episode.43

ー最終話ー


微睡からゆっくり目覚めると、クラウス様が優しく微笑んで、私の顔を覗き込んでいた。


「おはよう、キティ」


幸せそうに微笑むクラウス様に、私もぼんやり微笑み返した。


「おはようございます、クラウス様。

何をなさっていたんですか?」


クラウス様は私の前髪を指で優しく掻き上げながら、楽しそうに笑う。


「可愛いキティの寝顔を見ていたんだ……。

幸せ過ぎて、胸が潰れそうだった」


クラウス様の言葉に、ハッとして顔をペタペタと触って色々確認する。


よ、涎とか出てなかったっ⁈


ワタワタしているとクラウス様がギュッと抱き付いてきた。


「キティ……こんな風に目覚められる朝が、これから2人の日常になれば良いね」


そう言って嬉しそうに笑うクラウス様。

私は少し頬を染めて、同じように笑い返した……。


「そうですね、こんな風な朝……朝……?」


カーテン越しにサンサンと降り注ぐ、太陽……?


朝……?

朝ってこんなだったっけ……?


途端にサーっと青くなって、ガバッと起き上がった。


「い、今、今何時ですかっ⁈

今日は午後にシシリィが、私達のお祝いのお茶会を開いてくれるんですよっ!」


焦る私に反して、クラウス様は平気な顔でコテンと首を傾げた。


「そんなの、どうでもよくない?」


よ、よ、よ、よ……


「よくな〜〜いっ!!」


私は慌ててベッドから降りて自室に続く扉に飛びついた。


後ろからクラウス様の楽しそうなクスクス笑いが聞こえる。


もうっ!もうっ!

クラウス様のアンポンタンっ!

でも回復魔法かけてくれていて助かりました、ありがとうございますっ!


それからメイドさん達に手伝ってもらって、大急ぎで湯浴みを終え、お茶会に出席する為身支度を整えた。


シシリィのせっかくの心遣いに報いる為に頑張ったんだけど、やっと用意が出来たのは、約束の時間の30分後だった。









「ご機嫌よう、キティ様」


王宮の庭園にお茶会の用意がされていた。

シシリィは先にお茶を飲みながら、優雅に微笑んだ……いや、ニヤニヤしている。


「ご、ご機嫌よう、シシリア様」


冷や汗をかきながら周りを見渡す。


事前に聞いていた通り、お茶会にはノワールお兄様、レオネル様、ミゲル様、ジャン様に、エリーさん、エリクさん、ゲオルグ様、そしてエリオット様。

シシリィにとって気の置けないメンバーしか居ないはずなのに、何故か淑女モード全開。


何が起きた?


私はシシリィの隣に座って、耳元でコソッと話しかけた。


「ちょっと、何でそんなに畏まってるのよ?」


シシリィは驚いた顔をして、手で口元を隠した。


「まぁ、キティ様は人生の先輩ですから、当然ですわ」


はっ?

何を言い出してんのよ、こやつは。


訝しげにジーッと見つめると、シシリィはニヤリと笑う。


「だって、私より先に悪役令嬢の運命から離脱したでしょ」


シシリィの言葉に、ハッと息を飲んだ。


そうだわ、私、もう悪役令嬢じゃない。

そして、ヒロインももうヒロインじゃない。

ここは、ヒロインの為の世界じゃないんだわ。


そして私は、キティ・ドゥ・ローズは……死ななかった。


死は迫ってきたけど、その危険を回避出来た……。


出来たんだ……。


シシリィに改めて言われると、その事実を実感として感じる事が出来た。


目尻に涙が滲み、直ぐにポロポロと頬を伝う。


良かった。

私、生きてる……。

誰も巻き込まなかったし、哀しませる事もなかった。

これからもずっとクラウス様の側にいられる。

クラウス様と生きていけるんだ……。


「ジジリィ……あだじ、生きてる〜〜」


ボロボロの私の泣き顔を見て、シシリィはブハッと吹き出した。


「あ……あんた、それ、ちょっ!

ひっどい顔っ!面白過ぎるんだけどっ!

や、やめて、その顔でこっち見ないでっ!」


私を指差し、アーハッハッハッと大爆笑するシシリィ……。


おい、貴様………。

人が生存の喜びに涙してる時に、なんだその言い草は。

あと、人を指さしてはいけません。

幼児教育の段階で習う、人としての初歩の初歩でしょ〜がっ!


