episode.11
ご機嫌よう、皆しゃま。
齢10歳、キティ・ドゥ・ローズ。
推しにきしゅされました。
最推しのクラウス・フォン・アインデル王子にっ!
キスっ!………ブクブクブクブク(白目泡吹き)
「ふぉぉぉぉぉぉぉっ!」
私は自室のベッドの上で顔を両手で覆い、ゴロゴロのたうち回っていた。
クラウス王子からのキス事件から1週間経ち、また週末が来てしまった。
クラウス王子のご訪問をマリサが何度も告げに来てくれているけど、私はどんな顔をして会えばいいのか分からず、自室から出ることが出来ない。
だって、思い出しちゃうんだもんっ。
あの、クラウス王子の柔らかな唇の感触とか、0距離で見た美形のドアップとか……。
ほんのり赤く染まっていた頬が可愛かった……。
「でへでへでへでへ、尊い…」
もう、我が生涯に悔いなし。
どのルートで死んでも悔いはない。
それくらい尊かったの!クラウス王子とのキス!
あの時は混乱して引っ叩こうとしちゃったけど、それも一重にグローバ夫人の淑女教育の表れ。
淑女はそう簡単に男性に触れさせてはなりませんのよ。
まぁ、いつも抱き抱えられてる私が言うのも何ですが…。
トントンッ。
「お嬢様、失礼致します」
マリサが遠慮がちに部屋に入って来る。
「あの、お嬢様、実は…」
言いにくそうに目線を泳がすマリサに私は、んっ?と小首を傾げた。
「キティ、少しいいかな?」
聞き慣れたクラウス王子の声に、私は光の速さでベッドからソファに移動した。
「ま、まぁ、王子殿下、ど、どういたしました?」
服の皺を伸ばし伸ばし私が尋ねると、クラウス王子はチラッとベッドの方を見て、ふふっと笑った。
「そのままでも良かったけど」
ノーーーっ!
さっきまでクラウス王子とのキスを思い出して、悶々ゴロゴロしてたベッドで本人と対面なんて、どんなごほう(ん”っ)拷問っ⁈
私は青ざめてぶんぶん頭を横に振った。
クラウス王子はクスクス笑うと、当たり前のように私の隣に座る。
対面、ではないんですね。
いい加減、淑女扱いしてくれないかしら?と私が頬を膨らませていると、マリサがお茶とお菓子を運んで来てくれた。
私達に一礼してマリサが出て行く。
お互いまだ子供だが、貴族の令嬢らしく、扉は半分開けていってくれた。
その半分開いた空間から、何やら見知ったブリザードの気配がするが……うん、たぶん気のせいだろう。
「前にキティが気に入っていた、王宮パティシエの木苺とブルーベリーのタルトを持ってきたよ」
そう言ってクラウス王子は美味しそうなタルトの乗ったお皿を私の目の前に持ち上げた。
にゃにいっ!こ、これは以前お兄様と王宮に参じた(クラウス王子に呼ばれて遊びに)行った時、私のプニプニ頬っぺをこれでもかと溶かしてくれた、絶品スイーツ!
びっくりするくらい私好みの味だったのよっ!
どうしてもどうしても、また食べたかったのっ!
クラウス王子はタルトを手で持ち上げると、そっと私の口に近づけた。
「はい、あ〜ん」
パクッ。
私は目の前のタルトに食らいつく。
モグモグモグモグ。
やっぱうんめぇ〜っ!
木苺とブルーベリーの絶妙な酸味に、カスタードクリームの程良い甘さ!
タルトはしっとりしているのに、外側のサクサク加減がもう堪らんっ!
私は夢中でタルトに食らいついた。
「ノワール、ノワール。
キティが俺の手から……タルトをっ!」
クラウス王子が何故か身体をプルプル震わせ、小声で扉に向かってそう言うと、扉の向こうでガタガタっと何かを押さえつけるような音がしたが、私はそんな事も気にならないくらいタルトに夢中だった。
パクパクパクパク、あら、もう無くなっちゃった……。
名残り惜しそうにクラウス王子の手をペロペロ。
「………つっ!」
クラウス王子は反対の手の甲で自分の口を押さえて真っ赤になっていたが、もちろん私はそんな事、気づかない。
もう一個あるけど?食べたいんだけど?
っとクラウス王子を見つめると、またクラウス王子はタルトを持って私の口に近づける。
「はい、キティ」
幸せそうに破顔しているクラウス王子などお構いなしに、私はまたタルトに食らいついて、パクパクモグモグペロペロ、最後に自分の口をペロリと舐めて、紅茶をゴクゴク。
プハー!美味しかった!
