episode.42-1

ご機嫌よう、皆さま。

皆さまのお陰で、私、キティ・ドゥ・ローズ。

本日つつがなくクラウス様との婚約式を終える事が出来ました。

感謝感激雨あられでございますっ!

(分からないって方はお母様に聞いて下さいまし)






婚約披露パーティーも無事に終わり、私はクラウス様と自室にて就寝前のハーブティーを頂きつつ、楽しくお喋りっ……したいのですが、どうもクラウス様の顔色が優れません。


「クラウス様、どうかいたしましたか?

無理してお酒を召し上がり過ぎたのでは?」


心配になって顔を覗き込むと、クラウス様は眉を下げて小さく首を振った。


「いや、俺は酒には強いから。

飲み過ぎたという経験が無いんだ」


えっ?

あんなに召し上がっていたのに?


クラウス様はパーティー中、あちらこちらでお酒を勧められ、確かにそれを平気な顔をして頂いていた。


なんなら、まったくお酒を飲めない私の代わりに、私の分も飲んでくれていた。


ちなみにこの世界では社交界デビューを終えていれば社交の場でお酒を飲んでもOK。

実は法律で規制もされていないので、何歳からでも嗜めるのだか、やはり対面的にも、社交界デビューを終えてから、と一応の暗黙のルールがある。


でも私は実は飲んだ事が無い。

やはり前世での厳しい法規制が倫理観として根付いていて、飲んでみようとも飲みたいとも思わないので今まで遠慮してきた。


しかし、正式にクラウス様と婚約したのだから、それもなかなか厳しいと今日痛感した。


やはり婚約式を終えると、ほぼ王子妃として扱われる。

つまりは家庭を持つ夫人としての扱いに変わるのだ。


お酒もただの趣向品では無く、大事な社交のツールとなる。


進められれば断るのは大変な失礼にあたる。

相手が王侯貴族であれば、尚更。


婚約式は王家の縁戚になる王侯貴族も沢山出席するので、つまりお酒を断れる相手では無い、という事。


それを全てクラウス様が引き受けてくれていたのだけど……。


あれだけ飲んでも平気だなんて。

前世は酒の神的なバッカスかしら?


……ちなみに私と同じ倫理観で前世育った筈のシシリィは、バカスカ飲んでケロッとしていた。

前前世はウワバミか何かかしら。



私がう〜んと首を捻っていると、クラウス様がクスッと笑って、髪を撫でてくれた。


「心配掛けてごめんね。

体調が悪い訳では無いんだ……」


そう言うクラウス様の顔には、やはり影が差している。

心配で仕方なくなり、思わずクラウス様の寝着の胸元をギュッと握ってしまった。


「……キティ、俺は魔法属性が3つあるんだけど……」


言いにくそうに話し始めるクラウス様に、ズイッと身を寄せて、興奮気味に聞いてしまう。


「火と水と風ですよねっ?凄いですっ!」


魔法大国の帝国でも、3つの属性を持っている人間は珍しい。


ちなみに私も一応、光の属性を持って産まれたのだけど……。

残念ながら魔力量が低過ぎて、使い物にならない……。

最近、同じ光属性持ちのミゲル様に教えてもらって、力の使い方を学び、すり傷程度なら治せるようになったのだけど……そこが限界だった………泣ける。


私の羨望の眼差しを受け、クラウス様はふふっと笑って続けた。


「3属性持ち自体は大した事無いんだ、シシリアなんか、火、水、風、土の4属性持ちだしね」


クラウス様の言葉に私は唖然として、顎が外れる程口をポカンと開けた。


「知らなかった?なんだアイツ、キティに話してなかったのか」


聞いてないっ!

完全に初耳ですっ!


頭をブンブンと振ると、クラウス様は顎に手をやり首を捻った。


「まぁ、公爵家は王家と違って、産まれた子供の属性を告示する義務は無いからな。

実際、アイツが戦闘魔法に特化している事は王国の人間で知っている者の方が少ないが……。

キティにも黙っているなんて、相変わらず意味の分からない女だな」


独り言のようなクラウス様の呟きに、もう頭がパニック状態っ!


