬢は、キティ・ドゥ・ローズ侯爵令嬢からの数々の行き過ぎた虐め行為を受けてきたとの事。

暴言、恐喝、器物破損、窃盗、暴力行為。

これらの行為は、自分のファンクラブを利用して、日々執拗に行われた。

そして先日、学園のカフェテラスにて。

数々の行為に対し、異議を申し立てに行ったフィーネ・ヤドヴィカ男爵令嬢に対し、何らかの魔法攻撃を放ち、傷を負わせた。

この王立学園では、魔法や魔術、魔道具による他者への攻撃は全て禁止されている。

この事が事実であれば、厳しい処置が下される」


淡々と述べるレオネル様。


固唾を飲んで見守っていた会場の生徒達が、ザワザワと騒つき始めた。


「キティ様に限ってそのような事、あり得ませんわ」


「あの方、まだそのような世迷いごとを……」


「キティ様のファンクラブの名誉会長は殿下ではありませんか」


「前生徒会の皆様は、一体何をお考えなのかしら?」


騒つく会場を、クラウス様はゆっくりと見回している。


その会場のステージ近くから、一つの小さな集団が声を上げた。


「やはり、キティ・ドゥ・ローズ侯爵令嬢は殿下の婚約者に相応しく無いっ!」


「数々の蛮行を許すなっ!」


「高位貴族の笠を着た、悪女めっ!」


皆んな、フィーネさんのファンクラブの会員として調べの入っている貴族令息達だった。


そしてその隣から、また別の集団が声を上げる。


「そうですわっ!王子妃に相応しいのは、こちらにいらっしゃる、アーバン・ロートシルト伯爵令嬢様の他にいません」


「そうだっ!アーバン様こそ、未来の王妃に相応しいっ!」


「とっとと退けっ!悪辣な侯爵令嬢っ!」


こちらは、アーバン様を中心にした、魔法優勢位派の貴族の方々ね。



私はその二つの集団を横目で見て、直ぐにレオネル様に向き直った。


クラウス様が今だ騒ぎ続けるその二つの集団をギラリと睨み付けただけで、彼らは息を飲み、直ぐに静かになった。



小さく咳払いをして、レオネル様が続ける。


「キティ・ドゥ・ローズ侯爵令嬢。

こちらの陳述に心当たりはあるか?」


私は堂々と胸を張り、敢然と言い切った。


「その全ての陳述に、一切の心当たりはございません」


私の言葉に、会場からおおっと感嘆の声が漏れた。



私は毅然とクラウス様を見つめる。

必ず、助けるわ、クラウス様。

その想いを込めて。


次の瞬間、クラウス様は頬を染めると照れたように笑って言った。


「もちろん、分かっているよ、キティ」



………………へっ?


私はつい、ポカンとしてクラウス様を見てしまう。


クラウス様の隣でフィーネさんも慌てたように身じろぎし、グイッとクラウス様の顔を覗き込んだ。


そして、背伸びして、クラウス様の耳元に何事か囁く……。


私は慌てて声を上げた。


「クラウス様っ!その者の言葉に耳を傾けてはなりませんっ!」


私の声に、フィーネさんがニヤァッと笑って私を見た。


だけどクラウス様は、優しく私に微笑んだ。


「俺がキティ以外の言葉などに耳を傾ける訳がないよ」


そう言って、自分の腕に絡まるフィーネさんの腕を、一振りで振り払った。


何が起きているのか分からないといったように、フィーネさんはよろめいて尻もちをついた。



「どうだ?」


クラウス様が声を掛けると、ミゲル様が何かの装置をじっと見つめて答えた。


「はい、確かに魔族の魔力を検知しました」



………魔族っ!


ミゲル様の言葉に、会場中が騒ついた。


私も目を見開き、手で口元を覆った。


魔族とは、魔獣や魔物、ドラゴンとは違う。

人型の高位種族。

身体能力、魔力共に人を遥かに上回る、脅威的な存在。

個体数は少ないが、一個体だけでも一国を滅ぼす力を持っている。

全ての魔族が独特の爵位と魔王の名を持つ。


この王国内では、魔族が出現した例は過去一度も無かった。


その魔族の力が、フィーネさんから検出された……?



