episode.23

ご機嫌よう。

生徒会、会計補佐、キティ・ドゥ・ローズでございます。

生徒会長のお膝の上が私の定位置でございますわ。

………解せぬ。






あれから私は、学園では勉学と生徒会の仕事の両立。

王宮に帰れば、王子妃教育(おさらい)と、割と忙しい日々を送っている。


更にシシリィに誘われて、今までサボっていた他の貴族令嬢とのお茶会に顔を出したり。

王妃様のお茶会に頻繁に呼ばれたり、とお茶でお腹がパンパンになりながら、様々な方との交流を楽しんでいる。


話てみると意外に皆んな親切で楽しい。

流行や情報も早く、知らなかった事もいち早く知る事が出来た。


パーティにはクラウス様のパートナーとして出席するが、ドレスはいつも胸などの隠れたデザインだった。

お陰で、今の社交界では過度に肌を見せず、レースなどでうまく肌をギリギリ主張するデザインが流行している。

所謂、チラ見せ、というやつだ。


これが意外に男性受けが大変宜しいらしく、社交界ではあちらこちらで良い縁談が進んでいるらしい。


うん、何か貢献してる?

私がリア充に貢献出来てるなんて!

ドゥフ……ちょっと気持ち良いわ。


まぁ、実際はクラウス様のセンスの良さゆえなんだけど。


私ったら、未だにドレスなんかのセンスは皆無。

コーディネートなんかまったく分からんちんなので、毎回マリサにお任せ。

クラウス様から贈られるドレスや宝飾品をマリサが上手に合わせてくれる。


もう私、マリサがいなかったら日々を生きていけない自信がある……。


めちゃ手のかかる妹的存在だと思う。

えっ?独り立ち?

もちろんする気はない(キッパリ)。



今日はシシリィに誘われて、同級生のリィナ・メイベル伯爵令嬢のお茶会にお邪魔している。

リィナ様は同じSクラスで、学園でも仲良くして頂いているので、今日はだいぶんくだけた雰囲気のお茶会だ。


楽しく皆んなでお茶をしていると、何だか出入り口の方が騒がしくなる。


何かしら?と様子を見ていると、3人のご令嬢がこちらに向かってきた。


夜会でも無いのに、胸がギリギリまで開いた豪華なドレスを着ている。


リィナ様が驚いた表情で立ち上がり、スッと私達の前に立ちはだかった。


「ご機嫌よう。アーバン・ロートシルト伯爵令嬢様。

それに、マリエッタ子爵令嬢にヴァイオレット子爵令嬢。

今日はどのようなご用件で?

皆さまをお呼びした覚えはございませんが?」


淡々と告げるリィナ様の後ろで、私は笑顔を引き攣らせた。


えっ?呼ばれても無いのに来ちゃったの、この人達。


「ご機嫌よう。リィナ様。

本日はこちらに第二王子殿下の婚約者候補様がいらっしゃっていると聞いて、同じく候補者としてご挨拶に参ったのですわ」


アーバン伯爵令嬢様の言葉に、お茶会の席が一気に騒ついた。


それもそうだ、アーバン様は私をクラウス様の婚約者とは認めず、また、自分も婚約者になる事を諦めていないぞ、と公言したのだから。


私の隣でシシリィが溜息をついて、扇で口元を隠した。

私も慌てて真似をする。


「アーバン様、失礼ながら、お記憶違いをなさっているようですわ。

今日こちらにいらっしゃっているのは、第二王子殿下の婚約者様です。

キティ様は恐れ多くも陛下に認められた正式な婚約者様で、他の候補の方々は任を終えられました。

もちろん、アーバン様、貴女もそうですわ」


リィナ様が丁寧にアーバン様の言葉を訂正していく。


アーバン様は眉根をピクピクとさせて、持っている扇を震わせた。


「あら?そうでしたかしら?

でも、婚約式はまだ終えられてませんもの。

正式な婚約者様とは、言えませんわよね?」


確かに、婚約式には時間が掛かる。

本当なら。

それをクラウス様が今、急ぎに急がせているらしい。

早急に用意を進めていて、婚約式はクラウス様の卒業後直ぐ、と予定されているらしい。


アーバン様の言葉に、シシリィがチラッとアーバン様を横目で見て、冷たい声で言った。


「アーバンさん?だったかしら。

貴女、随分と不敬な事を仰るのね。

先程のリィナさんのお言葉を聞いてらっしゃらなかったのかしら?