お、同じ転生者で、悪役令嬢の星の下に産まれたっていうのにっ!


格差ぁーーーーーーーーっ!!

格差がエグいっ!

エグ過ぎてむしろいっそ清々しいっ!


この世界の神様って、確か博愛の神ですよねっ⁈

今日貴方の御身下で婚約宣誓書を交わしましたけどっ⁈


博愛って知ってる?

広く平等に愛するって意味なんだわっ!


で?私とシシリィのこの差はっ⁈


広告詐称で訴えるわよっ!


恐れ多くもこの国の崇めるクリケィティア神に、ピーでピーな主にBから始まりLで終わるところの受けにするぞ的なピーな悪態を心の中で吐きまくる。


怒りにワナワナと震えていると、クラウス様が私の髪を優しく耳に掛けながら、悩ましそうな溜息を吐いた。


いや、艶かしいといった方がいいのか……。


「それで、俺は公式では3属性となっているんだけど……。

実は王家が秘匿にしているもう一つの属性が、今日キティの前で使ってしまった、あの力なんだ……。

あれは、闇属性の力だよ」



………闇属性。


私は息を飲んで、クラウス様を見つめた。


闇属性を持って産まれる人間は、帝国にもほとんど存在しない。


非常に希少な属性だ。


それゆえ闇属性について記述されている書物等も少ない。

謎に包まれた属性。


唯一分かっている事は、闇属性を持って生まれる人間は、生まれつき魔力量が人より飛び抜けている、という事。


でもこの王国では、それさえも眉唾物として捉えられている。


「しかも俺は生まれつき闇属性の力がカンストしていて、息を吸うように闇の魔法を扱える。

それを王家はずっと国民に秘匿し続けているんだよ」


クラウス様は少し哀しそうにその瞳を揺らめかした。


「キティ、何故闇属性の人間の資料が少ないと思う?」


私はその哀しみを湛えた瞳をじっと見つめ、小さく首を振った。


「分かりません」


クラウス様は辛そうに沈黙して、ややして深い溜息をつくと、意を決したように私に向き直り、真っ直ぐに目を見つめて言った。


「皆、堕ちるんだ、闇に。

数はとても少ないけど、今までも闇属性を持って産まれてきた人間は存在した。

そして、皆、闇に堕ちた。

キティ、人型や獣人型の魔族は、皆、闇属性持ちの成れの果てだよ……」


泣きそうな顔でそう告げるクラウス様に、私は震える手で口元を覆った。


「俺は、幼い頃は本当にその事に興味が無くて……。

自分がいつか闇に堕ちて魔族になるかも知れない事も、その兆候の出た時点で処理か討伐される予定である事も、本当にどうでも良かった……」


クラウス様は哀しそうな瞳で、私を申し訳無さそうに見つめた。


「だけど……俺は君に出逢った……。

君を勝手に好きになって、手に入れたくて仕方なくて……。

君との未来を夢見たから……。

闇に堕ちる訳にはいかなくなった。

赤髪の魔女の訓練を受け、魂を安定させる方法を学んだ。

その方法が、キティ、君の存在そのものだったんだ」


クラウス様は眉を下げて、心苦しそうに続ける。


「その頃はまだ子供で、それがどんなに身勝手で自分本位な考えなのか、分かっていなかった。

君の知らないところで、勝手に君を自分の人生に巻き込んでいる事に気付いていなかったんだ……」


そこまで言って黙り込んでしまったクラウス様に、私は恐る恐る聞いてみた。


「……それで、あの……その方法はうまくいったんですか?」


「ん?ああ、安定して闇魔法を扱えるようになって、赤髪の魔女の進言もあって、脅威レベルは下がったよ」


クラウス様の答えに、ホッと胸を撫で下ろす。


「俺も、実はもう闇に堕ちる事は無いと、慢心していたんだ……今日までは」


苦しそうなクラウス様の声色に、胸がドキリと音を立てた。


「キティ、君の身に危険が迫っていると知って、俺は気が狂いそうだった。

君の無事を確認出来て、心から安心したと同時に悟ったよ。