「フィーネ・ヤドヴィカ男爵令嬢を準魔族と認定。

速やかにその力を拘束するっ!」


クラウス様の声に、王宮の魔術師様達が現れ、フィーネさんを囲む。


皆がフィーネさんに両手を掲げ、そこから蒼白い光が放たれた。


いつの間にかその魔術師様達の後ろに、ミゲル様を筆頭に教会の治癒師様達が控え、魔術師様達を守るように祈りを捧げ、白い光が全体を覆った。


お兄様とレオネル様、ジャン様は、何が起きても良いように、呪文の詠唱を終え、構えていた。



「ギャアーーーーッ!ぐぐぐっ!あ、んたら、こんな事して、只じゃ済まさないわよっ!」


人の円の中心で、フィーネさんがその形相を歪め、憎々しげに周りを睨んでいた。


その目は金色に光り、瞳孔は獣のように縦に細長く伸びている。


髪を逆立て、醜く顔を歪めたその姿に、ヒロインの面影は既に微塵も無い。


「ギィィィィッ!ぐあぁぁぁぁっ!」


苦しそうにフィーネさんはのたうち回り、ますますその形相を醜く歪める。


「ギギャアアアアアアアアッ!!!」


断末魔のような声を上げたフィーネさんの胸元から、禍々しい色をした大きな植物の種のようなものが浮かび上がった。


魔術師様達が、それを魔法の結界で囲む。

やがて結界は四角い透明なケースに姿を変え、それをクラウス様が手に取った。


「間違いなく、魔族の持つ魔力の種だな。

これを埋め込まれた生き物は、魔獣や魔物に。

人なら、異形に成り果てるか、運が良ければ準魔族となる」


クラウス様はそう言って、その魔族の種を眺めていたが、やがて興味を失ったようにポイっと放り投げた。


それを慌ててジャン様がキャッチする。


魔術師様達や、治癒師様達が、呆然とした顔でそれを見ていた。


そ、そりゃそうよねっ!

苦労して取り出した魔族の種を、ポイって!


扱い間違ってますよねっ!

すみませんっ!



そしてクラウス様は私を振り返り、両手を広げた。


「キティ、もう大丈夫だよ。

さ、おいで」


私は込み上げる涙を堪えて、ゆっくりとクラウス様に向かって歩いた。


本当は駆け寄って抱き着きたいくらいだけど、観衆の面前で、第二王子の婚約者である私がそんなはしたない事をする訳にはいかない。


クラウス様の目の前まで来ると、カーテシーで礼をとる。


「殿下、お呼びにより参じました」


頭を下げる私をヒョイっと抱き上げて、クラウス様がニコニコと笑う。


わ、わ、私の淑女としての矜持ぃ……。


一瞬にして台無しにしてくれたクラウス様を恨めしく睨むと、クラウス様は頬を染めて照れているようだ。


わ、分からない……。



「ふ〜ん、これが魔族の種ですの?」


いつの間にやら上がって来ていたシシリィは、ジャン様から四角いケースを受け取り、カラカラと振っていた。


だ、だから、扱いっ!

扱いが雑っ!


「お前、これは埋め込まれたんじゃなくて、自分から望んで身の内に取り込んだわね?」


シシリィが蹲るフィーネさんにそう話しかけた。


「……は、はぁ?な、何の事よ……」


肩で息を吐きながら、フィーネさんは苦しそうに答えた。

まだ何かを隠しているような、歯切れの悪い言い方だった。


「……まぁ、いいわ。

フィーネ・ヤドヴィカ男爵令嬢。

お前には数々の罪状が課せられている。

恐喝、窃盗、器物破損、傷害、殺人未遂。

そして、魔族の力で貴族を洗脳した罪。

更に王族とそれに連なる高位貴族を洗脳しようとした罪。

もちろん、貴女1人の身で償えるものではないわね。

どうするつもりかしら?

魔族の力を失った、ただの男爵令嬢さん?」


悠然と微笑むシシリィに、フィーネさんは顔を真っ青にして、ブルブルと震えていた。


「ち、ちが、違うっ!

そ、そうよっ!私は魔族に操られていたのっ!

私は被害者なのよっ!