キティ様は正式な場で陛下がお認めになった方でしてよ。

それに加えて、常日頃から王子殿下が自分の婚約者だと公言されていらっしゃるわ。

王家の決め事に否と言えるなんて、貴女、ご自分を王家より上だと仰りたいのかしら?」


シシリィの厳しい声に、アーバン様はあからさまに狼狽えて、口篭った。


「シシリア様、私はそんなっ!

ただ、まだ決定してはいないのでは無いかと思っただけですわ」


「とっくに決定していますわ」


シシリィはアーバン様の言葉に被せるようにキッパリと言い切った。


「呼ばれてもいないお茶会に不躾にやって来て、仰る事は王家への不敬。

分かりました。

私、シシリア・フォン・アロンテンが王家の末席として承ります。

宜しいわね、アーバンさん、マリエッタさん、ヴァイオレットさん?」


ギラリとシシリィに睨まれて、3人は飛び上がって逃げ出した。

マリエッタさんとヴァイオレットさんは縮み上がって、申し訳ありません申し訳ありませんっとペコペコ頭を下げていた。


……一体、何だったのかしら?

嵐のような3人だったわ。


「申し訳ありませんでした、キティ様、シシリア様。

私のお茶会であのような不躾な方達に不快な思いをさせてしまって……。

本当に申し訳もございません」


リィナ様が深々と頭を下げるのを、私は慌てて止めた。


「そんな、リィナ様が悪い訳じゃありません。

どうか、頭を上げて下さい。

私は気にしていませんわ。

さっ、お茶会を続けましょう?

リィナ様のご用意下さったお茶もお菓子もとっても美味しいわ。

皆さんとのお話もとても楽しいし。

ね、リィナ様、だから気になさらないで」


私の言葉にリィナ様は頭を上げて、遠慮がちに微笑んだ。


私はすっかり恐縮したリィナ様を席に座らせ、にっこり微笑む。


「キティ様……ご寛容なお心遣い、感謝致します。

……あの方々には、皆頭が痛い思いをしているのです」


申し訳無さそうにそう言うリィナ様の言葉に、他の令嬢方が次々に声を上げた。


「そうですわ。あの方々、アーバン様のお家を筆頭に、新興勢力をお作りになって魔法優勢位派とか名乗ってらっしゃるのよ」


「そうそう、全てにおいて魔力量が優先されるべきとかのお考えで、魔力量の多い第二王子殿下を王太子に据えるべきと掲げて活動してるとか」


「そして、その第二王子殿下の婚約者にアーバン様を迎えて、後々は王太子妃、王妃にと狙っているようですわ」


「手当たり次第、自分達の派閥に誘ってらっしゃるようですわよ。

私のお父様もしつこく誘われて困ってらっしゃたわ」


次々に出るわ出るわ、令嬢方からの新情報に私は目を丸くした。


対してシシリィは余裕の表情でお茶を飲んでいる。


ややして、シシリィの落ち着いた声がその場を静まらせた。


「皆さま、ご安心なさって。

王家でも、件の新興勢力の事は把握していますわ。

常に動向も捉えていますので、心配ありません。

王太子殿下が代わるなんて事はあり得ませんので、皆さんも彼らの妄言等には惑わされませんよう、お願い申し上げます」


シシリィがにっこり微笑んで、キッパリそう言い切ると、あちらこちらから安堵の溜息が漏れた。


王太子が代わるなんて事になれば、情勢がひっくり返ってしまう。

あり得ない事だと分かっていても、まさかの事態が起きた時に、乗り遅れてしまったら家の存続に係るのだ。

皆、内心戦々恐々としていたのだろう。


王族に連なるシシリィが、王家が否定していると公言した事で、この場にいるご令嬢方の家からシシリィの言葉が広まっていく事だろう。


その後のお茶会は和やかな雰囲気に戻り、私達は心ゆくまでたくさんお喋りをして、時間はあっという間にすぎ、お開きの時間となった。




帰りの馬車の中で、私はシシリィに聞いた。


「今日の話、あの、魔法優勢位派ってやつ。

本当に何の問題も無いの?」


シシリィは、ハッと鼻で笑って答える。


「ま〜〜たくっ、何の問題も無いわよ。

あんなくだらない新興勢力なんて、誰も相手にしていないわ。

生まれつきの魔力量なんかで王位を決めていたら、国が荒れる原因になるわよ。

それこそ、王族の縁戚の中にだって、王太子殿下より魔力量の多い人間がいるのに、そんな事になれば王族同士で争えって言ってるようなものよ。

そんな危険思想に繋がると当の本人達は気付いていないんだから、タチが悪いわよね」


くだらない、といった様子のシシリィは溜息混じりに続ける。


「恐らく、あのアーバン嬢の父親、ロートシルト伯爵の行き過ぎた権力欲ゆえの暴走ね。

王太子殿下は5歳の時、今の婚約者様と早々に婚約なさったから付け入る隙が無かったけど、クラウスはずっと候補の中から正式には選ばなかったでしょ?