大満足した私は、事の成り行きをゆっくり反復し………。
真っ青になる。
「あっ、あっ、あの、王子殿下……私、た、大変な不敬を…」
ギギギっと恐る恐るクラウス王子を振り向くと、クラウス王子は私がペロペロ舐めた自分の指先を恍惚とした表情でペロっと舐めていた……。
い、色っぽい……。
い、いやいやいやいやっ!っじゃなくて!
これ、私が開いたって事?
いたいけな少年の開いちゃいけない扉開いちゃった⁈
「キラおと」のメイン攻略対象、清廉潔白、優雅で上品、一点の曇りもない完璧王子。
……に、大変宜しくない、余計な何かが加わってしまったような……。
私は心の中でヒロインに合掌する。
すまない。私はこれはこれで大いに有りだが
……とにかくすまない。
「ねぇ、キティ……?」
クラウス王子はチラッと流し目で私を見てくる、いや、色っぽ過ぎないか?
そしてソファーに両手をつくと、ジリジリと私に近づいてきた。
思わずこちらもジリジリ後ろに下がる……が直ぐにもう下がれない所まで追い込まれてしまった。
クラウス王子が小首を傾げると、顎の辺りで綺麗に切り揃えられた金の髪がサラサラと揺れた。
「また俺を名前で呼んでよ。
昔は呼んでくれてたでしょ?」
子供のくせに妙な色気を放つのやめてよっ!
私はクラウス王子の色気に当てられないよう、目だけツツツーっと逸らしながら必死に答える。
「幼い時にはそれが不敬と知りませんでしたので。
どうかお許し下さい。
今はマナーも学んでいますので、王子殿下に対してとてもそんな不敬な態度はとれません」
先程の自分の態度を丸っと棚に上げて、なんなら無かった事にして、私は至極まっとうな事を言ってみたが、まぁ、説得力が無い事は認めよう。
ごめんなさいっ!グローバ夫人っ!
さっきの私の大失態、どっかから見てなかったよね?
急に不安になって、思わず辺りをキョロキョロしてしまった。
「俺がそうして欲しいんだ、ねっ、お願い。
名前で呼んで?キティ」
いたいけな少年(極上)にこれでもかと可愛くねだられて、私はゴクっと唾を飲み込んだ……。
ハァハァ……可愛い。
そんな可愛いと悪いお姉さん(10歳)に悪い事されちゃうぜ?
思いつく限りの悪い事(ナデナデスリスリ)されちゃうぜ?
推しの尊い懇願姿に私の淑女としての矜持など、ヘニョっと萎びれる。
「クラウス……王子殿下」
恐る恐る名前で呼んでみると、クラウス王子は残念そうに、フルフル首を振った。
「王子も殿下も要らない、ただクラウスと呼んで?」
クラウス王子の言葉に私は内心えぇ〜っと躊躇いつつ……。
「ク、クラウス……様?」
また恐る恐る言い直してみる。
すると、クラウス王子は嬉しそうに破顔して、グイッと私に身体を寄せてきた。
ち、近い近い近いっ!
そして顔が良い!
「本当は様もつけないで欲しいけど、今はそれで我慢するよ。
ありがとう、キティ」
そして素早く私の唇に自分の唇を重ねて、チュッと触れるだけのキスをした。
ま、ま、また、キスされた!
うう……悲しい……。
前回ほどの衝撃も動揺も起きないわ……。
ただただご褒美……。
こうして女って汚れていくのね……。
前世ついぞ経験する事は無かったが、習うより慣れろとはこうゆう事なのだろうか。
などと感慨深く考えていると、バキーンとけたたましい衝撃音が扉の方からして、驚いてそちらを見ると、部屋の扉が凍って粉々に砕けていた!
そこにはブリザードを纏って般若の如く仁王立ちするノワールお兄様っ!
「結構頑張ったな、レオネル、ジャン、ミゲル」
くっくっと楽しそうに笑うクラウス様。
お兄様の後ろから、ボロボロになった御三方が姿を表す。
「キティ嬢….すまないが、いつものように、たの……む………」
それだけ言って、レオネル様がドサっと倒れ込む。
その身体を支えながらジャン様も。
続いて、ミゲル様も膝をついた。
あわわっ大変な事になってたっ!
私は慌ててブリザード化したお兄様の元に走り寄り、両手をお兄様に向かって広げて言った。
「お兄様ぁ、抱っこ!」
途端にお兄様の纏っていたブリザードがしゅ〜と消え去り、いつもの穏やかな微笑みを浮かべ、お兄様は私を嬉しそうに抱き上げた。
「あぁっ!僕の可愛いキティっ!あんな獣の相手をさせてごめんねっ!
