episode.8
クラウス王子の残したあの謎の言葉の意味とはっ!
皆さまご準備はよろしくて?解決編ですわっ!
たまには家族でお茶でもしようと言うお父様の一言で、私達4人は家族の為の応接間に集まっていた。
お父様とお母様が並んで座り、その対面の席にお兄様と私が座る。
用意されたお菓子をシャクシャク食べ、紅茶をゴクゴク飲んでいると、何だか3人からほんわ〜とした空気を感じた。
3人共目を細め、何故かニコニコ私を見ている……何なんだろう?
「あぁっ、こんなに可愛いキティをっ…」
何故か悔しそうに自分の膝を拳で叩くお父様にびっくりして、私は口をあんぐり開け、拍子に食べていたお菓子のカケラがちょこっと口からポロポロ溢れてしまった。
あら、やだ。お行儀悪い。
お兄様がクスクス笑って私の口を優しく拭ってくれた。
お母様はお父様の肩を優しくさすりながら落ち着かせている。
「んん゛すまない。取り乱してしまったな」
お父様はそう言って優しく私に向かって微笑んでくれた。
コワクナイヨーと言うようなその微笑みに、私は必死にこくこく頷いた。
ルイス・ドゥ・ローズ侯爵。
この侯爵家の現当主であるお父様は、お兄様よりも更に深い色をした赤い髪を短く刈り込んだ、精悍な印象の美丈夫だ。
目の色は濃い青で力強い切長の瞳。
年は35歳の働き盛り。
侯爵領を治めつつ、王宮にも出仕していて、大変忙しい身である。
その隣で穏やかに微笑むお母様。
ソニア・ドゥ・ローズ侯爵夫人。
子供が2人も居るとは思えない程、若々しく美しい。
まだまだ瑞々しい肌は透き通るほど白く、シミひとつない。
艶やかなプラチナブロンドの髪は先まで綺麗に手入れされている。
鮮やかなグリーンの大きな瞳は、少し垂れ気味で嫋やかな彼女の印象にピッタリだ。
年は29歳。女盛りと言っても過言ではないだろう。
ふむ、こうして見ると、私とお兄様は2人の容姿をうまいこと引き継いでいるんだなぁ。
と、1人感心していると、お父様がじっと私を見つめる視線に気付いた。
「キティ、キティはこの前7歳の誕生日を無事に迎えたね?」
お父様の言葉に私はこっくり頷く。
そう、春生まれのキティはついこの間7歳になったばかりだ。
何故かクラウス王子から宝石が散りばめられた豪華な髪飾りをプレゼントされた。
前世庶民の私は見てるだけで目が潰れそうなので、実際付けてみる事など恐れ多くてとても出来ず、自室のドレッサーに大事にしまっている。
本当は金庫にでも預けたいくらいなのだが、お兄様に『キティは大袈裟だぁ、そんなものをそんなに大事がる必要は無いんだよ』と言われてしまい、このレベルの宝飾品を〝そんなもの〟扱い出来る侯爵家の生活水準に慄いたものだ。
「同じ年頃の子供たちは既に王立学園の初等部に通い始めている頃だが…」
クラウス王子から頂いた髪飾りに思いを馳せていた私はお父様の言葉にハッとして顔を上げた。
「キティはどうす……」
続くお父様の言葉に私は被せ気味にぶんぶん首を横に振った。
私のその様子を見て、お父様は何故かホッとしたように深く頷いた。
「そうだよなっ!キティは人見知りで怖がりな子だもんなっ!