8歳の時にキティに出会うまで、まったく誰にも興味を示してなかった。

ロートシルト伯爵はクラウスが幼い頃から魔法優勢位を認めろと騒いでいるから、魔力量の多いクラウスを王太子に据えて、自分の娘を王太子妃に、後々自分が裏から全ての権力を操る。

とか、あり得ない夢に取り憑かれてるのよね」


呆れた様子のシシリィ。

確かにトンデモであり得ない話だけど、それでも私は不安で仕方なかった。


クラウス様の魔力量は本当に多くて、噂では帝国の将軍クラスに匹敵するとかしないとか……。


やっぱり人は強い者に惹かれるから、どんどんクラウス様の周りに人が集まって来れば、自然とロートシルト伯爵の思い描くように動いていってしまうんじゃないかしら……。


私がう〜んと頭を捻っていると、急にシシリィが私の目の前でパンッと両手を叩いた。


「何考えてるかだいたい分かるから言っておくけど、無いわよ」


キッパリと断言するシシリィに、私は目をパチクリさせた。


「そもそもが、クラウスにその気はまったく無いの。

それに私達は王太子殿下、エリオット様こそ次代の王に相応しいと認めている。

あの、人に興味を持てないクラウスでさえ、エリオット様には一目置いているわ。

私達は次世代を担う者として、既にエリオット様の下、一枚岩が出来上がっている。

それを知らないのか、己の妄執の為、何も見ようとしていないのかは分からないけど、そもそも魔法優勢位派だが何だかが付け入る隙なんて、元から無いのよ」


キリっと前を見据えて話すシシリィの横顔は、既に為政者のそれだった。


私が家に引き篭もり勉強ばかりやっていた頃、シシリィ達は既に自分達の担う時代の事を考え、動いていたんだ。


それなのに私は、自分の破滅ルートがどうとか、最推しがどうとか、美麗スチルスクショゲットだぜっ!とか……。

そんな事ばかりで生きてきた……。


例え自分の運命が17歳の誕生日を迎える事が出来ないものだったとしても、もっと何か出来る事があったかも知れない……。


私はシュンとして落ち込んでしまった。


そんな私の様子に、シシリィが労わるように優しく言った。


「あのね、キティ。

貴女はクラウスとノワールが関わらさないようにしてきたのよ?

あの2人はキティに平穏な日々を送ってほしいと願っていたの。

私達は好きで色々動いてきたけど、貴女は違うでしょ?