あまりの仕打ちに涙も引っ込んだ私は、ジト〜っとシシリィを睨んだ。


「いや、ご、ごめんごめん」


シシリィは目尻の涙を指で拭いながら、まだ楽しそうにニヤニヤしている。


私は呆れ顔でそんなシシリィに疑問を投げかけた。


「あんたは、どうするの?

ニ年の新学期早々に2のヒロインが編入してくるんでしょ?

何か対策とか、断罪回避とか、もちろん考えてるのよね?

私も全力で協力するから、計画を教えてよ」


そう、私だけ乙女ゲームの運命から逃れられても意味が無い。

同じ転生者、そして悪役令嬢であるシシリィの運命だって、変えてみせる。


意気込んでシシリィにグイッと身を寄せると、シシリィは軽く肩を上げて、なんて事ない風に言った。


「無いわよ、対策も計画も。

前にも言ったでしょ?私は断罪回避しないって」


シシリィの言葉に私は目をひん剥いた。


「な、何言ってるの?

回避しないって、じゃあ断罪されちゃうじゃ無いっ!

そんなの私、嫌よっ!」


グイッとシシリィのドレスを掴むと、シシリィはニヤリと笑って私の頭を撫でた。


「大丈夫よ。この私があんな小物どもにどうにかされたりやしないわ。

ヒロインだって小指で捻り潰してやるわよ」


クックックッと笑うその姿は、もはや悪役令嬢を通り越してラスボスっ!


に、逃げて〜〜〜〜〜っ!!

第三王子及び側近とまだ見ぬヒロイン〜〜〜っ!

ヤラれるからっ!

こいつに何かしようものなら、瞬殺されるからっ!

お願いだからっ!

この国から逃げて〜〜〜〜〜っ!


〈キラおと2〉のメインキャラに憐憫の想いを抱きつつ、私はとにかく穏便に事が済む事を祈った……。


いや、無理なんでしょうけどねっ!



「私の事なんかより、今はあんたが無事だった事を祝いましょうよ。

キティ、改めて、おめでとう。

あんたは良く頑張ったわよ」


暖かいシシリィの微笑みに、再び涙が込み上げてきた……けど、気合いで止めるっ!


だってまた爆笑されんの、やだもんっ!



「なんだ?正式な婚約の祝いか?

それなら俺にも言わせてくれよ」


ジャン様がご機嫌で、ニコニコしながら近寄ってきた。


「キティ嬢、あのクラウスを引き取ってくれて、ホント〜〜〜っにありがとな。

キティ嬢にしか出来ない事だから、くれぐれも返品はしないでくれよ、なっ」


後半かなり本気の顔で念押しされ、私はコクコクと頷いた。

何故、額に汗を浮かべているのだろう?


「本当に貴女はこの王国を救った女神です。

どうかくれぐれも、クラウスと末長くお幸せに。

くれぐれも、末長く、少しでも長く、出来ればクラウスを看取って頂きたい。

キティ様、どうかお願い致しますっ!」


ミゲル様はもう懇願するように胸の前で手を組み、ジャン様と同様に額に汗を浮かべている。


「キティ嬢、まずはクラウスとの婚約が正式なものになった事、祝いを述べる。

そして、私の言いたい事も、この2人と同様だ。

少しでも長く、アイツの側にいてやってくれ。

だが、もし逃げ出したくなったら、先ずはクラウス本人には秘匿にして、我がアロンテン家を頼ってくれ。

出来る限りの対策を練ろう。

いいか?その時はくれぐれもクラウスに悟られないように気を付けてくれ」


至極真面目な顔でレオネル様にそう言われて、ポカンと口を開けてしまった。


「キティ、コイツらの言う事は気にしなくていいよ。

少しでも嫌な事があれば、いつでも、直ぐに、家に帰っておいで。

こちらから婚約を白紙に戻す申請理由なんか、いくらでもどうにでもなるからね」


ノワールお兄様の、女神も裸足で逃げ出しそうな美しい微笑みに、顎が外れそうになる。


「おいっ!ノワールっ!何言ってんだよっ!