共学の学園なんてまだ早いと思っていたんだっ!」
お父様はにこにこして一気にそう言うと、安心したようにソファに背中を預けた。
よ、良かった。あっさり回避出来た。
そう、私が王立学園入学を拒む理由はもちろんお父様の言うように共学が怖いからではない。
そもそも前世雑食の私は共学にも通っていた経験もあるし、問題はそこじゃない。
「キラおと」のキティは初等部から学園に通っていた。
今なら分かるが、きっと家に居場所を作れなかったのだ。
居心地の悪い家から少しでも離れたくて、学園に逃げた。
そして、そこで初等部、中等部と輝かしい劣等生への道をひた走り、高等部に上がる頃には揺るぎない確固たる立場を確立していた。
劣等生としての。
そこからはただキャンキャン言って死ぬ訳だ……。
あんまりだよぅ……。
と言うことで、私は学園にはギリギリまで通わない事を決めていた。
王立学園への入学は高位貴族になればなるほど遅い。
侯爵家であれば大抵高等部からの入学である。
むしろ「キラおと」のキティが異例だった。
実際、お兄様もまだ学園には通っていない。
お父様はなるべく何でも子供達に決めさせたい方針なので、どんな事でも事前にどうしたいか聞いてくれる。
「キラおと」のキティがそれで通うと頷いた時のお父様の衝撃は幾許のものだったか。
おいたわしい……。
願っていた(むしろ当たり前)の返事が私から返ってきてお父様は安心してくれたようだ。
「それで、キティにもそろそろ家庭教師をつけたいんだか……」
そこまで言って、お父様は何故かグッと言葉に詰まると、続きを吐き出すように言った。
「実は……王国でも屈指の家庭教師達に頼めるツテがあるのだか……キティはどう思う」
私はお父様の言葉に目をパシパシ瞬いた。
えっ?王国屈指の家庭教師?
そりゃ、侯爵家だもの、それなりに高い水準の家庭教師を雇ってくれるだろうとは思っていたけど、まさか王国トップクラスだなんて…。
私は驚きつつ考えた。
キティアホな子からの脱却!は実は私の悲願のようなものでもある。
そもそもキティがアホな子でなければ、学園を卒業後、女官になる道だって開けるかもしれない。
高位貴族の女官は珍しいが、珍しいが故に最も高貴な方付きの女官になれる可能性がある。
未来に選択肢や展望があれば、クラウス王子とのいつか来る未来に耐えうるかもしれないのだ。
まぁ、高貴な方付き女官として、クラウス王子の妃に仕える事になれば、目も当てられないのだが……。
それならそれで、お兄様の領地運営の手助けでも出来れば……なんて考えている。
きっと未来ではお兄様はクラウス王子の側近として、忙しくされている筈だ。
なかなか王都から離れられないだろう。
その間、私が領地を治める手助けが出来ないだろうか?
そしてゆくゆくは領地の片隅に小さな邸を頂いて、ひっそりと天に召されるの……。
そうっ!目指せ老衰っ!まっとうしませう寿命っ!
何だか未来に希望が見えてきたわっ!
それならまず今私がやる事は学ぶ事っ!
ありとあらゆる事を学んで学んで学び尽くさねばっ!
念には念をっ!様々な事に手を出しておいて損は無い筈っ!
そこへきて、この王国トップレベルの家庭教師陣の話っ!
これは可哀想なキティを憐れんだ天の采配!天からの御恵み!
前世お世辞にも勉強が出来た方では無い私でも、きっとトップレベルなら導いてくれる筈っ!
まだ見ぬ勉学の高みへとっ!
私は急に降って沸いた希望に縋りつこうと、必死で頭をぶんぶん縦に振った。
ヘドバンっ!ヘドバンっ!
「お父様っ!願ってもない有難いお話ですわ!
是非そのお話、進めて頂きたいと思います」
目をキラキラと輝かせ(重い前髪で以下略)両手を胸の前で組んで、お願いポーズで言うと、お父様はデレっと顔を崩し、頷いてくれた。
「分かった、この話は早急に進める事にしよう」
そのお父様の言葉に、隣のお兄様の身体が僅かにピクリと震えたように感じ、そっと隣を見てみると、お兄様は鋭い眼光でお父様を睨みつけていた……。
まるで裏切り者を憎々しげに睨むような形相だ。
『ブルータス、お前もか』
あら?何か幻聴が…?
私は首を傾げつつ、今度はお父様を見てみると、お父様はそのお兄様の視線からツツツーっと目線を逸らしていた。
『誰がブルータスやね〜ん』
あら?また幻聴が……。
「あなた、それとまだキティに話さなければいけない事があるでしよ?」
お母様が優しくお父様の腕を撫でてそう言うと、お父様は途端にニヘラ〜と相好を崩した。
「そうだな、ソニア」
お父様はお母様の美しさにデレデレしていたが、ややして慎重な顔で私を真っ直ぐに見つめた。
「それと、まだキティに確認しておきたい事があるんだか……」
お父様は少し言い淀んだが、直ぐに意を決したかの如く一気に告げた。
「実はキティに、第二王子からの縁談の話が来ている」
…………………………はっ?
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