だから、今、色々な事を急に知る事になって混乱しているかも知れないけど。

貴女は何も気にする必要は無いの」


シシリィはそう言ってくれたけど、私は何だかモヤモヤを抱えたままで王宮に帰り着いた。







その日の夜、寝支度を終えた私のところにメイドさんが慌てて駆け込んできた。


「殿下がお越しです」


私は驚いて目を見開き、慌ててガウンを羽織った。


「やぁ、キティ。少しお邪魔してもいいかな?」


クラウス様が優しく微笑み、私の自室の前に立っていた。


「クラウス様、どうぞお入り下さい」


私が自室に招くと、クラウス様は嬉しそうにソファーに座った。

私は遠慮がちに隣に腰掛けた。


「今日、ロートシルト伯爵家の令嬢に、嫌な思いをさせられたと聞いたんだけど」


クラウス様は私の両手を自分の両手で包み、優しく顔を覗き込んで、聞いてきた。

私は慌ててブンブン頭を振った。


「嫌な思いなんて、何も。

メイベル伯爵令嬢のリィナ様が庇って下さいましたし、それにシシリィがうまくその場を納めてくれましたから。

むしろ私は何も出来なくて……。

申し訳ありません」


私が頭を下げると、直ぐにクラウス様が顎を優しく掴んで上を向かせる。


「キティ、謝らないで。

君は何も悪く無いんだから。

むしろ俺のくだらないゴタゴタに巻き込んで、すまなかったね。

本当に?何も嫌な思いはしなかった?」


クラウス様の気遣う表情に、私は鼻の奥がツンとする。

涙が溢れそうになるのを、必死で堪えた。


「……私、今まで何も知らなくて……。

クラウス様の事こんな風に勝手に周りに騒がれて、今まで大変な思いをしてきたと思います。

それなのに、私は何も知らず、皆んなの優しさに守られて、ぬくぬく暮らしてきた……。

とても自分が不甲斐ないんです……」


私は堪えきれず、目尻に涙を滲ませてしまった。

クラウス様はそれを優しく親指で拭うと、労わるような目で私を見つめる。


「キティ……君がそんな風に思う必要は本当に無いんだ。

ロートシルト伯爵の興した新興勢力なんて、小物の集まりだからね。

誰も本気で相手になんてしていないよ。

俺だって、対した被害は被っていない。

煩い蝿がブンブン飛び回っている程度だからね、いつでも叩き殺せるから、心配しないで」


穏やかな笑顔で、随分物騒な事を言っていた気がするんだけど……。

嫌だわ、私、かすみ目の次は難聴かしら?


私は直ぐさま例の呪文を頭の中で呟いた。


気にしたら負けだ、気にしたら負けだ、気にしたら負けだ。



「俺はね、キティ、君がいつでも笑っていられる世界を守りたいだけなんだよ。

ノワールやシシリア、他の連中みたいに大層な大義なんて持ってない。

……俺は、生まれつきの膨大な魔力量と引き換えに、何も持たず産まれてきたんだ。

大切なものや大事なものなんて、キティ、君に出会うまで、持った事もなかった。

国も、人も、もしかしたら自分でさえも、心の底では、どうなろうとどうでも良いと思っていた。

だからキティに出会えて、君という大切で大事なものを抱えられる幸せを、ただ守りたいだけなんだ……。

その邪魔をする者は全て焼き払うし、君のいない世界になんて興味も無いからね、焦土に還してしまうかもしれないね」


にっこり微笑むクラウス様に、私はあっるぇ〜難聴が急速に進んでる?

と、自分の耳を何度も引っ張ってみた。


「だからね、キティ。

君にはどうかいつでも笑っていてほしい。

そして、俺をどんな時も迎え入れてほしいんだ」


んん?

照れ笑いのクラウス様の後ろにモノローグが見える?


『じゃないと、この世界を焦土に還しちゃうかも⭐︎テヘ』


私は今度は目を擦り、クラウス様をじっと見つめた。

かすみ目まで急速に進んでる。


えっ?私、老化が進んでるっ?

まさかの死因、老衰っ?

えっ?この場合、どうなるの?

夢の天寿全う?

何か、納得いかないけど、1番平和な最期になるかも……。


よく分からないまま、私はとりあえず頷いた。


謎のモノローグにビビった訳じゃないわよ?

本当よ?


ただ、今私に出来る事は、クラウス様をどんな事があっても黙って迎え入れる事なんじゃ無いかなって思ったから。


きっと色々と大変な思いをされてきてるのだと思う。

その色々の一片を最近知り始めたばかりの私が、何も分からないのに無理に頭を突っ込んだりしたら逆に迷惑を掛ける事になるだろう。


今はクラウス様の言う通り、いつでも笑ってクラウス様を受け入れる。


それだけ出来れば良いんじゃないかと思ったの。


「分かりました、クラウス様。

私にはまだ分からない事ばかりですし、お力添えも出来ませんが、せめてクラウス様の仰る通りに致したいと思います」


私が意を決してそう伝えると、クラウス様は頬を染めて、照れたように笑った。

私の両手を掴む手に、ギュッと力が込もる。


「本当に、キティ?

いつでも俺の為に笑っていてくれる?」


「はい」


私は頷く。


「じゃあ、どんな時も俺を迎え入れてくれる?」


「はい」


私はまたまた頷く。


「じゃあ、じゃあ、今日一緒に寝ても良い?」


「はい。……はっ?」


私は勢いで頷いて、あれっ?と顔を上げると、クラウス様が破顔して、私をギュ〜っと抱きしめた。


はっ?あれっ?

私今、何に頷いたんだっけ?


「明日はまだ学園は休日だからね。

俺も執務がひと段落ついた所なんだ。

今晩は、ゆっくりじっくり、お互いの事を分かり合おうね」


クラウス様はウキウキした調子で喋り続け、一旦言葉を切ると、意味ありげな妖しい微笑みを浮かべた。


「朝まで、ね?」


私は強張った笑いを浮かべながら、自分っ!どこで間違えたっ!

と、激しく猛省した。


……が、時既に遅し……。


事態は、朝チュン宣言され後なのである……。


いや、マジでっ!

どこで間違えたのか、本気で分からないのだがっ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る