魔族に無理やり操られていた、哀れな被害者なのよっ!」


目を見開いてそう言うフィーネさんを、まるで愚物を見るような目で見て、シシリィは手に持っていた魔族の種を魔術師様に向かって放り投げた。


「だ、そうよ。いかがかしら?」


慌ててそれを受け取った魔術師様は、受け取った手を申し訳ないくらいに震わせている。

ドッと汗をかきながら、震えた声で答えた。


「それはあり得ません。

これが無理やり埋め込まれた物であれば、私達の術では取り出せなかったでしょう。

それこそ物理的に討伐したのち、核を取り出さなければ、種は現れませんし、現れたとしても直ぐに自然に消滅します。

これはそういった類のものではありません。

殿下とアロンテン公爵令嬢のお見立て通り、自らその身に取り込んで、その力を使っていたのでしょう。

大変珍しい、いや、この王国では今まで一度も存在しなかった大変な事例です。

私達もお二人に今回の事を依頼されて今日まで、信じられない気持ちでした。

とにかく、そこの女性は意識を奪われていた訳では無く、全て自分の意志で、この力を使っていた事に間違いはありません」


フィーネさんは魔術師様を射殺さんばかりに睨み付けている。


魔術師様の言葉に、シシリィは満足そうに頷き、フィーネ様に向かってニヤリと笑った。


「そういう事ですから、もう醜い言い訳などおやめなさい。

エリク、エリー、この者を準魔族として拘束、王宮の地下牢に連行なさい」


シシリィに言われて、エリクさんとエリーさん、護衛騎士がフィーネさんを囲み、フィーネさんは両手を拘束された。


「ちょっとっ!待ちなさいよっ!

私はこの世界を統べる存在なのよっ!

この世界は私の為に存在しているのっ!

あんた達っ!私にこんな事して、後悔するわよっ!

離せっ!離せよっ!クソがっ!

クラウス、助けてっ!

私が貴女の本物のヒロインなのよっ!

そこにいるのは、偽物なのっ!

そいつは、悪役令嬢なのよっ!

クラウスッ!レオネルッ!ノワールッ!

ミゲル、ジャーンッ!

誰でもいいから、私を助けてっ!」


暴れて喚き散らすフィーネ様を、無表情で引き摺るように連行していく双子……。


動じないにも程があるのですが……。



残されたフィーネさんのファンクラブの会員達は、跪きブルブルと震えていた。


「ぼ、僕は殿下の婚約者様に、な、なんて事を……」


「今まで、何故あんな恐ろしい事を平気でやってしまっていたんだ……」


「う、うう……どうして……」


フィーネさんの洗脳から解けたのだろう、皆んな涙を流して、肩を震わせていた。


そんな彼らを護衛騎士が引っ立ててゆく。

力無くされるがまま、抵抗する者は誰もいなかった。



魔族の力……。

なんて恐ろしく、おぞましいのだろう……。


人の意思などお構いなしに、自分の好きなように操り、彼らのこの後の未来を暗く塗り替えた。


そんな力を、何故フィーネさんは平気で彼らに使えたのだろう……。


そして、クラウス様やお兄様達にも間違いなく使った……。


皆んながどうやってフィーネさんの力から逃れたのかは分からないけど、本当に効いていたら、大変な事になっていた。


この国の第二王子と主要貴族の令息達……。


それがあのフィーネさんの意のままに操られたとしたら……。


この王国はどうなっていた事か……。



私は恐ろしさに身震いをした。

そんな私を、クラウス様がギュッと抱いて、優しく微笑む。


「大丈夫、キティ。もう二度と君を害そうとする者など現れないよう、徹底的に踏み潰してあげるから」


そう言って、私を下に降ろすと、その背に庇うように私の前に立つ。


その私の周りを守るように、お兄様、レオネル様、ミゲル様、ジャン様、そしてシシリィが囲った。



「さて、アーバン・ロートシルト。

次はお前の番なのだが」


いつの間にかアーバン様達は護衛騎士と警備騎士に囲まれていた。



「準備はいいかな?」


悠然と微笑むクラウス様に、私はこんな時なのに、自分のスクショ機能を抑える事が出来なかった。


……尊すぎて、保存しないなんて無理っ!


この機能にすっかり敏感になってしまっているジャン様が、ジト目で私を見ているが……。


腐れオタの私には、だがっ、効かないっ!


「逞しすぎて、一周回ってむしろ頼もしいわ……」


シシリィの呆れ声に、私は親指を立てて答えた。


うんっ!ありがとうっ!


「褒めてはいないんだけど……」


シシリィの呟きに、レオネル様、ミゲル様、ジャン様が一斉に頷いた。


あら、皆んな。

気が合うのね。


私は逆に微笑ましく皆んなを見つめ返した。


一斉に溜息をつく、4人。


あら……本当に気が合うのね?



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