怖かっただろう?可哀想に」
いえ、とても美味しかったです。(タルトの事よ!キスじゃないわよ)
…とは言えず。
私は黙ってお兄様の首にしがみついた。
「お〜い、不敬不敬〜」
後ろからクラウス様の非難めいた声が聞こえたが、お兄様はまるっと無視して私をギュ〜っと抱き締める。
日々の努力のお陰で、私キティ・ドゥ・ローズ(10歳)只今128㎝(8歳平均)まで身長を伸ばしまして……流石に身体的にも精神的にも……いや、精神的には元からキツいけど……抱っこをねだるのも限界なのですが、これも邸の損壊を防ぐ為!
「いいなぁ、俺もキティに抱っこねだられたいなぁ〜」
ちょっとそこの第二王子、余計な事言って私がせっかく恥を捨て収めたブリザード復活させるのやめて下さらないっ!
それから、絶品タルトで餌付けされ、セカンドキスをまたまたあっさり奪われて以降、クラウス様は度々私の隙をついてはキスするようになっていた。
「あっ、キティ見て!あの雲の形」
「ほぇっ?」
チュッ。
…とか。
「あっ、キティ、口に食べこぼしが」
「えっ?どこですか?」
チュッ。
…とか。
「キティ。王宮の庭園の花を花束にしてきたよ。
はい、受け取って」
「わぁ!綺麗!ありがとうございま」
チュッ。
…とか。
その度に侯爵邸の何かが派手に凍って砕けるので、とうとう怒ったお母様に「遊ぶなら王宮で遊びなさいっ!」(お母様……)と言われてしまい、週末は私達が王宮に参じるようになっていた。
お兄様も流石に王宮の物を破壊する事は出来ず、怒りでプルプルしているお兄様をクラウス様が楽しそうに見ている姿に、アレ?私、お兄様を揶揄うダシにされてない?という疑問が浮かんだ。
えっ?えっ?そ〜ゆ〜事?
気になるアイツの気を引きたくて、妹にちょっかい出して怒らせて……。
『なに?もしかしてヤキモチ?』
『僕より妹がお好みなんでしょう?』
『……馬鹿だな。俺が本当は誰を見てるのか、気づいてるんだろ?』
『そんなの……分かりませんっ』
『じゃあ、分からせてやるよ、その身体に』
裏コマンド〜っっっ!
このゲームっ!そんな隠しルートがあったのっ!
全ルートあり?ミゲル様もジャン様もレオネル様もありなのっ?
あーーーっ!全ルート攻略して、全禁断魅惑スチルを制覇したいっ!
ハァハァしながら皆んなを見渡していると、ジャン様が嫌そうに私を見て言った。
「おい、キティ嬢がまた変な事を考えてるみたいだぜ」
「放っておいてあげましょう。楽しそうですし」
ミゲル様が慈愛と諦めに満ちた微笑みを浮かべる。
レオネル様は無言で、深い深い溜息をついた。
あら、私にそんな態度とっていいのかしら?
貴方達全員、裏ルートで凄い攻略(脳内)するわよ?
あんなスチルやこんなスチルで辱めて差し上げましょうか?
私は悪役令嬢らしく、オーホッホッホッと高笑いした。
ヘッポコとはいえ、せっかく悪役令嬢に転生したんだし、一度これやってみたかったのよねぇぇぇ!
そんな私を微笑ましそうに見守るクラウス様とお兄様とミゲル様。
痛いものを見た、といった様子のレオネル様とジャン様……。
「今日もキティは楽しそうだなぁ」
にこにこして私の手を取り、庭園を散歩しながら、クラウス様は何がそんなに楽しかったの?と聞いてきた。
「ふふふ、私、分かってしまいましたの」
「へぇ、何を?」
興味深そうに聞いてくるクラウス様に、私は胸を反らしてドヤる。
「クラウス様が私に構うのは、ノワールお兄様の気を引きたいからですのね?」
私の言葉に、クラウス様はキョトンっと不思議そうに首を傾げた。
仕草も表情も可愛いんだけどっ!あざと可愛いっ!
「どうして俺がノワールの気を引く為にキティに構うの?」
心底不思議そうに、クラウス様がそう言った。
「俺がキティに構うのは……」
その時、一陣の風が吹いて、私の厚い前髪を吹き上げた。
晒された私の目を真っ直ぐに見つめて、クラウス様が言う。
「キティの事が好きだからだよ」
風に乱された私の髪を優しく撫でて整えてくれながら、クラウス様はもう一度ハッキリと言ってくれたのだ。
「キティ、君が好きだよ」
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