俺は幼いあの頃から、何も変わっていない。

もしも君に万が一の事があれば、君のいないこの世界など、塵になってしまえばいいと思っていた。

闇に堕ちて魔族になってもいい、全てを焼き尽くそうと考えていたんだ……。

そして……初めて自分に恐怖したよ……。

ああ、俺は、君がいないとこんなに脆く矮小で、そして自分の正体を君に隠したまま、君を手に入れようとしている醜悪な人間なのだと……」


そう言って、手で顔を覆ってしまったクラウス様に、私はオロオロとした。



クラウス様は、生まれてからずっとそんな大変な物を抱えて生きてきたのね……。


私は何も知らないで、何の助けにもなれなかった……。


知っていれば、もっと何か、子供時代のクラウス様に、何かしてあげたかったのに……。



そっとクラウス様の手を握ると、クラウス様が顔を上げてくれた。


「あの、私は、もう何度も言っていますが、クラウス様のあのお力について何も思っていません。

それに、今日あの闇の力の中に入って思ったんです。

クラウス様に抱きしめられているみたいだなって……。

だから、クラウス様のあのお力は、魔族のような危険なものでは無いと思うのです。

あれは、クラウス様の闇魔法の力……。

人間であるクラウス様の力です。

私はちっとも恐ろしくなんかありません」


じっと瞳を見つめ告げると、クラウス様はその瞳を大きく見開いてゆく。


「それに、今まで制御して安全に使えていたなら、これからだってそう出来る筈です。

私の身に危険が迫れば力が暴走してしまうようですが、そもそも私は危険な状態にはなり得ません。

クラウス様が必ず助けて下さるのですから。

これ程安全な事は他に無いでしょう?」


ふふっと笑うと、クラウス様の目尻も少し緩んだように思える。


「それから、私と居る事がクラウス様の力を安定させるなら、それこそ私達はもうずっと一緒です。

正式に婚約して、2年後には婚姻もするのですから。

夫婦になるのですもの、クラウス様の力が揺らがないよう、イチャラブだってし放題ですっ!」


フンッと力を込めて拳を握ってから、自分の発言の恥ずかしさに気付いて、ボッと顔を赤くした。


「イチャ……ラブ?」


く、く、食い付いてきたーーーっ!


よりにもよってそこに食い付いてきたクラウス様に、ワタワタと手を上下に振って誤魔化そうと試みる。


「イチャラブって……シシリアに借りた、あの本みたいな事?」


口角をゆっくり上げ、艶っぽく微笑むクラウス様に、私はますます顔を赤くして、無意識に後ずさった。


クラウス様はグイッと身体を寄せてきて、私の腰をガッチリ抱えた。


「これからは、し放題なの?イチャラブ。

どれだけしても、本当に良いの?」


嬉しそうに破顔するクラウス様に、私は涙目でイヤイヤと首を振った。


「あっ……違っ……今のは、言葉のあやで……」


プルプル震える私に向かってクラウス様は首を傾げ、子供のように唇を尖らせた。


「キティがはっきり言ったんだよ?

これからはイチャラブし放題だって」


拗ねたような口調に、クラクラ〜と目眩がする。



か、か、か、可愛い過ぎるでしょ〜が〜っ!

あざと可愛い過ぎて、尊が限界突破。

もう無理、しんどい。


しゅき、何しててもしゅき。

闇属性とか、魔族に堕ちるかもとか、もうどうでも良いっ!


何なら私の方が堕ちてるしぃっ!

クラウス沼にどっぷり堕ちてるしぃっ!



思わず可愛く尖らせたクラウス様の唇に、震える指で触れると、それをクラウス様がペロッと舐めて、あざと可愛く小首を傾げた。


「良いよね?イチャラブし放題」



(腹の底から声出して)はいっ!喜んでーーーーーーっ!!


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