そんな事になったら、この国が塵になっちまうだろっ!」


ジャン様がノワールお兄様の肩をガックンガックン激しく揺らす。

お兄様は、ツーンっとそっぽを向いていた。



「随分、楽しそうな話だね、キティ?」


スルッと後ろから腕が伸びてきて、クラウス様の胸の中に抱きしめられた。


「クラウス様」


見上げるとクラウス様がニッコリと微笑んでいる。


「皆、キティに何か余計な事言ってないよな?」


皆んなに向かってニッゴリ黒く微笑むクラウス様。


シシリィとお兄様意外、皆んなブンブン頭を振っている。


「そう、ならいいんだけど。

ねぇ、キティ、ちょっとあっちへ散歩しない?」


クラウス様が庭園の奥にある林を指差す。

私は不思議に思いながら頷いた。


クラウス様は私をヒョイと抱き抱えると、スタスタ歩き出す。


あら?散歩……とは?

犬でも自分の足で歩くと思うのですが……。


クラウス様は林に入って直ぐの木の下で私を降ろすと、ニッコリ微笑んで、目の前に跪いた。


そして私の左手を恭しく持ち上げると、薬指に輝く指環をそっとはめた。


はめ込まれた宝石は澄んだブルーなのに、光の角度によってローズピンクに変わる。


こんな不思議な宝石は初めて見た。

目を見開いてクラウス様を見つめると、クラウス様は穏やかに微笑んだ。


「キティ・ドゥ・ローズ侯爵令嬢。

俺と一生を添えると誓って頂けますか?」


私は涙を浮かべて、ゆっくり頷いた。


「はい。クラウス・フォン・アインデル様と、一生を添える事を誓います」


私の言葉が終わった途端、指輪がパァッと光り輝いた。

そのあまりの美しさに息を飲みながら、クラウス様に問いかける。


「クラウス様……これは?」


クラウス様は満足そうに微笑みながら、こちらを見上げた。


「これは、誓約の指輪。

俺からキティが一定距離離れたら、自動的に俺の元に瞬間移動する魔法が付与されているんだ。

流石に本人の意思を無視しては無理だからね、キティが誓ってくれて、良かったよ」


クラウス様の言葉に、目を見開いて、ガックンと顎を外した。


じ、事前説明っ!

無かったっ!

ありませんでしたけどぉぉぉぉぉっ!


プルプルと震えながらその指輪に触れると、クラウス様がギラリとその瞳を光らせた。


「ちなみに、それはお互いの承認が無ければ外せないんだけど……。

どうしたの?まさか、もう外したいの?」


瞳孔パッカーンクラウス様に、私は青くなってブンブンと頭を振った。


わぁ、嬉しいなぁっ!

高等魔法付与付きの指輪っ!

外したく無いっ!

もう絶対に外せない………(震え泣)



「そっか、良かった。

ああ、そうだ。この場所はあの時と同じだね」


クラウス様の懐かしそうな顔に、私はコテンと首を傾げた。


クラウス様は立ち上がると、私の腰をグイッと掴んで、耳元で囁いた。


「ほら、初めて沢山キスしたら、キティが、赤ちゃん出来ちゃうって、言ってくれた……」



あ、あ、あれかーーーーーっ!

私はその時の事を思い出し、顔を真っ赤に染めた。


「もう今は、赤ちゃんの作り方分かるよね?

ねぇ、今夜も沢山、赤ちゃん出来ちゃうような事したいな。

いいよね、キティ?」


そう言ってスルリと腰を撫でるクラウス様を、もう全身真っ赤にして、涙混じりの目で思い切り睨んだ。



「クラウス様のっ!へんたいーーーっ!」









林から聞こえるキティの叫びに、シシリアがボソッと呟いた。


「爆ぜろっ!リア充っ!」


隣に立つジャンが、遠い目をして、同じように呟く。


「また新しい呪文か何かなんだろうけど……何となく激しく同意したくなるな……」


後ろで、レオネルとミゲルも深く何度も頷いていた……。






春の風が庭園を吹き抜け、澄んだ青空を見上げたノワールが呟く。


「幸せに、キティ。

そして、クラウスも幸せにしてあげて……」



その呟きは誰にも聞かれる事なく、春風に溶けて消えた………。









            ーーfinーー




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