episode.7

意外にシリアスな生立ちでしたわ。

皆さま、ご機嫌よう。

キティ・ドゥ・ローズで御座います。



クラウス王子への対応策が何も思いつかないまま、月日ばかりが流れていきました。

あの日以来、何故かクラウス王子は我が侯爵邸に頻繁に訪れるようになりました。


お兄様に会いに来ている筈なのに、何故か私は逃げても捕まり、隠れても捕まり、スリスリハムハムスンスンされております。

………解せぬ。


最推し王子(しかもショタ)の側に居るだけでも愛が溢れて止まらないのに、膝抱っこで愛で愛でされた日には、身体が溶けてゲル状化が止まりません。


ああ……来世と言わず、既に憧れのスライム化を果たせたのね……感無量ですわ。


そんな呑気な事を考えて、何だ余裕じゃない、って?

いいえ、クラウス王子の猛攻から精神を分裂させようと必死なのっ!


もうっ!もうっ!悲惨な未来しか待ってないと言うのに、好きになっちゃうっ!愛しちゃうっ!尊すぎて召されそうっ!


ああ……辛い想いをするくらいなら、このまま最推しに抱かれて召されるのもいいかも……。


そんな事を思いながら、クラウス王子の顔をじっと見つめれば、厚い前髪越しの熱烈不埒な視線に気付いたのか、クラウス王子は、んっ?と言うように小首を傾げた。


なにこれっ!か〜わ〜い〜いっ!

顔が良すぎてもう訳が分からない!

好き好き好き好き好き過ぎて死ねるっ!


あ〜もう良いんじゃないかな〜これで良くない?

私は頑張ったよ、良く頑張った(大した事してない)それもこれも最推しの前では全てが無駄だったがなっ!


意外に幸せな最後だったわ……と私が両手を胸の前で組んでファーラーと召されかけていると、お兄様が私をヒョイッとクラウス王子の膝から救出してくれた。


っぶねー!逝きかけてたっ!八割がた逝きかけてたっ!


「お時間です」


短く冷たいお兄様の声に、クラウス王子は不機嫌そうに顔を歪めた。


えっ?時間制だったの?秒?分?時間?

チケットどこで買えば良かったの?

完全貢ぎ気質の私は、もちろん自分が払う側だと信じて疑わない。


「そろそろ王宮にお帰り下さい。

家庭教師をあまり待たせては失礼になりますよ」


ブリザード並みのお兄様の冷たさにも一切我関せず、クラウス王子はぷうっと頬を膨らませ、ご機嫌斜めのようだ。


えっ!ちょっと?

何してくれてんのっ?可愛いんだけどっ!

可愛すぎて貴重すぎてもうっどっから突っ込めばいいのか分からないっ!

スクショっ!すかさずスクショしなきゃっ!って、ねーよっ!スマホねーよっ!


私は砂を吐きながら血の涙を流した。

最推しショタが頬っぺた膨らませて拗ねてる貴重なスチルをスクショも出来ないなんて……。

失格だっ!私はクラウスファン失格だっ!

こんなんでクラウス王子最推しとか言う資格ないっ!


自分の不甲斐なさに1人咽び泣く私の胸中など知り得ない2人は、私越しにしばし睨み合っていた。

ややして諦めたようにクラウス王子の方がひょいっと軽く肩を上げる。


「やれやれ、お前はいつから俺のお目付役になったんだか…」


溜息混じりのクラウス王子の言葉に、お兄様はにっこり微笑んだ。

ブリザードは今だ吹き荒っている。


「貴方の側近としての役目です」 


「どうだか」


お兄様の返事にクラウス王子は呆れたように返すと、瞳にキラリと鋭い光を宿した。


「言っておくが、俺は狭量でね。

例え兄でも俺の居ない所でキティにベタベタして欲しくないんだが?」


鋭い物言いに、しかしお兄様はまったく怯まず、にこりと微笑んで言い返す。


「奇遇ですね。僕もです」


そうして再び私を挟んで睨み合う2人。

2人とも顔は笑っているのに、目はまったく笑っていない。

ブリザードの威力が更に強くなり、私は無意識に自分の体を抱きしめた。

さっ、寒いっ!を通り越して痛いっ!

こ、怖いよぅ…。


ふぇっと泣き出しそうな私に気づいたクラウス王子が、お兄様に抱っこされたままの私に、今度は本当の笑顔で微笑んで優しく髪を撫でてくれた。


「まぁ、今日はこの辺にしとくか……。

ところで、ノワール。あの話はキティには?」


「まだです。僕達から話すので、クラウス様は大人しくお待ち下さい」


クラウス王子の言葉に被せる勢いで、お兄様が答えた。

何故かギュッと私を抱く腕に力が込もる。


「ふ〜ん……?」


クラウス王子はこめかみに青筋を立てながらお兄様を見ていたが、ふっと軽い溜息をついた。


「まぁ…いいだろう」


そう言って優しく私を見つめてふっと微笑む。

溶けるっ!溶けるからっ!

ゲル状になりそうな自分を何とか抑えて、私もそっとクラウス王子を見つめた。


「キティ……良い返事を期待しているよ」


そう嬉しそうに微笑んで、クラウス王子はアッサリと去って行った。


謎の言葉を残されていった私は、小首を傾げて私を抱くお兄様を見上げる……。

般若ーーっ!お兄様の背後に般若の幻覚が見えるぅーーっ!


一体何なのっ?クラウス王子はお兄様に何をしたの?


首を捻っても捻っても皆目見当がつかないその答えを、私はこの後直ぐに、何故かお父様から聞く事になる……。

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